チルドレン・オブ・ボドム

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チルドレン・オブ・ボドム
Children Of Bodom
アレキシ・ライホ(左)、ローペ・ラトヴァラ(マスターズ・オブ・ロック 2007年7月12日)
アレキシ・ライホ(左)、ローペ・ラトヴァラ(マスターズ・オブ・ロック 2007年7月12日)
基本情報
別名 Inearthed (1993 - 1997)
出身地 フィンランドの旗 フィンランド 南スオミ州
ウーシマー県 エスポー
ジャンル メロディックデスメタル
活動期間 1993年 -
レーベル スパインファーム・レコード
ニュークリア・ブラスト
センチュリー・メディア・レコード
トイズファクトリー
ユニバーサルミュージック
公式サイト cobhc.com
メンバー
アレキシ・ライホ (ボーカルリードギター)
ヤスカ・ラーチカイネン (ドラムス)
ヘンカ・ブラックスミス (ベース)
ヤンネ・ウィルマン (キーボード)
ローペ・ラトヴァラ (リズムギター)
旧メンバー
アレクザンダー・クオファラ (リズムギター)
ヤニ・ピリショキ (キーボード、ギター)
サミュラ・ミーテナン (ベース)
著名使用楽器
ESP Signature Models

チルドレン・オブ・ボドムChildren Of Bodom)は、フィンランドメロディックデスメタルバンド。通称チルボドCOB

デスヴォイスに、アレキシのギターとヤンネのキーボード速弾きを中心にしたリフソロが上に載るスピード感のあるクラシカルなメロディックデスメタルの楽曲を発表している。

目次

[編集] バンド名の由来

1960年エスポー近くのボドム湖で実際に起こったボドム湖殺人事件がバンド名の由来である。4人の若い男女が湖畔でキャンプをしていたところ3人が斧で惨殺され、残る一人も発狂してしまった。2005年に残る一人が犯人であるとされ逮捕、裁判となるが無罪判決を受けており、依然として謎に包まれた事件である。事件の詳細は、同事件の項目を参照。

[編集] 略歴

1993年春に、フィンランドの都市・エスポーで、前身バンドであるInearthedが学校の友人同士で結成される。中心メンバーは、アレキシ・ライホ (Vo/G)とヤスカ・ラーチカイネン (Dr)であった。その2人以外の初期メンバーは、流動的であったが、サミュラ・ミーテナン (B)、ヤニ・ピリショキ (G)が加入し4人体制で一応安定する。その後、1994年に1stデモテープ『Implosion of Heaven』を作成している。続いて、1995年に2ndデモテープ『Ubiguitous Absence of Remission』、1996年には3rdデモテープ『Shining』をリリースしている。また、このデモのリリースの間にメンバーチェンジが起こっており、1994年にヤニ・ピリショキが脱退、1995年には、サミュラ・ミーテナンも脱退した。同年に、アレクザンダー・クオファラ (G)、1996年にヘンカ・ブラックスミス (B)が加入している[1]。また、それに加えて、ヤニ・ピリショキがキーボーディストとして復帰している。

3rdデモテープがきっかけとなり、ヨーロッパレコードレーベルと契約する。1stアルバムを制作するも、完成直後にスパインファーム・レコードから契約の申し出があり、契約を交わしていたレーベルとの契約を破棄するためにInearthedは解散する[1]。解散後、チルドレン・オブ・ボドム (Children Of Bodom)が結成され、スパインファーム・レコードと契約する[1]。形式上、解散・結成の形をとっていたが、実質的にはバンド名変更であった[注釈 1]。解散・再結成と前後して、ヤニ・ピリショキが解雇され、ヤスカ・ラーチカイネンの学友のヤンネ・ウィルマン (Key)が加入する。加入当初はアルバム作成時のみ参加のセッションメンバーとしての加入であったが、すぐに正式メンバーとして加入することとなった[1]。そして、同年に1stアルバム、『Something Wild』でデビューした。同アルバムは、フィンランドのチャートで、40位台を記録した[1]。その中からシングルカットされた「Children Of Bodom」は、フィンランドのレコードチャートで10週連続1位を獲得した。

1999年に、2ndアルバム『Hatebreeder』をリリース。同年には、川崎クラブチッタと大阪で行われたスウェーデンのメロディックデスメタルバンドイン・フレイムスのライブのサポートバンドとして、日本でライブを行っている。そのライブスタイルは、速弾き主体でアンサンブルが崩れがちだがパワフルでスピード感にあふれるモノであった。同ライブの模様は、ライブアルバム『Tokyo Warhearts - Live In Japan 1999』として音源化されている。

2000年には、3rdアルバム『Follow The Reaper』をリリース。2001年には、ダーク・トランキュリティと共に再来日している。

2003年、4thアルバム『Hate Crew Deathroll』をリリースするも、アレクザンダー・クオファラがツアーに対する疲れにより脱退。その後、元ストーンワルタリのギタリストで、アレキシと共にシナジーに在籍しているローペ・ラトヴァラをサポートに迎え活動を継続する。このサポート加入は、ローペ・ラトヴァラから参加の話が持ちかけられたことがきっかけであった[1]。当初、アレキシは「2つのバンドでギタリストが同じ」ということに疑問を持っていたことを話していたが、ミュージシャンとしてだけでなく人間的な面でもバンドに合っているということで、セッション参加から1年ほどが経過した2004年にローペが正式なメンバーになる。

2005年に、5thアルバム『Are You Dead Yet?』、2008年に、6thアルバム『Blooddrunk』をリリースする。また、2006年2009年には日本のヘヴィメタル・フェスティバル、「LOUD PARK」に出演した。

2011年に、7thアルバム『Relentless, Reckless Forever』をリリース。同年6月には、アモルフィスとのカップリングで来日。渋谷大阪名古屋横浜でライブを行った。

[編集] 備考

  • 2011年現在、ギターおよびベースを担当する、アレキシ・ライホ、ローペ・ラトヴァラ、ヘンカ・ブラックスミスの3名共、ESPとエンドーズ契約している。
  • アレキシ・ライホとローペ・ラトヴァラは、キンバリー・ゴスのプロジェクトであるシナジー(SINERGY)のメンバーでもある。
  • キンバリーは過去にチルドレン・オブ・ボドムの一部の楽曲の作詞も行っていた。
  • 日本では、1stアルバムから3rdアルバムまでをトイズファクトリー、4thアルバム以降は、ユニバーサルミュージックがリリースを行っている。
  • 現在では、メロディックデスメタルを代表するバンドの一つとなっているが、初期の日本盤のでは、『様式美ブラックメタル』とされていた[注釈 2]

[編集] メンバー

[編集] 現メンバー

[編集] 元メンバー

[編集] ディスコグラフィー

[編集] アルバム

  • 1997年 Something Wild
  • 1999年 Hatebreeder
  • 2000年 Follow The Reaper
  • 2003年 Hate Crew Deathroll
  • 2005年 Are You Dead Yet?
  • 2008年 Blooddrunk
  • 2011年 Relentless, Reckless Forever

[編集] シングルミニアルバム

  • 2004年 Trashed, Lost & Strungout

[編集] ライブアルバム

  • 1999年 Tokyo Warhearts - Live In Japan 1999
  • 2006年 Chaos Ridden Years

[編集] ベストアルバム

  • 2003年 Bestbreeder From 1997 To 2000 (日本国内のみ)

[編集] コンピレーション

  • 2009年 Skeletons In The Closet

[編集] 映像作品

  • 2006年 Chaos Ridden Years - Stockholm Knockout Live

[編集] 注釈

  1. ^ Inearthed結成から、その解散・Children Of Bodom結成までの経緯に関して、トイズファクトリーからリリースされた日本盤のライナーノーツ(『Something Wild』、『Hatebreeder』)では、Inearthed解散・Children Of Bodom結成の時期(ライナーノーツでは1994年頃とされている)や、メンバーの在籍時期が、Inearthedのデモテープのリリース歴や、バンドメンバーのインタビューなどとの矛盾する点が多く、間違いである可能性が高い。
  2. ^ ライナーノーツでは、メロディックデスメタルないし様式美デスメタルのような表現が用いられている。

[編集] 参照元

  1. ^ a b c d e f 『Chaos Ridden Years』収録のドキュメンタリーにおけるメンバーのインタビューより。

[編集] 関連項目

[編集] 外部サイト

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