ツーツーレロレロ

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ツーツーレロレロは、1980年代前半に活動した日本の漫才コンビ。大森クンタとそのまんま東の二人で構成していた

概要[編集]

1981年に当時ビートたけしの付き人をしていたツーツーこと東国原英夫(そのまんま東)が、京都産業大学の学生だった丸山昭範と結成[1]。しかし丸山がほどなく脱退してしまったため、テレビ局でADのアルバイトをしていた大森クンタ(現・大森うたえもん)を誘い再結成された。

翌年の『お笑いスター誕生』で8週を勝ち抜き、知名度を得る。関東の各大学をからかう学歴ネタが有名で、特に日本体育大学をいじっていた。

1983年にビートたけしの弟子で結成されたたけし軍団に参加。コンビとしてのツーツーレロレロの活動は自然となくなり、事実上の解散状態になった[2]

命名の由来[編集]

両名ともビートたけしの弟子である。2人とも、たけし軍団脱退時に師弟関係を解消している。

ツーツーレロレロという名前は、戦前のヒット俗曲「シャンラン節(またの名を「ツーレロ節」)」(台湾民謡 作詞:村松秀一 編曲:長津義司)の歌詞からとった。「ツーツーレロレロ」というフレーズが何回も繰り返される。この曲を歌った美ち奴の実弟が、ビートたけしの師匠深見千三郎である。

なお、この曲のインストゥルメンタル部分に戦時中、戯れ歌の歌詞がつき、それが「♪ルーズベルトのベルトが切れて/チャーチル~チルチル~ 国が散る国が散る」という軍歌(?)であったことは後年の落語「ガーコン」でとりあげられてよく知られた事実である。

出演番組[編集]

出典[編集]

  1. ^ オールナイトニッポン編『ビートたけしの三国一の幸せ者』サンケイ出版、1981年、p.194
  2. ^ 浅草キッド『キッドのもと』学研、2010年、p.95
  3. ^ 「アニメ ?Q&A?」『アニメージュ』1983年7月号、p.107