チャンバワンバ

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チャンバワンバ
チャンバワンバ(2004年)}
チャンバワンバ(2004年)
基本情報
別名 Skin Disease、Antidote (The Exと合同)、Scab Aid
出身地 イングランドの旗 イングランド バーンリー
ジャンル パンクフォークダンス
活動期間 1982年 – 2012年
レーベル Agit-Prop、One Little Indian、EMI、MUTT、No Masters、Peaceville
共同作業者 Chimp Eats Banana
公式サイト http://www.chumba.com/
メンバー
ボフ・ホエーリー
ルー・ワッツ
ジュード・アボット
ニール・ファーガソン
フィル・ムーディ
旧メンバー
ダンバード・ノバコン
ダンスタン・ブルース
アリス・ナッター
ハリー・パーマー
メイヴィス・デルソン
ポール・グレコ

チャンバワンバ: Chumbawamba)は、1980年代からイギリスで活動している音楽バンド。代表曲は「タブサンピング」(Tubthumping) 。

アナーキストで反社会的なスタイルが特徴。[1]音楽のジャンルはパンク・ロックから、フォークダンスなど多数手がける。

ジュード・アボット、ニール・ファーガソン、ボフ・ホエーリー(2005年)

メンバー[編集]

在籍中のメンバー[編集]

(2008年3月時点)

ボフ・ホエーリー (: Boff Whalley)
1982年からのメンバー。担当はボーカル、ギター、ウクレレ、クラリネット
ルー・ワッツ (: Lou Watts)
1982年からのメンバー。担当はボーカル、ギター、パーカッション、キーボード
ジュード・アボット (: Jude Abbott)
1996年加入。担当はボーカル、リコーダー、トランペット
ニール・ファーガソン (: Neil Ferguson)
1999年加入。担当はボーカル、ギター、ベース
フィル・ムーディ (: Phil Moody)
2007年加入。担当はアコーディオン、ボーカル

脱退メンバー[編集]

長期間在籍したメンバーのみ記述。

ダンバード・ノバコン (: Danbert Nobacon)
1982年からのメンバー。2004年脱退。担当はボーカル、キーボード
ダンスタン・ブルース (: Dunstan Bruce)
1982年からのメンバー。2004年脱退。担当はボーカル、ベース、サックス、ターンテーブル、パーカッション
アリス・ナッター (: Alice Nutter)
1983年加入。2004年脱退。担当はボーカル、パーカッション
ハリー・ハーマー (: Harry Hamer)
1984年加入。2004年脱退。担当はボーカル、ドラム、プログラミング、パーカッション
メイヴィス・ディロン (: Mavis Dillon)
1984年加入。1995年脱退。担当はボーカル、トランペット、ホルン、ベース
ポール・グレコ (: Paul Greco)
1992年加入。1999年脱退。担当はベース。2008年に53歳で逝去[2]

来歴[編集]

初期[編集]

チャンバワンバは1982年イギリスバーンリーでバンド「Chimp Eats Banana」の元メンバー(ボフ・ホエーリー、ダンバード・ノバコンら)で結成され、まもなくルー・ワッツが参加した。[3]同年1月にコンピネーション・アルバムにトラック「Three Years Later」を提供したのが最初のリリースとなる。[3]

音楽的にはザ・フォールPILワイヤーアダム&ジ・アンツらの影響を受けており、クラスのような無政府主義的なスタンスを持っていた。[3]彼らが初期にリリースしたもののうちSkin Disease名義のものが1つあり、それはオイ!をパロディ化している。その後、ダンスタン・ブルース、アリス・ナッター、ハリー・ハーマー、メイヴィス・ディロンをメンバーに加え、イギリスリーズで不法占拠した建物で共同生活をしながら活動していた。[3]チャンバワンバは1980年代のアナーキー・パンクの最前線にいた。そのため、不法占拠した建物や小さなホールで、例えば動物の権利保障や反戦運動をテーマとしたギグをしばしば行った。

Agit-Propレーベル時代[編集]

1980年代半ばにレーベル「Agit-Prop」を自身で設立し、そこから1985年にシングル「Revolution」を最初にリリースした。この曲は全英インディーチャートで4位を記録し、また同チャートに34週間もランクインするロングヒットとなった。[3]1stアルバムは1986年に発表された『Pictures of Starving Children Sell Records』で、ボブ・ゲルドフが中心となって活動していたライヴエイドが、世界中の飢餓の本当の原因は政治であることから目をそらすものだと批判する内容だった。[3]

チャンバワンバはジ・エックス(The Ex)(オランダのパンク・バンド)と共にヨーロッパツアーを行った。そして、2つのバンドが共にAntidote名義でアルバム『Destroy Fascism!』をリリースした。

1987年に発表された2ndアルバム『Never Mind the Ballots』は、イギリスの民主主義のあり方について疑問を含んだ内容で、総選挙と同時に発売された。[3]また、Scab Aid名義で楽曲「Let It Be」を発表し、この曲はフェリー・エイド(Ferry Aid)(ビートルズカヴァーを有名歌手らがチャリティーで歌ったグループ)を嘲った内容だった。

1988年の3rdアルバム『English Rebel Songs 1381-1914』は、これまでの音楽スタイルを全面に変えたもので、伝統的なフォーク・ソング集だった。このアルバムが、ドイツの彼らの最大の売上を記録するものだった。

One Little Indianレーベル時代[編集]

1980年代後半から1990年代前半にかけて、チャンバワンバはテクノ・ミュージックレイヴ文化から影響を受け始め、最初の頃のアナーキー・パンクのスタイルを捨てた。その時代の発表作が、1990年の4thアルバム『Slap!』、1992年の5thアルバム『Shhh』(このアルバムは元々『Jesus H Christ』というアルバムだったが、他人の曲のフレーズをコピーした[1]ため著作権問題をクリアできず、録り直しとなった)である。また、1990年には初めてのアメリカツアーを行った。[3]その頃、10,000のセールスが保証できるようになったため、それぞれのバンドメンバーは日雇いの仕事を止め、フルタイム音楽活動に従事するようになった。

イギリスの雑誌Faceがジェイソン・ドノヴァンが同性愛者であると報じたとき、チャンバワンバは“Jason Donovan - Queer As Fuck”と印刷したTシャツをシングル「Behave」に付録としてつけていた。

1993年にOne Little Indianレーベルと契約すると、相変わらず反政府的な主張が濃い6thアルバム『Anerchy』を1994年に発表した。このアルバムは全英アルバムチャートのTop30に入るなど、この時点では最大のヒット作となり、シングルカットされた「Timebomb」「Enough Is Enough」も全英シングルチャートにチャートインした。1995年には最初のライヴ・アルバム『Showbusiness』をリリースした。この成功を受け、One Little Indianはチャンバワンバの過去のアルバムを再発売することにした。これは、最初の3つのアルバムが初めてCD形式で発売されるということを意味している。

1996年に発表した7thアルバム『Swingin' With Raymond』がセールス不振となると、One Little Indianレーベルはチャンバワンバとの契約を解除した。そのためバントメンバーは、また日雇いの仕事をすることになった。

ダンバード・ノバコン(1986年)

EMIレーベル時代[編集]

チャンバワンバは1997年に大手のレーベルEMIと契約したが、過去にEMIを非難していた(1989年に『Fuck EMI』というコンピレーション・アルバムに参加したことなど)ため、各所から批判を浴び、アナーキー・パンク・バンドであるオイ・ポロイ(Oi Polloi)は『anti-Chumbawamba』というアルバムを発表することさえした。チャンバワンバは、EMIと武器メーカーとの繋がりが数年前に切れたためであることを主張し、財政的にバンドが生きていける機会をもたらしたために契約したことをメッセージとして発表した。

チャンバワンバ最大のヒット曲「タブサンピング」(Tubthumping)(全英シングルチャート2位[4]全米シングルチャート6位[5])は、彼らの歌詞の中で最も非政治的なうちの1つである。この曲は労働者階級の歌で、貧困や不平等によってノックダウンされるにも関わらず、楽しいひとときを過ごす一般人を称えるものである。日本国内で深夜に放送されていた音楽番組BEAT UK』(フジテレビ)でもUKシングルチャートでNo.1を獲得した。次いでリリースした「記憶喪失」(Amnesia) は全英シングルチャート10位を記録した[6]が、全米シングルチャートではチャートインしなかった。1998年に開催されたブリット・アワードに出演した際、「タブサンピング」の歌詞を労働党政権批判に変えてパフォーマンスし、バンド・メンバーのダンバード・ノバコンが、出席していたイギリス副首相ジョン・プレスコットの頭からバケツ1杯の水を浴びせる事件を起こした。[3]メンバーのアリスがABCに出演した際に自分たちのアルバムを窃盗するよう促す発言をし、彼らは数週間大きく報道された。大手レコード会社であるHMVヴァージンは、窃盗を防止するためにチャンバワンバのアルバムを棚から取り除き、カウンターの後ろに置いて販売する対応を行った。1998年には日本限定でミニ・アルバム『記憶喪失』(Amnesia) を発売した。このミニ・アルバムは「タブサンピング」と「記憶喪失」のカントリー&ウエスタンヴァージョンを収録している。

ミレニアム記念として、チャンバワンバは限定版シングル「トニー・ブレア」(Tony Blair)を発売した。この曲は、すべての約束を破った元恋人に対して悲嘆する内容のバラードだった。バンドはさらに2年後、ビートルズの「ハー・マジェスティー」(Her Majesty)をカヴァーしたシングルを発表した。 チャンバワンバは、ビージーズの「ニューヨーク炭坑の悲劇」(The New York Mining Disaster 1941)のカヴァーを含む9thアルバム『WYSIWYG』を2000年に発表した。このアルバムからシングルカットされた「She's Got All the Friends That Money Can Buy」のカップリング曲「Passenger List For Doomed Flight #1721」の歌詞は、姿を消してほしいと考えている人々を羅列した内容で、その中にはトニー・ブレア、アリー・マクビール(コメディ・ドラマ『アリー my Love』の主人公)、U2ボノビル・ゲイツビル・クリントンなども含まれている。そして、チャンバワンバは2001年にEMIから離れた。

MUTTレーベル時代[編集]

2002年、レーベル「MUTT」を自身で設立し、そこからフォーク・ミュージックにダンス・ビートを複合させたような内容である10thアルバム『Readymades』を発表した。同アルバムはアメリカで発売する時には名称を『Readymades And Then Some』に変更している。

ゼネラルモーターズ社が、テレビCMで「Pass It Along」(アルバム『WYSIWYG』収録曲)を使用するため、チャンバワンバに10万ドルを支払った。チャンバワンバは、その金をゼネラルモーターズ社に対して環境保護のため告訴している組織へ、寄付を行った。[7]

同年、初めてのサウンドトラックをアレックス・コックス監督の映画『リベンジャーズ・トラジディ』(Revengers Tragedy)に提供した。2003年には、1988年に発表した11thアルバム『English Rebel Songs 1381-1914』を再録音して発表した。

2004年、バンドはワールドミュージックに影響を受けた12thアルバム『Un』を発表した。このアルバムは、イラクの博物館がeBay上で略奪されていることに対する批判や無買日を歌う内容を含んでいた。

No Mastersレーベル時代[編集]

2005年、チャンバワンバはバンドとしては活動を休止した。しかし、ボフ・ホエーリー、ルー・ワッツ、ジュード・アボット、ニール・ファーガソンは2005年から2006年にかけてイギリスとヨーロッパをツアーし続けた。13thアルバム『A Singsong and a Scrap』を録音したのはこのメンバーで、No Mastersレーベルから2005年後半にリリースされた。

残りのメンバーはバンドから脱退した形となり、アリスは演劇やテレビ・ラジオの脚本家となり、ハリーはアリスが脚本した演劇の音楽を作曲し、ダンバートは音楽活動を継続してソロアルバムをリリースしている。

2008年3月にチャンバワンバは14thアルバム『The Boy Bands Have Won』をリリース。

2010年3月1日に15thアルバム『ABCDEFG』をリリース。

バンド名[編集]

チャンバワンバとはどのような意味なのか、という質問に対し、バンドの公式回答は以下のようになっている。

  • チャンバワンバという言葉は何も意味がありません。私たちは「チャンバワンバ」という音が好きで名づけました。サッチャー・オン・アシッド(Thatcher On Acid)はよいバンド名だと思いました。サッチャー政権が11年続いたのは彼らにとっては幸運でしたが、私たちは古くならないバンド名が欲しかったのです。[8]

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  1. Pictures of Starving Children Sell Records (1986)
  2. Never Mind the Ballots (1987)
  3. English Rebel Songs 1381-1914 (1988)
  4. Slap! (1990)
  5. Shhh (1992)
  6. Anarchy (1994)
  7. Swingin' with Raymond (1995)
  8. Tubthumper (1997)
  9. WYSIWYG (2000)
  10. Readymades (2002)
  11. English Rebel Songs 1381-1984 (2003)
    3rdの再録音盤
  12. Un (2004)
  13. A Singsong and a Scrap (2005)
  14. The Boy Bands Have Won (2008)
  15. ABCDEFG (2010)

ライヴ・アルバム[編集]

  1. Showbusiness (1995)

脚注[編集]

  1. ^ a b アルバム「タブサンパー」(日本版)ライナーノーツ 鮎沢裕之著 より。
  2. ^ Paul Greco”. IMDb. 2010年3月19日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i Glasper, Ian (2006) The Day the Country Died: a History of Anarcho-punk 1980–1984, Cherry Red Books, ISBN 978 1 901447 705, pp. 375–384
  4. ^ ChartArchive - Chumbawamba - Tubthumping”. 2012年6月28日閲覧。
  5. ^ 東ひさゆき・FMFAN編集部 『'98ミュージックチャートブック』 共同通信社、1998年ISBN 978-4764130357
  6. ^ ChartArchive - Chumbawamba - Amnesia”. 2012年6月28日閲覧。
  7. ^ Iain Aitch (2002年1月30日). “General Motors gets tub-thumped”. Salon.com. 2007年7月22日閲覧。
  8. ^ http://www.chumba.com/FAQ1.htm

外部リンク[編集]