ロベルト・バルボン

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チコ から転送)
ロベルト・バルボン
Roberto Barbon
基本情報
国籍 キューバ
出身地 ハバナ
生年月日 1933年3月13日(76歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 二塁手
初出場 NPB / 1955年
最終出場 NPB / 1965年
経歴(括弧内は在籍年)

ロベルト・バルボンRoberto Barbon, 1933年3月13日 - )は、キューバ出身の元プロ野球選手内野手)。

愛称は「チコ(Chico)」(スペイン語で「坊や」「チビ」などの意)。「チコ・バルボン(Chico Barbon)」とも。

現在はオリックス・バファローズ野球教室顧問。

目次

[編集] 来歴・人物

1955年阪急ブレーブスに入団。1年目から49盗塁するなど俊足を武器に活躍。1958年(38盗塁)、1959年(38盗塁)、1960年(35盗塁)と3度の盗塁王1964年に1000本安打を達成。翌1965年近鉄バファローズに移籍、同年引退した。

2007年にオリックスのタフィ・ローズが1354試合出場を果たすまでは、歴代外国人選手トップの最多出場数1353試合の記録を持っていた。

性格が明るく「チコ」と呼ばれて親しまれた。在籍中に日本語(関西弁)をマスターし、祖国でキューバ革命が起こったこともあって引退後も日本で生活。ボビー・マルカーノが阪急に入団した1975年スペイン語通訳の仕事で阪急に復帰。以後も阪急・オリックスを通じて球団職員として勤務。現在はオリックス野球教室顧問。2005年にはNPB12球団ジュニアトーナメントにオリックスJr.監督として出場した。野球エージェントとなっているブーマー・ウェルズの通訳なども務めた事がある。最近ではアレックス・カブレラの通訳兼教育係として元気な姿を見せている。

既に50年以上日本に在住しており、非常に流暢でギャグも交えた関西弁を喋る(この為「関西人より関西弁に精通している」とまで評された)。通訳をしていた頃、その関西弁と、あまりにアバウトな訳のため、関西人の間では常に笑いの種にされていた愛嬌のある人物でもある。

サンテレビボックス席』の第1回放送での解説者であり、また現役中の1964年には渥美清主演の映画『続・拝啓天皇陛下様』に連合軍兵士の役で出演したほか、1967年には東宝映画『クレージーの怪盗ジバコ』にも名つきの役どころで出演している。

浜田雅功らが司会を努めるフジテレビ系のスポーツバラエティ番組『ジャンクSPORTS』に出演歴あり。

2009年6月3日には京セラドームにて『サラリーマンノック』のノッカーに選ばれる。午後11時という遅い時間からの開始にも関わらず集まった約50人のアツいサラリーマンに対し、アツいノックで応えた。

[編集] 背番号

  • 8(1955年 - 1961年)
  • 4(1962年 - 1964年、1974年)
  • 14(1965年)
  • 73(1975年)

[編集] 年度別打撃成績

























1955年 阪急 8 141 583 105 163 23 13 5 227 48 49 9 6 58 70 .280 17
1956年 152 590 94 141 26 8 6 201 31 55 12 3 66 77 .239 29
1957年 122 479 75 102 16 3 8 148 30 33 6 2 57 66 .213 27
1958年 128 515 76 138 27 10 4 197 32 38 6 2 48 64 .268 11
1959年 132 481 66 112 11 3 2 135 23 38 7 1 35 51 .233 23
1960年 116 387 52 87 14 4 1 112 22 32 8 1 37 54 .225 28
1961年 120 391 41 84 12 2 0 100 12 20 6 1 21 69 .215
1962年 4 107 310 36 74 11 3 3 100 15 14 6 0 17 38 .239
1963年 114 299 26 67 9 3 3 91 22 14 1 0 27 45 .224
1964年 96 172 23 49 5 1 0 56 10 4 3 1 6 20 .285
1965年 近鉄 14 125 459 50 106 12 2 1 125 15 11 10 0 25 54 .231 28
通算:11年 1353 4666 644 1123 166 52 33 1492 260 308 74 17 397 608 .241
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] タイトル・表彰・記録

  • 盗塁王:3回 (1958年~1960年)
    • 現在に至るまで、外国人選手で盗塁王となっているのはバルボンとラリー・レインズの2人のみ。いずれも阪急所属時に記録している。
  • 最多安打:1回(1955年)※当時は表彰タイトルではない
  • ベストナイン:1回 (1958年)
  • オールスターゲーム選出:2回 (1958年、1959年)
  • 外国人試合出場:1353試合(歴代2位)
  • 通算1000試合出場 1962年9月5日(75人目)

[編集] エピソード

  • 阪急在籍時代初期、テレビで力道山の試合を見たバルボンは、チームメイトに「こういう素晴らしい試合のことを日本では八百長と言うんだ」と嘘の知識を教えられたが、バルボンは報道陣のいる前で「リキ、八百長」と言った。後日、これを伝え聞いた力道山本人が怒鳴り込んできて、バルボンは謝罪した(事の顛末を聞いた力道山はバルボンと和解)。
  • 同じく阪急在籍時代初期、チームメイトから日本で挨拶する時は「あじゃぱぁ」(当時のタレント・伴淳三郎の流行語)と言うんだと、また嘘の知識を教えられた。「あじゃぱぁ」を様々な場面で披露したバルボンは受けが良く、喜ばれた。真相を知らないバルボンは、「日本にはなんて便利な挨拶があるんだ」と勘違いしていたという。
    • 上記のエピソードは引退後30年以上が経過してから、バルボンのことを特集したテレビ番組で明かされた。なお、この番組内で他の出演者から「悪い先輩もいたもんですねぇ」とのコメントがあり、バルボンは笑ってこれに同意した。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク