チュー・イェン・リー

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チュー・イェン・リー(Kurt Chew-Een Lee, 呂超然, 1926年1月21日 -2014年3月3日 )は、中国系アメリカ人アメリカ海兵隊軍人。アジア系アメリカ人として初めて海兵隊士官となった。

華僑の子としてアメリカ合衆国カリフォルニア州の洗濯業の家に生まれる。二重国籍のままチャイナスクールに通う。第二次世界大戦時に志願して海兵隊に入隊し、日本語学校の事務職員となる。戦後、中国系アメリカ人として初の士官(中尉)となる。

1950年国連軍傘下の海兵隊員として、朝鮮戦争に従軍。機関銃小隊長となる。当時の米軍では人種差別が禁止されていたが、白人兵士の好奇と差別の目にさらされた。しかし次第に部下の信頼を得、抜群の統率力を発揮した。仁川上陸作戦で半島に上陸し、初めて実戦に参加した。国連軍による韓国領土の失地回復を行いながら、ダグラス・マッカーサーは一気に南北統一を図ったが、元山上陸後に参戦した30万人の中国人民志願軍に遭遇し激戦を展開。膠着した戦線に単独で囮となり、中国語を叫び友軍であることを装いながら中国人民志願軍を撃退したが、翌日狙撃され右ひじを負傷し野戦病院に送致されたが、すぐに原隊に復帰し中朝国境を目指し進軍した。長津湖近辺で12万人の中国義勇軍に包囲され8000人の1968年員の進退が窮まり、その救援に500人の部下を率いて猛吹雪の中、徹夜でけもの道を潜行し義勇軍を奇襲、救援に成功し海兵隊史上に残る奇跡の救援作戦といわれ海軍十字章を受けた。その直後に顔面に被弾し、日本にあった野戦病院に収容され帰国した。

1968年海兵隊から退職した。階級は少佐。2014年3月3日死去。88歳。

参考[編集]

  • 朝鮮戦争~私とアメリカと戦争と~(ディスカバリーチャンネル)