チャーリー・ウォーターズ
| チャーリー・ウォーターズ
Charlie Waters No. 41 |
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| セイフティ | |
| コーナーバック | |
| 生年月日:1948年9月10日(64歳) | |
| 出身地: |
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| 身長:6' 1" =約185.4cm | 体重:193 lb =約87.5kg |
| NFLデビュー | |
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| 1970年(ダラス・カウボーイズ) | |
| 経歴 | |
| 大学:クレムゾン大学 | |
| NFLドラフト:1970 / 3巡目(全体の66番目) | |
所属チーム:
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| 通算成績 (1981年までの成績) |
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| インターセプト | 41回 |
| タッチダウン | 2回 |
| セイフティ | 1回 |
| NFL.comよりの成績 | |
| 受賞歴・記録 | |
チャーリー・ウォーターズ(Charlie Waters 1948年9月10日- )はフロリダ州マイアミ出身のアメリカンフットボール選手。NFLのダラス・カウボーイズで1970年から1981年までプレーした。ポジションはセイフティ、コーナーバック。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入りまで [編集]
高校時代はクォーターバックを務めた[1]。クレムゾン大学に進学した彼は3年次の1968年に先発QB争いを行い、相手選手が練習でひざを故障したことから勝利した。開幕からチームは0勝3敗1分の成績となり、ライバルが故障から復帰するとQBからスプリットエンドにコンバートされた。
4年次の1969年にはワイドレシーバーとして68回のレシーブで1,196ヤードを獲得、4タッチダウンをあげて、アトランティック・コースト・カンファレンスのオールチームに選ばれた。1981年にクレムゾン大学の殿堂入りを果たした[2]。
ダラス・カウボーイズ [編集]
1970年のNFLドラフト3巡でダラス・カウボーイズに指名された。プロ入り後、ディフェンシブバックにコンバートされた彼は1年目の1970年をフリーセイフティクリフ・ハリスの控えとなった。ハリスが兵役のため欠場したことから6試合に先発出場、5インターセプトをあげてNFLオールルーキーチームに選ばれた[2]。この年チームは第5回スーパーボウルに出場したが敗れた。
2年目の1971年、コーナーバックにコンバートされた。スピードがそれほどなかった彼は、ワシントン・レッドスキンズのチャーリー・テイラーなどにやられまくり、トム・ランドリーヘッドコーチにお前のせいで負けたと言われたこともある。1975年シーズン前にコーネル・グリーンが引退するとストロングセイフティにコンバートされて、この年3インターセプト、1タッチダウンをあげた。チームは第10回スーパーボウルに出場したがピッツバーグ・スティーラーズに敗れた。
チームメートのクリフ・ハリスとのタンデムは同時代屈指のコンビとして相手チームに恐れられた。オールプロに2回(1977年、1978年)、プロボウルに3回(1976年、1977年、1978年)選ばれた[2]。
この年のセントルイス・ラムズとのプレーオフでは1インターセプト及びパントブロックを2回決めた[2][3]。
1977年のディビジョナルプレーオフ、シカゴ・ベアーズ戦では3インターセプトをあげた。NFCチャンピオンシップゲームでのラムズ戦では2インターセプト、1ファンブルリカバーをあげて28-0の勝利に貢献した[3]。
1979年は怪我のため全休したが[3]、1980年に復帰すると5インターセプトをあげた。。1981年も3インターセプトをあげて、NFCチャンピオンシップゲームでサンフランシスコ・フォーティナイナーズに敗れた試合を最後に現役を引退した。フォーティナイナーズが28-27で勝利したドワイト・クラークのザ・キャッチと呼ばれるプレーで彼はタイトエンドをマークしていた[1]。
キャリアでカウボーイズ歴代3位となる41インターセプトをあげている。またプレーオフ25試合に出場し、NFLタイ記録となる9インターセプトをあげている[3]。
連続した2試合でパントブロックを4回成功したことがある[2]。プレースキックではホールダーを務めた。
スーパーボウルには第5回、第6回、第10回、第12回、第13回と出場し、第6回と第12回の2度優勝している[1]。
カウボーイズのシルバーアニバーサリーチームに選ばれている[2]。
現役引退後 [編集]
現役引退後はCBSスポーツの解説者となり、その後デンバー・ブロンコスのアシスタントコーチを7シーズン務め、1989年には第24回スーパーボウルに出場、1993年、1994年にはウェイド・フィリップスヘッドコーチの下でディフェンスコーディネーターを務めた[2][4]。1995年にはオレゴン大学のディフェンスコーチを務め、チームはコットンボウルに出場した[2]。
2001年にプロフットボール殿堂候補にノミネートされた[2]。
2006年にベイブ・ローフェンバーグに代わって、カウボーイズ・ラジオネットワークのラジオ解説者に起用された[5]。2007年2月、多忙を理由に1シーズンで解説者を辞任することを発表した。
脚注 [編集]
- ^ a b c Steve Wiseman (2008年6月22日). “Waters' life full of twists”. thestate.com. 2012年11月11日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i “Charlie Waters”. Cliff HARRIS & Charlie WATERS. 2012年11月11日閲覧。
- ^ a b c d Matt Cordon. “Greatest Cowboys By Their Jersey Numbers: #41”. knowyourdallascowboys.com. 2012年11月11日閲覧。
- ^ Brian Shrout (2012年10月31日). “On This Day in Broncos History: Halloween”. milehighreport.com. 2012年11月11日閲覧。
- ^ “Charlie Waters Joins Dallas Cowboys Network”. allaccess.com (2006年5月4日). 2012年11月11日閲覧。
関連項目 [編集]
- アメリカズゲーム 〜スーパーボウルチャンピオンズ〜(第12回スーパーボウルの回に出演している。)
外部リンク [編集]
- Charlie Waters (Cliff HARRIS & Charlie WATERS) (英語)
- 通算成績と情報 NFL, or Pro-Football-Reference, or DatabaseFootball (英語)
- チャーリー・ウォーターズ - インターネット・ムービー・データベース(英語)