チャレンジャー巡航戦車

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巡航戦車 Mk.VIII チャレンジャー
Challenger axb01.jpg
性能諸元
全長 8.71 m
全幅 2.90 m
全高 2.77 m
重量 33 t
懸架方式 =クリスティー方式
速度 56 km/h
行動距離 260 km
主砲 オードナンス QF 17ポンド砲 口径76.2 mm 砲身長58.4
副武装 7.92mmベサ機関銃×1
装甲 砲塔防楯102mm 前面88 mm 側面40 mm 後面40 mm
車体前面50-89mm 側面28-51mm 後面14-38mm
エンジン ロールス・ロイス・ミーティア V12
600 bp
乗員 4-5名
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巡航戦車 Mk.VIII チャレンジャー (A30)(Cruiser Mk.VIII Challenger)とは、巡航戦車 Mk.VIII クロムウェル(A27)の車体に17ポンド砲(QF 17 pounder)を搭載した砲塔を載せた第二次世界大戦イギリス陸軍が使用した巡航戦車である。

目次

[編集] 概要

開発構想自体は1940年11月でティーガーI戦車の出現以前である。この戦車委員会が行った構想は、北アフリカの広大な戦場での撃ち合いで、大射程が要求されたことからである。のちのち、イギリス軍はティーガーIパンター等のドイツ軍戦車に対抗すべく、非常に高い装甲貫通能力を持つ17ポンド砲を搭載する戦車の開発を急ぐこととなった。

設計は1942年初めにバーミンガム鉄道車輛会社が選定された。そして開発されたのが、クロムウェルの車体をベースとしたA30巡航戦車「チャレンジャー」であった。17ポンド砲を搭載するためにクロムウェル巡航戦車の車体が6フィート(1829mm)延長され、転輪は一組増えて片側6組となった。ターレットリング径は1778mmと大型化され、これに伴って車体中央部も拡幅された。砲塔はストサート&ピット社の手によるもので、以前TOG 2重戦車に搭載され実験されたものが使われた。これは大型の17ポンド砲のために2人の装填手を含む4人用のトップヘビーなものとなり、重量増を抑えるためにクロムウェル(75mm)より装甲が削られた(63mm)。装填手が2名とされたのは砲弾が長大である上に、狭い車内に砲弾が分散配置されたからである。砲弾搭載量が28発と少なく、後に砲弾搭載スペースを確保するために車体前部の機銃は撤去され、42発を搭載した。1942年5月に試作車3両の製造が着手された。

1942年8月に最初の試作車「パイロットA」が完成、同月13日に評価試験が行われたが、完成度が低く各部に不具合が多かった。問題点の一つは砲身が重く、傾斜地では砲塔の旋回が著しく困難だったことである。うすい装甲である割にシルエットが大きいことも試験側から不評を買い、存在意義にすら疑問が呈された。これは時期がティーガーI出現以前でもあり、対戦車戦闘能力の重要性がそれほど真に迫っていなかったこともあった。

実戦投入は遅れた。参謀本部が上記の試験後に本車の制式化を認めたものの、量産化に際して200両以上の生産を認めず、また生産自体もシャーマン ファイアフライが大量配備されたために着手されなかった。量産は結局1944年3月にずれこんだ。

ノルマンディー上陸作戦にも車体の防水が不完全で、また31輌しか完成していなかったこともあり参加できず、実戦配備は1944年の8月からとなった。懸念されていた重量問題は西部戦線での運用の結果杞憂であった。ミーティア・エンジンは十分な出力を持ち、生産101輌目からは砲塔と車体の前面に25mm厚の増加装甲が溶接された。

実用性に優れたアメリカ製のM4中戦車に17ポンド砲を搭載したシャーマン ファイアフライが戦車連隊に先行配備されていたため、本車は機動性の求められる機甲偵察連隊(クロムウェル3両につき本車が1両の混成)に配備されたが、部隊での評判は意外に悪くなかったという。発注された200輌のうち、試作車を含め175輌(197輌という説もある)が生産されるに止まったチャレンジャーは終戦後退役し、スクラップや訓練用の標的となり消えていった。

[編集] 構造

砲塔はほぼ垂直の鋼板を八面体に構成しており、避弾経始には優れていない。組み立ては均質圧延鋼板を溶接したものである。厚さは前面63mm、側後面40mm、上面20mmである。防盾は外部が102mm、内部の内防盾は砲と連動して動く。車体前面は64mm、車体前面下部は57mm、側面は上部51mm、下部28mm、後面が38mmである。天井と床はそれぞれ20mm、10mmであり、さらに被弾のしにくい個所に応じて薄くなっている。101輌目から25mmの増加装甲が施された。

砲は17ポンド砲であり、装弾筒付徹甲弾を用いた場合射程1000mで225mmの装甲板を貫通した。ただし命中すれば大きい威力を誇ったものの、弾道が不安定な傾向が、長射程なほどに顕著となった。さらにはAPDS自体の生産量が少なく、大半は(生産の94%)が被帽徹甲弾であった。被帽徹甲弾の場合は同条件で136mmを貫通する。俯仰はプラス20度からマイナス10度、搭載弾薬数42発、機銃弾は2,500発を搭載した。

足回りは大型転輪が一組追加され、大型化した上部構造の重量と、発砲時の強力な反動を支えた。履帯幅は380mmである。

車体は装甲を溶接し、一部鋲接して組み立てている。車体下部側面はコイルスプリングサスペンションを収容した二重構造であり、14mmの装甲で挟んでいる。本車は後輪駆動であり、機関室にエンジンと操行変速機、燃料タンク、冷却システムが収められていた。車体前部左側に操縦手が搭乗した。

懸念された走行性の悪化はさして深刻になるほどのものではなく、むしろ機械的信頼性の高さから乗員に好評であった。

[編集] 派生形

本車をもとにして、オープントップの砲塔を備えた自走砲型のアベンジャーが作られた。

[編集] 参考文献

  • 古是三春「砂漠戦の教訓から生まれた火力強化型巡航戦車 A30チャレンジャー」『日本陸軍の戦車砲と自走砲』グランドパワー10月号、ガリレオ出版、2008年。
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