チャールズ・リピット

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肖像画

チャールズ・ウォーレン・リピット(Charles Warren Lippitt、1846年10月8日 - 1924年4月4日)は、アメリカ合衆国の政治家。

経歴[編集]

ロードアイランド州プロビデンスで生まれた。ブラウン大学を卒業し、父の綿及びウール製造会社に就職した。父ヘンリー・リピット、弟ヘンリー・F・リピットも政治家でもあった。1886年2月23日にマーガレット・B・ファーナムと結婚した[1]

息子チャールズ・ウォーレン・リピット・ジュニアは、ハーバード大学に入学し、第一次世界大戦中に103D野戦砲兵連隊の軍曹を務めた。

政治[編集]

1895年5月29日から1897年5月25日まで第44代ロードアイランド州知事を務めた。

1896年に共和党副大統領候補に立候補したが、敗れた。[2]

1896年、1897年にアメリカ革命の息子達英語版のロードアイランド州支部に参加し、ロードアイランド州シンシナティ協会の世襲会員であった。

1924年に死亡し、プロビデンスのスワンポイント墓地に埋葬された。

ロードアイランド大学のリピット・ホール(Lippitt Hall)は彼にちなんで命名された[3]

参考文献[編集]

  • Sobel, Robert and John Raimo. Biographical Directory of the Governors of the United States, 1789-1978. Greenwood Press, 1988. ISBN 0-313-28093-2
  1. ^ The Political Graveyard, Lippitt family of Rhode Island.
  2. ^ The Political Graveyard, as above.
  3. ^ URI History & Timeline”. University of Rhode Island. 2009年7月14日閲覧。
公職
先代:
ダニエル・ラッセル・ブラウン
ロードアイランド州知事
1895年 - 1897年
次代:
イライシャ・ダイアー・ジュニア