チェコ・ヌーヴェルヴァーグ

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チェコ・ヌーヴェルヴァーグ[1]英語The Czechoslovak New WaveCzech New Waveチェコ語Česká nová vlna)は、1960年代チェコスロヴァキアの初期映画作品群を指す用語である。作家でいえば、ミロシュ・フォルマンヴェラ・ヒティロヴァイヴァン・パッセルイジー・メンツェルヤン・ニェメツヤロミル・イレシュら。作品のもつクォリティと開放性が、「チェコ映画の奇蹟」と言わしめた[2]

概要[編集]

世代的には1930年前後生まれで、フランスパリヌーヴェルヴァーグイギリスロンドンフリー・シネマおよびブリティッシュ・ニュー・ウェイヴスイスレマン湖畔を中心としたグループ5あるいはヌーヴォー・シネマ・スイスブラジルシネマ・ノーヴォノヴォ・シネマ、あるいはアンジェイ・ワイダらいわゆるポーランド派ジョン・カサヴェテスらいわゆるニューヨーク派松竹ヌーヴェルヴァーグ羽仁進勅使河原宏増村保造らによる日本ヌーヴェルヴァーグとまったくの同世代である。

作家たちの共通点は、プラハ芸術アカデミー映画学部(FAMU)で学んでいることや、ヨーロッパ最大の撮影所のひとつであるバランドフ撮影所Barrandov Studios)でキャリアを始めていることがある。フリー・シネマに英国映画協会の実験映画支援ファンドがあり、仏ヌーヴェルヴァーグに『カイエ・デュ・シネマ』誌やシネマテーク・フランセーズがあり、「グループ5」に創生期のテレヴィジオン・スイス・ロマンドTSR)があるように、プラハでは、アカデミーと撮影所が「ゆりかご」となった。また、他国のニュー・シネマ運動がごく初期にそうであったように、プラハでも、多くが1950年代中盤の学部時代に短篇のドキュメンタリーを習作として撮っている。

トレードマークは、即興の長セリフ、ダークで不合理なユーモア、非経験俳優をキャスティングすることである。扱われるテーマは共産圏の国々ではまれなこと、たとえば若者の恋愛のもつれやチェコスロヴァキア社会のモラルの欠如であることが多い。演出的にいって「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」は、関係の緊張することがよくあるフランスのヌーヴェルヴァーグのラフな審美性とは異なっている。磨きぬかれた作品を提示する傾向があり、チェコ文学Czech literature)に原作をとることが多く、ミラン・クンデラの反共産主義小説『冗談 The Joke』やボフミル・フラバルの『厳重に監視された列車』などがそうである。フォアマンの『火事だよ! カワイ子ちゃん The Firemen's Ball』は、その時代のもうひとつのメジャー映画であり、製作から30年以上が経過したいまでさえカルト映画でありつづけている[2]

全盛期には1965年から4年連続でアカデミー外国語映画賞にノミネートされ、うち『大通りの店』(ヤン・カダールエルマール・クロス)、『厳重に監視された列車』(イジー・メンツェル)が受賞した。

同ムーヴメントが突然の終焉を告げるのは、1968年の「プラハの春」と呼ばれる民主化に対するソ連の圧力のあとであった。フォアマン、ニェメツ、パッセルらは、作品への厳重な検閲に直面し、国外へ脱した[2]

キー・ワークス[編集]

参加監督イジー・メンツェルエヴァルト・ショルムヴェラ・ヒティロヴァヤン・ニェメツヤロミル・イレシュ

参考文献[編集]

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  1. ^ 英語や、現地語であるチェコ語「Česká nová vlna」をカタカナ表記するより、日本で流通しているこの語を採用した。
  2. ^ a b c 英語版WikipediaCzechoslovak New Waveのページの記述による。

外部リンク[編集]