チャンストウライ

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チャンストウライ
2006年6月8日園田競馬場にて、兵庫ダービー
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2003年3月11日
死没 (現役競走馬)
ブラックタキシード
ダイタクプルクラ
生国 日本北海道平取町
生産 協栄組合
馬主 ジェントルマンホースクラブ
調教師 寺嶋正勝(兵庫
競走成績
生涯成績 19戦9勝
獲得賞金 7284万円
  

チャンストウライ日本競走馬である。西脇の寺嶋正勝厩舎所属。主な勝ち鞍は兵庫ダービー菊水賞兵庫大賞典東海菊花賞佐賀記念。(成績などは全て2008年6月25日現在。)

[編集] 戦績

2005年8月16日、ファーストトライ競走を勝利してJRAで芝の競走を2戦した[1]。後、兵庫ジュニアグランプリ翌日の地元オープン特別で圧勝。半年振りとなった2006年5月18日のオープン特別も圧勝し、圧倒的優位にあったジョイーレに続く存在として兵庫ダービーでは2番人気の支持を集める。レースもそのジョイーレを2周目3コーナーからの叩き合いで競り落として重賞初制覇。

レース直後には陣営は菊水賞行きを明言して、残念ながらジャパンダートダービーは回避したが、その菊水賞でも兵庫ダービーと同じようなレース振りでジョイーレを競り落とし2冠目を制した。ダービーグランプリ出走が期待されていたが、レースの2日後に右前手根骨骨折が判明、年内復帰は絶望的となった。

復帰は年明け1月25日のハッピー241賞。初めて古馬との対決となったが、ベストタイザンに競り勝ち、復帰戦を勝利で飾った。しかし名古屋競馬場での梅見月杯ではムーンバレイに敗れ2着になった。続いての名古屋大賞典では5着に敗れた。

地元に帰って兵庫大賞典に出走。ここではタガノインディーとの接戦をアタマ差制して、2007年初の重賞制覇となった。その後、帝王賞に出走。初のJpn1競走への出走で強豪との勝負となり人気も13番人気と低かったが、シーキングザダイヤなどを交わし4着に入り、地方競馬所属の馬で最先着を果たした。

その後、姫山菊花賞に出走。圧倒的1番人気に推されて出走したものの、愛知所属のウイニングウインドの2着に敗れて、地元兵庫県で初の敗戦を喫した。続いて東海菊花賞に出走。1番人気のマルヨフェニックスとの叩き合いを制し、重賞4勝目となった。さらに名古屋グランプリに出走し、3着に入った。

2008年佐賀記念から始動。向こう正面で先頭に並びかけると、直線では後続をそのまま突き放し、レコードタイムで勝利。悲願の交流重賞(ダートグレードレース)初勝利となった。兵庫県所属馬がダートグレードレースを制したのはロードバクシンに続き2頭目、地元以外のダートグレードレースを制したのは史上初の快挙であった。

その後、中央競馬の芝3000メートル重賞競走の阪神大賞典に出走して10着に終わるが、翌月の中央競馬ダートグレードであるアンタレスステークスでは中団から馬群を割ってしぶとく伸び、1着馬から0.5秒差の5着に入線した。続く、帝王賞では直線で伸び切れず、6着だった。

地元兵庫県の馬には未だ無敗である。

[編集] 血統表

チャンストウライ血統  サンデーサイレンス系(ヘイルトゥリーズン系)

ブラックタキシード
1996年生 青毛
サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986年生 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
オーピーキャット
O.P.Cat
1990年生 青鹿毛
Storm Cat Storm Bird
Terlingua
Princess S. Assagai Jr.
Princess Thelma

ダイタクプルクラ
1997年生 鹿毛
ダンスホール
1986年生 黒鹿毛
Assert Be my guest
Irish Bird
Cancan Madame Mr.Prospector
Wild Madame
ダイタクイチバン
1990年生 鹿毛
No Attention Green dancer
No No Nanette
ネヴアーイチバン Never Beat
ミスナンバイチバン

[編集] 脚注

  1. ^ JRA初戦となった野路菊ステークスの勝ち馬は後のクラシック二冠馬メイショウサムソンで、更に次走の萩ステークスではメイショウサムソンの他にフサイチリシャールドリームパスポートロジックなどが出走している。