親日派
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
親日派(しんにちは、朝鮮語:친일파)とは、外国において、日本国や日本人に好意的な印象を持つ外国人からなる派を指す。
しかし歴史的経緯から、大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国、中華人民共和国[1]、そして一部の華僑においては、最も酷い罵倒や強い非難の言葉として用いられる。
「日本に対して好意を持つ人」という本来の意味での親日派は、韓国と北朝鮮の場合、日本を深く理解する人と一緒に知日派としてひとまとめに呼ぶ。ただし知日派という語の発生起源が日本なのか韓国・朝鮮なのかは定かではない。中国、台湾、そして華語文化圏では哈日族(ハーリィズゥ)と呼ぶがこれは日本文化に心酔している人間にも使われる[2]。
目次 |
[編集] 韓国における親日派
[編集] 由来
外交史料館等の資料を検索する限り、朝鮮半島地域において明治後期から大正、昭和(終戦前)までは現在の親日派の意味での報告は無い[3]。初代韓国大統領李承晩政権の施行した反民族行為処罰法(1948年9月 法第3号)に代表される猛烈な反日キャンペーン[4]によって親日派=反民族行為者認定と排斥から発生し[5]、1960年代に活躍した在野の研究者林鐘國の『親日文學論』で明確な親日行為と親日派の定義を与えているのが韓国出版物での初見である。なお、林鐘國の遺志を継ぎ設立されたのが民族問題研究所、及び統一時代民族文化財団とその傘下の親日人名辞典編纂委員会[6]であり、盧武鉉大統領指名の政府委員会である親日反民族行為真相糾明委員会とも構成人員で重複している部分がある。また、同委員会の構成員の中に父親が旧陸軍の憲兵だったなど親日派を糾弾するには余りに杜撰すぎる編成、そして事後法ではないかという批判も根強い。
親日派研究として李光洙等の研究が本格化するのは1990年代に入ってからである。
[編集] 定義
朝鮮語においては親日は日本語における字義どおりの意味ではなく反民族的な響きを伴う[7][8]。意味としては日本語でいう売国奴や非国民に近い。
韓国では公的、狭義には日露戦争以降、日本統治時代における親日反民族行為者、また、より広義、一般的な意味としては、韓国と日本が戦うとき、日本の肩を持つ日本びいきの人のことを指す[9]とされる。前者の意味するところは、日本語の売国奴に等しいが、後者の場合でも通常反民族的行為と捉えられる。
日本統治時代以降の人物でも日本の統治を肯定・賞賛・賛美したり、領土、慰安婦、教科書、海外遠征売買春など日韓で問題となっている事柄について、日本寄りの意見や、韓国・朝鮮においてみなされる日本人の右派と同様の発言をしたり(『良心的韓国知識人』)、韓国の冷静さに欠ける行為を日本と比較し意見すると親日行為ととられ批判の対象となる。特に、日本の統治を肯定的に捉える意見を述べた、金完燮、呉善花、韓昇助といった人たちは新親日派とも呼ばれる[10][11][12]。
韓国政界においては過去の日本統治協力的行為を槍玉に挙げ政敵を攻撃する場面がしばしば見られる[13]。先祖によるものであっても実際に親日反民族行為が確定すれば失脚は免れない。北朝鮮系WEBサイト「我が民族同士(ウリミンジョクギリ、우리민족끼리)」は、2006年に自民党の招きで来日した朴槿恵を、「日本の歴史歪曲と独島への野望などに言及しなかったことは親日売国行為である」と批判した[14][15]。韓国政界だけでなく、芸能界でも親日や倭色は避けるべきタブーとされる[16][17]。『殴り殺される覚悟で書いた親日宣言』を著した趙英男は、産経新聞とのインタビューで竹島や教科書問題の対応は「日本の方が一段上」と述べたことや、2005年に制定された島根県の竹島の日でさらに高まっていた反日感情のあおりを受け、テレビの司会を降板し親日発言を謝罪した[18]。
一方、似たような意味の朝鮮語として日派 (일빠, ilppa) がある。これは、盲目的な熱狂的日本ファンを指し、通常、これに「民族意識を喪失した無思慮な」という意味が付け加えられる[19]。親日派とは語源を異にしているが同様に警告的・侮蔑的な意味で用いられる。一方、日派では無思慮さ・無分別さに重点が置かれ、通常政治的、歴史的な意味合いは薄い。
その後、親日派の語は用いられ方が拡散し21世紀に入ってからは「日本による植民地支配の肯定面」を述べる者にも援用されたり、発言者自身が親日派を自称するケースが出るなどしている。親日派を自称する背景には、日本を好いているのではなく、自国の政策への批判と皮肉を表している場合も多い。
現在の日本に好感をいだいている、あるいは親しみを感じているという人は、少なからずいるとされ、日韓関係の改善により年を経るごとに増加中であるとされてきたが、現在では減少しているという、韓国の有力新聞・中央日報の調査による統計もある[20]。ただ、この調査では好きな国を一つしか挙げられないため、広義的な意味では、知日派はこれよりも多いと予想される。
日本に好感を持つこと自体がタブー視されてはいないが、このような人たちは、知日派と呼ばれ、日本を知る者という意味で使用される[21]。外国人による日本語弁論大会(第38回)でのスピーチ『隣の韓国人』を発表した李尚洛(リ・サンラク)のスピーチでも知日派という使用がみられる。
[編集] 親日反民族行為者清算
1948年8月の大韓民国政府樹立後、反民族行為処罰法を制定、1948年10月1日には同法に基づき反民族行為特別調査委員会(反民特委)を設置した。しかし、親日派の経歴がある警察幹部らが逮捕されるにいたると、李承晩大統領は1949年6月にソウル市警により、反民特委の事務所を包囲、所属の特警隊を解散させた。その後、反民族行為処罰法が改正されると反民特委の調査委員らが7月に総辞職した。8月、公訴期限が完了、408件の令状が発付された。9月、反民特委調査機関特裁附隨機関廃止法案が可決され、 12月には反民族行為裁判機関臨時組織法案が可決された[6]。
特別裁判機関には559件が渡され、このうち221件が起訴された。特別法廷はこのうちの38件を審査し、死刑一件を含む12人に有罪判決を下し刑を執行した。その他のうち、18人は公民権を停止され、他6人は無罪、残り2人は有罪だが刑の執行は免除された。しかし、最高裁は朝鮮戦争直前の1950年3月、死刑執行を停止した[22]。このような背景から、日本統治時代の反民族行為者の清算が不完全であると考える者も多かった。
2004年3月2日には、それまで何度も不成立となった親日反民族特別法が盧武鉉政権を生んだ親北朝鮮的、民族主義的な政治情勢の元で成立した。日本では韓国に批判的な勢力がこれを冷ややかに受け止めているが、韓国内ではこれを過去精算の一環として支持するもの、傍観するもの、実質的な事後法による処罰であるとして批判する者などもおり反応は様々である。
歴史的な人物に関しては李完用や、洪思翊などが親日派として知られる[23]。 この法律に対して韓国のメディア[24]などから事後法ではないかとの批判が有る。親日派というのはほぼ市民権の剥奪に近いため、この法が適用される対象となる個人に対しては韓国国民も同情的である。経済に疎く、人気取り以外に威信浮揚の手段が無い盧武鉉政権の無為無策を覆い隠す為の施策という意見も強い。
また、2005年には親日派に認定された人物が植民地支配への協力によって不正に入手したとされる財産を没収するための「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」が成立している。これら親日派と認定された人物はそのほとんどが死去しており、実際にはその子孫からの財産没収となる。そのため、財産権の侵害や親族への連座制ではないかとの指摘もある。実質的には明らかに没収という刑事罰的内容を含んだ事後法であり、政府による弾圧ではないかと非難する意見も多い。
『親日派のための弁明』を書き猛烈な非難を国中から浴びた上に名誉毀損と外患煽動の容疑で告訴され一時逮捕された金完燮や、『殴り殺される覚悟で書いた親日宣言』で番組降板の憂き目に遭った趙英男[25]のように親日派を自ら名乗る者も現れた。これらの現象からも、親日派の指す意味あいが変化していることがわかる。つまるところ、下記のように親日派であるのを理由として迫害を受ける傾向にある。
2005年8月には、韓国の民間団体民族問題研究所とその傘下の親日人名辞典編纂委員会が独自に認定した日本統治時代の親日家3,090人の実名を記したリスト本が出版され[26]、このリストの中には大韓民国陸軍参謀総長、韓国首相、国会議長をつとめた丁一権、大韓民国軍初の大将白善燁、東亜日報の創立者金性洙、朝鮮日報の社長だった方應謨、大韓民国大統領朴正熙、太極旗を考案した李氏朝鮮の政治家朴泳孝、現行の1万ウォン札に使われている世宗の肖像画を描いた韓国画壇の巨匠、金基昶などが含まれており、実名を公表された人物や遺族から反発を受けている。
政府レベルとしては2006年12月6日、親日反民族真相糾明委員会が106人を記した名簿を確定し、2007年5月2日に日本の植民地統治に協力した「親日派」9人について、その子孫らが所有する土地などの財産(時価36億ウォン相当/日本円にして約4億8000万円)を没収することを決定した。(ただし先述の親日反民族特別法等の様にこれらの行為は大韓民国憲法における第13条第2項及び3項(所謂法の不遡及)、第17条~19条(秘密と自由を保障する条文)に反する。なお大韓民国ではこれ以前にも光州事件特別法に関して大統領のみ在任中の時効を停止するなど事実上罪を遡及させた事例がある)
[編集] 韓国における親日派報道
- 教え子が師を告発する大学の親日清算(朝鮮日報社説 2005/03/28 )
- 高麗大総学生会、親日教授リスト10人を発表 (朝鮮日報 2005/03/28 )
- 各大学で「親日清算運動」が活発に(朝鮮日報社会面 2005/03/23)
- 親日教授 韓昇助・高麗大教授、辞職届を未提出 (朝鮮日報社会面 2005/03/16)
[編集] 関連事項
[編集] 脚注
- ^ 人民日報2006年05月16日
- ^ 『哈日族 -なぜ日本が好きなのか』(光文社新書), 酒井亨, 2004, 光文社. ISBN 978-4334032487
- ^ 倭大臣、倭臣等称されていた記述がある。ここでいう倭(ウェ)とは文化の遅れたことを含む日本への蔑視表現である。
- ^ 例えば親日派と認定された洪思翊の長男である洪国善氏は早稲田大学を卒業後、朝鮮銀行に勤務していたが、当時の李承晩大統領の直接命令により、辞職させられている。
- ^ 関連文書では当初反民族行為とあり親日派という表現とはなっていない。参考文献「朝鮮の親日派-緑旗連盟で活動した朝鮮人たち-」(著 高崎宗司)を参照。
- ^ a b 親日人名事典編纂委員会委員長の李万烈が第1次国民公聴会(2001年12月2日)で発表した親日派の定義は親日派の概念と範疇(日本語翻訳)を見られたい。これによると1940年代に作成された北朝鮮の民主主義民族戦線の親日派規定が概念と範疇定義の起源と思われる。
- ^ ^チョ・ヒチョル, 『韓国語・辞書にない俗語慣用表現』, 白帝社, 2004/06 ISBN 4891745916.
- ^ ^ 李尚洛, 隣の韓国人, 外国人による日本語弁論大会(第38回), 国際交流基金, 1997年6月21日.
- ^ 【コラム】趙英男氏が親日派なのか, 朝鮮日報, 2005/04/27.
- ^ (朝鮮語) (박래부 칼럼) 吳善花라는 일본 여교수 (呉善花という日本の女教授), 韓国日報, 2006/09/18. 参考日本語訳文]
- ^ (朝鮮語) 일본속 한국인…신(新) 친일파의 정체를 밝힌다 (日本の中の韓国人…新親日派の正体を明らかにする), 世界日報, 2006.08.13. 参考日本語訳文
- ^ 黒田勝弘の『ソウルの風』この夏韓国マスコミを賑わせる「新・親日派」と「反日帰化人」, SAPIO, 2006年9月27日号.
- ^ 例えば「鄭東泳の父は金融組合に勤務した親日」…李明博候補側が攻撃, 中央日報, 2007.10.19.
- ^ (朝鮮語) 北사이트, 박 대표 방일 맹비난, 聯合ニュース, 2006-03-12.
- ^ (朝鮮語) 박근혜 방일, 한나라 ‘의미’·여당 ‘불만’·북한 ‘친일매국’, 데일리 서프라이즈 (デイリーサプライズ), 2006-03-13.
- ^ 朴賛郁監督「韓国映画のタブーは親北と親日」, 朝鮮日報, 2006/04/10.
- ^ (朝鮮語) 한국 연예인이 해서는 안될 3가지 금기, STARNEWS, 09/18/2007. 参考日本語訳
- ^ 「取り上げたこと自体ミスだった」 趙英男さんが親日発言騒動を謝罪, 朝鮮日報, 2005/06/17. 「親日発言を深く謝罪」, 中央日報, 2005.06.16.
- ^ (朝鮮語) ˝우리가 일본을 좋아하는 것은 아니야˝, Voice of People, 2007.04.13. 参考日本語訳文
- ^ 周辺5カ国で好きな国(2006-05-18)。
- ^ 韓日戦、知日派選手の活躍に期待(2003.04.15)
- ^ (英語) "Pro-Japan collaborators list sparks controversy", コリア・タイムス, 8/29/2005.
- ^ 以下の新聞記事による。
- 親日派名簿を公開 朴元大統領ら第1次3090人 (Worldtimes 2005/08/29)
- 親日派名簿 , 彼らばかりの宴(朝鮮日報 韓国語版 2005/08/19)
- ^ 2005年4月19日の朝鮮日報
- ^ 産経新聞による記事捏造と主張。朝鮮日報「発言の内容が歪曲された」参照。
- ^ 以下の新聞記事による。
- 親日派名簿を公開 朴元大統領ら第1次3090人 (Worldtimes 2005/08/29)
- 制憲議員過半が親日4,000人を 含む (京郷新聞 2005/07/06)
[編集] 参考文献
- 朝鮮語辞典 (編集 小学館,金星出版社) ISBN 4095157011
- 韓国語・辞書にない俗語慣用表現 (著 チョ・ヒチョル)(白帝社) ISBN 4891745916
- オンライン辞書
- 親日派のための弁明 (著 金完燮 訳 荒木 和博、荒木 信子) (扶桑社)
- 朝鮮半島を見る眼―「親日と反日」「親米と反米」の構図 (著 朴 一) (藤原書店) ISBN 4894344823
- 僕が親日になった理由 (著 金智羽) (夏目書房) ISBN 4860620275
- ソウル城下に漢江は流れる―朝鮮風俗史夜話 (著 林 鐘国) (平凡社) ISBN 4582474187
- 「朝鮮の親日派-緑旗連盟で活動した朝鮮人たち-」(著 高崎宗司)(『岩波講座 近代 日本と植民地6 抵抗と屈従』岩波書店 ) ISBN 4000104861
- 『親日文學論』(林鐘國) (平和出版社、ソウル)1966年7月
大村益夫譯 高麗書林 1976年12月 ( ISBN NA)
[編集] 外部リンク
- 『親日派の概念と範疇』(李万烈/親日人名事典編纂委員会委員長)(親日人名事典編纂委員会・第1次国民公聴会・基調発題文(2001年12月2日)翻訳
- 韓国の対日行動:国家の正統性と社会の「記憶」 ( 金栄鎬) (現代韓国朝鮮学会第4 回定例研究会 2003・06・21)
- 日帝の朝鮮強占と韓国の独立運動 I. 日帝の支配政策 (徐仲錫)
- 『同上 批評文』(森山茂徳)

