チュドヴォ

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座標: 北緯59度08分 東経31度40分 / 北緯59.133度 東経31.667度 / 59.133; 31.667 チュドヴォロシア語: Чýдово, Chudovo)は、ロシアノヴゴロド州北部にある都市。チュドヴスキー地区の行政中心地でもある。人口は2002年全ロシア国勢調査で17,434人(1989年の調査では 17,982人)。

ヴォルホフ川の左支流ケレスト川沿いに立つ。州都ノヴゴロドからの距離は北へ80km、サンクトペテルブルクからは南へ100km。

モスクワサンクトペテルブルクの二大都市を結ぶ高速道路M10が通る。また1851年に開通したモスクワ・サンクトペテルブルク鉄道が通り、さらに北のヴォルホフへ向かう支線、南のノヴゴロドへ向かう支線もここから分かれている。チュドヴォからノヴゴロドを経てスタラヤ・ルーサへ向かう支線は1878年7月12日に誕生したが、ノヴゴロド以南の路線は第二次世界大戦で破壊され再建されていない。サンクトペテルブルク-ムルマンスク間の鉄道上にあるヴォルホフへの支線は1919年に開通し、モスクワからムルマンスク方面への短絡線として使われた。

歴史[編集]

1539年の記録に、ネヴァ川沿いからモスクワへと向かう街道上にあるチュドヴスキー・ヤム(Чудовский Ям)の村の名が初出する。1851年、モスクワ・サンクトペテルブルク間の鉄道開通とともに現在の名になり、鉄道の分岐点として大きくなった。1937年に市となっている。

第二次世界大戦では1941年8月20日から1944年1月29日までドイツ国防軍の占領下にあり、赤軍ヴォルホフ戦線の反攻により奪回された。

経済と文化[編集]

19世紀に建てられた建物のうち、第二次世界大戦の破壊から免れ今日まで残っているものには、カザンの生神女大聖堂、1877年建設のチュドヴォ駅舎、いくつかの工場などがある。

チュドヴォにあるニコライ・ネクラーソフを記念する博物館は、彼が1871年から1876年にかけて夏の間の別荘として住み執筆を行った家を使い開設されている。近くの村シャブレニツィにはグレープ・ウスペンスキーが1880年代に住んだ家があり、やはり博物館として使われている。1810年代に建てられたアレクセイ・アラクチェーエフの巨大な新古典主義建築の屋敷グルジノは数km先にあったが、スターリン時代に荒廃し第二次世界大戦で破壊された。

町の大きな企業には、1877年創業のマッチ工場、フィンランドのUPMキュンメネが経営する合板工場、その他機械工場やコンクリート製枕木工場などがある。加えて、キャドバリー・シュウェップス社の工場もある。

外部リンク[編集]