ツォウ族
ツォウ族(―ぞく、繁体字: 鄒族、曹族、Cou, Tsou)は台湾原住民の一つ。南投県、嘉義県、高雄県に7,116人(1998年 内政部統計)が分布している。
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[編集] 分布
ツォウ族は南ツォウ群と北ツォウ群に分類される。南ツォウ群は「カナカナブ(Kanakanabu、卡那卡那富)」群と「サアロア(Saaroa、Hla'alua、沙阿魯阿)」群、北ツォウ群は「阿里山ツォウ」群とそれぞれ称され、「特富野」、「達邦」、「伊姆諸」、「魯富都」社が存在していた。しかし伊姆諸社と魯富都社は20世紀初頭の伝染病の流行により部落首長が絶嗣したことで廃社となっている。阿里山ツォウ群は現在8村落が存在し、来吉村、里佳、楽野は特富野社に、新美、茶山、山美、里佳附は達邦社に属している。
[編集] 社会組織
ツォウ族人の社会はグバと称される男子会所を中心とした厳格な父系社会である。各氏族の長老による村落全体の問題を解決する合議制が採用され、同時に頭目が実務を担当する社会構成となっている。
- 頭目:世襲される実務担当
- 征帥:戦争や猟首の際の指揮官。一般には頭目が兼任するが、戦争が頻発した際には複数の征帥が任命される
- 勇士:戦場において特に功績のあった族人を称す
[編集] 祭祀
- マヤスビ祭
- 播種祭
- 小米収穫祭
- 戦祭
これらの祭祀で唄われる伝統的な合唱は荘厳なものである。 昭和10年代に台湾原住民の伝統音楽を調査した日本人音楽学者黒澤隆朝は、 「黒人霊歌にも匹敵する」と絶賛している。
現代、「エホイ」「ホメヤヤ」「ミヨメ」などの伝統的合唱は、CDに採録されて販売され、日本国内でも入手可能。
[編集] 始祖伝説と日本人
伝説は、ツォウ族の起源をこう伝える。
「人類の祖先が、玉山の山頂に降り立った。そのうち、西の山麓へ降り立ったものがツォウ族となり、東の山麓へ下ったものが『マーヤ』というものになった」。
後に日本統治時代を迎え、「北東」の方角から渡来した日本人達を、ツォウ族は「マーヤが帰ってきた」と見なした。その関係からか、ツォウ族は早々と「帰順」し、以降も対日感情は大変に良好だった。
台湾原住民の言葉では、大抵日本人を「リポン」と呼ぶが、ツォウ語では現在でも「マーヤ」と呼ぶ。音楽学者の黒澤隆朝は、ツォウ族の村でのフィールド調査の際、上記の伝説をモチーフとした歌を採録している。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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