ダニー・ゴーキー
| ダニー・ゴーキー | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Daniel Jay Gokey |
| 出生 | 1980年4月24日 |
| 出身地 | ミルウォーキー |
| ジャンル | カントリー・ミュージック |
| 職業 | シンガー・ソングライター |
| 担当楽器 | ボーカル・ピアノ・ギター |
| 活動期間 | 2008年 - 現在 |
| レーベル | RCA Nashville |
| 事務所 | 19 Entertainment |
| 公式サイト | www.dannygokey.com |
ダニエル・ジェイ・ゴーキー(Daniel Jay Gokey、1980年4月24日 - )は、アメリカ合衆国の歌手。ウィスコンシン州ミルウォーキー生まれで、音楽教師。 オーディション番組アメリカン・アイドルのシーズン8で3位となった。
目次 |
アメリカン・アイドル [編集]
アメリカンアイドルのオーディションに出場する4週間前に妻ソフィアを亡くしている。(妻ソフィアは幼少の頃から心臓が悪く、度々手術を繰り返したが甲斐なく合併症のため亡くなった)オーディション出場を諦めかけたダニーだが、アメリカンアイドルのファンだった妻のためにオーディション出場を決断する。カンザスシティーでのオーディション会場には友人や家族も応援にかけつけてくれた。このとき親友のジャマールもオーディションに出場しダニーと共に通過している。
地方予選の段階から審査員のサイモン・コーウェルやポーラ・アブドゥルに注目されていたダニーは、セミ・ファイナルのTop36ウィークでマライヤ・キャリーの『ヒーロー』を歌い、見事13人のファイナリストの一人となる。 最大の武器であるハスキーでソウルフルな歌声は、その後も審査員やテレビの視聴者を魅了していくものとなるが、本選ではラスカル・フラッツの『ホワット・ハーツ・ザ・モスト』等、カントリー・ソングを好んで選曲、審査員からの高い評価を得る。また、Top11のグランド・オール・オプリ・ウィークにおいてはゲスト指導者・ランディ・トラヴィスにも認められ、そしてこのランディ・トラヴィスとの出会いが後にダニーをカントリー・ミュージックの世界に引き込むきっかけとなっていくのである。[1]
パフォーマンス [編集]
| WEEK | テーマ | 曲名 | オリジナル |
|---|---|---|---|
| オーディション | 本人選曲 | アイ・ハード・イット・ア・グレイプバイン | マーヴィン・ゲイ |
| ハリウッド | ソロ 1回目 | キス・フロム・ア・ローズ | シール |
| ハリウッド | グループ・パフォーマンス | サムバディ・トゥ・ラブ | クイーン |
| ハリウッド | ソロ 2回目 | アイ・ホープ・ユー・ダンス | リー・アン・ウーマック |
| Top36/ セミ・ファイナル1 |
Billboard Hot 100 | ヒーロー | マライア・キャリー |
| Top13 | マイケル・ジャクソン | P.Y.T. | マイケル・ジャクソン |
| Top11 | グランド・オール・オプリ | ジーザス・テイク・ザ・ホイール | キャリー・アンダーウッド |
| Top10 | モータウン | ゲット・レディ | ザ・テンプテーションズ |
| Top9 | トップ・ダウンロード | ホワット・ハーツ・ザ・モスト | ラスカル・フラッツ |
| Top8 | 自分の生まれた年 | スタンド・バイ・ミー | ベン・E・キング |
| Top7 | 映画挿入歌 | エンドレス・ラブ (映画『エンドレス・ラブ』より) |
ダイアナ・ロス&ライオネル・リッチー |
| Top7[2] | ディスコ | セプテンバー | アース・ウィンド・アンド・ファイアー |
| Top5 | ラット・パック | カム・レイン・オア・カム・シャイン (邦題『降っても晴れても』) |
ミュージカル『セント・ルイス・ウーマン』挿入歌[3] |
| Top4 | ロックン・ロール デュエット ソロ |
レネゲイト (クリス・アレンとデュエット) ドリーム・オン |
スティクス エアロスミス |
| Top3 | 審査員選曲 (ポーラ・アブドゥル) 本人選曲 |
ダンス・リトル・シスター ユー・アー・ソー・ビューティフル |
テレンス・トレント・ダービー ジョー・コッカー |
アメリカン・アイドル以降 [編集]
アメリカン・アイドル出場後は19 Recordings/RCA Nashville と契約、ダニーはソフィアを失った後の第2の人生を、ランディ・トラヴィスの助言どおりカントリー歌手として生きていく事を決断する。2010年3月2日にはファースト・アルバム・『マイ・ベスト・デイズ』をリリース、発売1週目にしてアメリカ合衆国のビルボード・トップ・カントリー・アルバム・チャートで3位、アルバム総合チャートのBillboard 200でも4位を記録した。ニールセン・サウンドスキャンによると、このアルバムの第1週目の売上枚数は約65,000枚、カントリー歌手がデビューの週に売り上げた枚数としては、1992年にBilly Ray Cyrusが記録した9万枚に継ぐ記録となった。また、この週のデジタル・ダウンロードでの販売数は約19,000、カントリー歌手のデビュー・アルバム第1週目のダウンロード数としての過去最高を記録している。[4]
ディスコグラフィー [編集]
アルバム [編集]
- マイ・ベスト・デイズ (2010年)
シングル [編集]
- My Best Days Are Ahead Of Me (2009年)
- I Will Not Say Goodbye (2010年)
脚注 [編集]
- ^ The Boot.com - Danny Gokey Follows Randy Travis' Advice、2010年2月16日、2010年7月4日閲覧。
- ^ 脱落が決定した出場者を、審査員がTop5ウィークまでの間に1人だけ脱落から救う事の出来る権利『Judges Save』がTop7ウィークで使用された為、その翌週は再び7人の出場者が審査に挑む形となった。この権利が使用されると、翌週の審査では2人の出場者が脱落する。シーズン8で初めて採用された新ルールである。American Idol、2010年7月4日閲覧。
- ^ 1946年1月に、サイ・オリバーとトミー・ドーシーによってレコーディングされたのが最初であるが、ヒットには繋がらなかった。しかしその後、サラ・ヴォーンやレイ・チャールズ、フランク・シナトラ他、数多くのアーティストがこの曲をカバー、今ではスタンダード・ナンバーのひとつとなっている。
- ^ Sony Music Nashville - Danny Gokey Makes Chart History with Debut Album !、2010年3月10日、2010年6月25日閲覧。
外部リンク [編集]
- ダニー・ゴーキー オフィシャル・ウェブサイト(英語)
- ダニー・ゴーキー on Twitter
- Sophia's Heart Foundation (自身が代表を務める非営利慈善団体)(英語)
- RCA Nashville (所属レコードレーベル)(英語)
- Mission Management (所属マネージメント会社)(英語)
- Wisconsin Vision (契約企業)(英語)