チクローネ級水雷艇

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チクローネ級水雷艇

チクローネ級水雷艇(写真はユーゴスラビア海軍に接収後撮影されたもの)
艦級概観
種別 水雷艇
艦名
建造者
運用者 Flag of Italy (1861-1946) crowned.svgイタリア王国海軍(Regia Marina)
War Ensign of Germany 1938-1945.svgドイツ海軍(Kriegsmarine)
Naval Ensign of SFR Yugoslavia.svgユーゴスラビア海軍
 ソビエト連邦海軍
建造期間
就役期間 1942年~1945年(イタリア王国海軍)
同型艦 16隻
前級 オルサ級水雷艇
次級 無し
主要諸元
排水量 基準 : 920t、満載 : 1,651t
全長 82.5m
全幅 9.9m
吃水 3.77m
深さ
機関 ヤーロウ式ボイラー×2基
ギヤードタービン×2基、2軸推進
機関出力 16,000馬力
電力
速力 26ノット
燃料
航続距離 海里
潜航深度 {{{潜航深度}}}
乗員 154名
搭載量
装甲
兵装 100mm単装砲×2~3基
20mm対空機関砲×8~12基
2連装450mm魚雷発射管×2基
爆雷投射機×4基
搭載機
搭載総数
搭載艇
C4ISTAR
レーダー
ソナー
電子戦
対抗手段
特殊装備
その他

チクローネ級水雷艇イタリア語: Classe Cicrone)とは、イタリア王国海軍(Regia Marina)が第二次世界大戦において運用した水雷艇である。アニモソ級水雷艇イタリア語: Classe Animoso)と呼ばれることもある。

概要[編集]

チクローネ級水雷艇は、オルサ級水雷艇と同様に船団護衛を強く意識しており、対空機関砲の増設や爆雷投射機の設置などが建造当初から行われている。船によっては、主砲の100mm単装砲を3基に増設して対水上火力を強化している。

オルサ級水雷艇よりも全幅が1.6mほど拡張され安定性は向上しているが、その分最高速度も2ノットほど低下している。

起工はイタリア参戦後の1941年から始められ、1943年9月のベニート・ムッソリーニ失脚およびイタリア王国無条件降伏までに16隻が就役した。

このうち「インパヴィド」、「アルディート」、「イントレーピド」の3隻はイタリア無条件降伏後にナチスドイツ海軍(Kriegsmarine)に接収され、それぞれTA23、TA25、TA26の名称を付与されたうえでドイツ海軍の手で運用されたが、3隻とも1945年までに失われた。

さらに第二次世界大戦終結まで生き残った5隻も、1947年に結ばれたパリ条約に基づいて、1949年に3隻がソビエト連邦、2隻がユーゴスラビアにそれぞれ賠償艇として譲渡されたためイタリア共和国海軍(Marina Militare)の手元には残らなかった。

兵装[編集]

兵装は基本的に対潜・対空重視であるが、魚雷発射管と機雷敷設機能も備えられている。ただし搭載する火砲と機関砲は船毎に差異があり、以下の3タイプに分類される。

  • 100mm単装砲×3基、20mm機関砲×8門
「ギブリ」「インパヴィド」「インペトゥオーソ」「インドミト」、「モンソーネ」
  • 100mm単装砲×2基、20mm機関砲×10門
「アリセオ」、「アルデンテ」、「チクローネ」、「フォルトゥナーレ」、「グロッポ」、「ティフォーネ」、「ウラガーノ」
  • 100mm単装砲×2基、20mm機関砲×12門
「アニモソ」、「アルディート」、「アルディメントーソ」、「イントレーピド」


同型艇[編集]

艦名 識別記号 起工 進水 就役 退役
アリセオ
Aliseo
AS 1941年9月16日
カステッランマーレ・ディ・スタービアNavalmeccanica
1942年9月20日 1943年9月28日 1949年5月3日、ユーゴスラビア海軍に賠償艇として譲渡。
アニモソ
Animoso
AM 1941年4月3日
ジェノヴァアンサルド造船
1942年4月15日 1942年8月14日 1949年3月16日、ソ連海軍に賠償艇として譲渡され、ラードヌイЛадный)と改名。
アルデンテ
Ardente
AD 1941年4月7日
ジェノヴァ、アンサルド造船
1942年5月27日 1942年9月30日 1943年1月12日、沈没。
アルディメントーソ
Ardimentoso
AZ / AT 1941年4月7日
ジェノヴァ、アンサルド造船
1942年6月27日 1942年12月14日 1949年2月28日、ソ連海軍に賠償艇として譲渡され、リュートィイЛютый)と改名。
アルディート
Ardito
AR 1941年4月3日
ジェノヴァ、アンサルド造船
1942年3月14日 1942年6月30日 1943年9月、ドイツ海軍に接収されTA25と改名。1944年6月14日、撃沈
チクローネ
Ciclone
CI 1941年5月9日
トリエステCRDA
1942年3月1日 1942年5月21日 1943年3月20日、沈没
フォルトゥナーレ
Fortunale
FT 1941年5月9日
トリエステ、CRDA
1942年4月18日 1942年5月16日 1949年3月1日、ソ連海軍に賠償艇として譲渡され、リョートヌイЛётный)と改名。
ギブリ
Ghibli
GH 1942年8月30日
カステッランマーレ・ディ・スタービア、Navalmeccanica
1943年2月28日 1943年7月24日 1949年9月、ドイツ海軍に接収される。1945年4月25日、ラ・スペツィアにて自沈。
グロッポ
Groppo
GP 1941年6月18日
カステッランマーレ・ディ・スタービア、Navalmeccanica
1942年4月19日 1942年8月31日 1943年5月25日、沈没。
インパヴィド
Impavido
IM 1941年8月15日
セストリ・レヴァンテRiva Trigoso造船所
1943年2月24日 1943年4月30日 1943年9月、ドイツ海軍に接収されTA23と改名。1944年4月25日、沈没。
インペトゥオーソ
Impetuoso
IP 1941年8月15日
セストリ・レヴァンテ、Riva Trigoso造船所
1943年4月20日 1943年6月7日 1943年9月11日、自沈
インドミト
Indomito
ID 1942年1月10日
セストリ・レヴァンテ、Riva Trigoso造船所
1943年7月6日 1943年8月4日 1949年4月24日、賠償艇としてユーゴスラビア海軍に譲渡。
イントレーピド
Inrepido
IT 1942年1月31日
セストリ・レヴァンテ、Riva Trigoso造船所
1943年9月8日 1944年1月16日 1943年9月、ドイツ海軍に接収されTA26と改名。ドイツ軍により艤装されるが、1944年6月21日、自沈。
モンソーネ
Monsone
MS 1941年6月18日
カステッランマーレ・ディ・スタービア、Navalmeccanica
1942年6月7日 1942年11月28日 1943年3月1日、沈没
ティフォーネ
Tifone
TF 1941年6月17日
トリエステ、CRDA
1942年3月31日 1942年7月11日 1943年5月7日、チュニスにて自沈。
ウラガーノ
Uragano
UR 1941年6月17日
トリエステ、CRDA
1942年5月3日 1942年9月26日 1943年2月3日、シチリア海峡にて沈没。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]