チャールズ・ポンジ

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チャールズ・ポンジ(1920年代のマグショット

チャールズ・ポンジ(Charles Ponzi, 1882年3月3日-1949年1月18日)は、1910年代から1920年代にかけてアメリカ合衆国で活動したビジネスマン詐欺師。不特定多数に出資を求める詐欺ネズミ講を含む)の総称であるポンジ・スキームという言葉の由来として名を残す。

本名はカルロ・ピエトロ・ジョヴァンニ・グリェルモ・テバルド・ポンツィ(Carlo Pietro Giovanni Guglielmo Tebaldo Ponzi)。

経歴[編集]

1882年イタリアルーゴに生まれる。1903年に移民としてアメリカに渡り、国際的な通信販売のビジネスに乗り出すが、その際、海外で購入する国際返信切手券による切手の交換レートと実際の外貨交換レートに差があり、利ざやを得ることができることに着目。1919年から、90日間で40%の利回りが得られるとの触れ込みで出資者を募り、ニューイングランドを中心に数千人から数百万ドルもの大金を集めた。しかし、ポンジは資金を国際返信切手券の購入に充てず自転車操業的に出資者への配当に当てており、後の調査で破綻させることが前提の詐欺であることが判明、詐欺罪で有罪となり刑務所に収容された[1]

ポンジは、出所後も数度の詐欺を働き、実質的にアメリカ市民権を剥奪されると、1934年出身国のイタリアに戻り、さらに第二次世界大戦が勃発するとブラジルに渡った。その後は心臓発作や脳障害、視力障害などに苦しみ、晩年はほとんど失明同然だった。1949年、貧しいままリオデジャネイロ市内の慈善病院で没した。

出典[編集]

  1. ^ 破滅を運命づけられた詐欺の手法「ポンジ・スキーム」(AFP.BB.NEWS.2008年12月16日)2011年12月2日閲覧

外部リンク[編集]