チョルノーブィリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ミールから撮影されたチョルノーブィリ周辺

チョルノーブィリウクライナ語Чорнобильラテン文字転写の例:Chornobilʹ英語Chernobyl)は、ウクライナ北部の都市である。日本語では、チェルノブイリと書かれることも多い。

首都キエフの北方、キエフ州に位置し、プリピャチ川に沿う。1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所爆発事故により、放射性物質に汚染されゴーストタウンと化した。ほとんどの住民は事故後、他所に避難したままだが、少数の(主に年老いた)住民はチョルノーブィリで余生を過ごすことを望んだため、完全に無人にはなっていない。事故後の人口は1987年が最も多く約1,200人(推定)、2003年現在300人(推定)。人口は減少傾向にある。事故直前の人口は10万人以上いたと言われている。

地名[編集]

表記[編集]

チェルノブィリヌィク (Artemisia vulgaris)

この町は、ウクライナの独立によりウクライナ語が唯一の公用語として定められて以来、ウクライナ語名のЧорнобильが公式名となっている。しかし、その後も世界的にはロシア語名のチェルノブィリ(ィは小文字。Чернобыльチルノーブィリ;ラテン文字転写の例:Chernobylʹ;英語:Chernobyl)の方が知られている。

日本語でもソ連時代のロシア語公式名に基づいた表記「チェルノブイリ」(イは大文字)で呼ばれることが多い。日本の政府刊行物や教科書、報道などにおいても「チェルノブイリ」で呼ばれている。市販の普及版地図帳でも、ウクライナ語名では表示されていない。ウェブ上あるいは核問題に関する集会などでも「チェルノブイリ」と表現されることが圧倒的に多い。

このように、世界的にロシア語名で知られる最大の要因は、ロシア語名が公式名称だったソ連時代に起こった原発事故であるが、日本においては一般にウクライナ語名が普及していない、あるいはウクライナ語名が無視されていることも理由に挙げられる。これは、他のウクライナの都市に関しても同様である。ただし、他の都市名についてはウクライナ独立後次第にウクライナ語名に沿ったカタカナ表記が浸透しつつあるのに対し、「チェルノブイリ」に関してはそのような傾向は見られない。これは、「チェルノブイリ」が原発事故を指す「共通認識用語」と化していることが大きな理由である。

漢字表記は「車諾比」または「切爾諾貝利」である。

由来[編集]

チョルノーブィリのキーロヴァ通り
チョルノーブィリの市役所(2010年)

町の名前はヨモギArtemisia princeps)に近縁のハーブである Artemisia vulgaris のこと。元は「黒い」を意味するchornyjと「草」あるいは「茎」の意味のbylijaとを組み合わせたもの。なお、ロシア語では、Artemisia vulgaris はチェルノブィリニク (Чернобыльник / Chernobylʹnik)、ニガヨモギはポルィーニ (Полынь / Polynʹ) である。これらが混同され、しばしば「チェルノブイリはウクライナ語(あるいはロシア語)でニガヨモギ」などと言われることがあるが、正確ではない。チョルノブイリ、ニガヨモギともに、痩せた土壌でも育つため、広く自生している。

歴史[編集]

都市としての歴史は古く、1193年に出された証文にはキエフ大公ロスチスラフ1世の家門に属する公子の狩猟用城館としてその名が現れる。この時代は農村だったとされる。その後、リトアニア大公国の領地となり、も築かれた。その後、ポーランド、次にロシアの支配下に入った。

民族宗教は多様で、正教徒、カトリック教徒がおり、ユダヤ人の大きなコミュニティもあった。18世紀半ば以降、敬虔主義のユダヤ教運動・ハシディズムの大きなコミュニティもあったが、1905年および1918年黒百人組らによるポグロムが起こり多くのユダヤ人が虐殺・略奪された。

チョルノーブィリの聖堂

1915年にはドイツ占領された。ポーランド・ソビエト戦争もこの地で行われ、その後はウクライナ全体がソビエト連邦に取り込まれるが、スターリン時代の1936年ポーランド系住民カザフスタンに強制移転させられ、1941年から1944年までのドイツによる占領でユダヤ人コミュニティも消滅した。1960年代にウクライナ最初の原発・チェルノブイリ原子力発電所、およびその従業員の町プリピャチが郊外に建設されたが、1986年の原発事故でチョルノーブィリの住民も避難させられ、都市としての歴史に終止符が打たれた。ソビエト連邦が崩壊すると、1991年からはウクライナに属している。

近隣の都市[編集]

出身者[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯51度16分 東経30度13分 / 北緯51.267度 東経30.217度 / 51.267; 30.217