ダズル迷彩

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ダズル迷彩を塗装されたイギリス海軍空母アーガス(1918年)

ダズル迷彩(ダズルめいさい、英語: dazzle camouflage, razzle dazzle, dazzle painting)は、艦船に用いられた迷彩塗装。特に第一次世界大戦中に多くみられ、第二次世界大戦でも数は減ったが存在している。20世紀イギリス人芸術家ノーマン・ウィルキンソン (en:Norman Wilkinson (artist)) の発案によるもので、明確な配色で塗装された複雑な幾何学模様で構成されていた。日本では「ダズル (Dazzle)」の日本語訳から幻惑迷彩ともよばれる。

機能[編集]

ペルシア湾を航行する王室オーストラリア海軍艦ヤラ(1941年8月)

迷彩とは本来、対象物を周囲に溶け込ませ目立たなくさせるためのものであり、その定義からすればこのダズル迷彩は逆に注意をひきつける、有効とは思えない迷彩である。しかしこの迷彩は、常に変化するあらゆる天候において艦船を完全に目立たなくすることは不可能であるという教訓から編み出された。

アメリカ海軍駆逐艦チャールズ・S・スペリー(1944年)

ダズル迷彩は艦船に対する、敵からの艦種、規模、速度、進行方向などの把握を困難にさせるためのものである。目視の距離計(レンジファインダー)による艦載砲射撃を妨害する目的で考案され、艦船を目立たなくさせるのではなく、敵を混乱させることを意図していた[1]。この迷彩が施された艦船は船首と船尾との識別が困難で、その艦船が近付きつつあるのかあるいは逆に遠ざかりつつあるのかを把握することも難しくなる[2]

レンジファインダーは光学視差の原理によるもので、オペレータが2つの対物レンズから取り込んだ別々の画像を調整し、1つの画像にすることによって対象物への距離を測定している。ダズル迷彩の幾何学的な塗装は対象物の2つの画像を調整して1つにする作業自体を困難にする機能を持っており、特に一般的なレンジファインダーを使用していた潜水艦潜望鏡対策として特に有効だった。さらに船首波を目立たなくさせ、艦船の速度を誤認させるという機能も持っていた。

イギリス海軍軽巡洋艦ベルファスト 現在は陳列艦として大英帝国戦争博物館が所有している(2004年)

この大胆ともいえるダズル迷彩の有効性は、イギリス海軍本部により認められたが[3]、急速な採用であったため迷彩効果を向上するためのデザインや配色など、実用的な評価をされることがなかった。しかしダズル迷彩の戦略的価値は他国の海軍でも有効と認められるようになり採用も増え、その結果、迷彩効果をさらに高めるためのデザインや配色の科学的研究が進められることとなった。遠距離からは視認できないような細かい迷彩色は有利にも不利にも機能する。迷彩が施された艦船の視認性は科学的に測定可能な要素に完全に依存しており、表面塗装の色相彩度の有効性は2点間の距離によって異なる[4]

Painting of Dazzle-ships in Drydock at Liverpool』エドワード・ワズワースが描いたダズル迷彩の艦船(1919年)

イギリスでは陸軍が1916年の終わりに迷彩研究の部署を設立し、海軍では海洋画家のノーマン・ウィルキンソンが「ダズル迷彩」の、乱れた縞模様を用いて艦船の速度、規模を誤認させるという概念を考案した[5]。当時イギリス海軍の巡視艇の佐官だったウィルキンソンは初期のダズル迷彩をSSインダストリーに持ち込み、1917年8月にイギリス海軍艇アルザチアンにダズル迷彩が施された。

イギリス海軍で採用されたダズル迷彩に同じパターンは存在せず、当初は室内で小さな木造模型を用いて潜望鏡でのテストが実施されている。この模型のデザインの多くはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに在籍していた女性たちが担当しており、これらのデザインをスケールアップして本物の艦船に適用した。画家だけがこの作業に当たっていたわけではなく、彫刻家など他の芸術家たちもこのプロジェクトに参画している[6]ヴォーティシズムの画家エドワード・ワズワースは、2,000以上の軍艦の迷彩を指導した。第一次世界大戦後のワズワースの絵画には、ダズル迷彩の艦船を描いた作品がある。

第一次世界大戦[編集]

ダズル迷彩の有効性は定見を見ていない。イギリス海軍本部では、潜水艦からの攻撃に対しては効果がないとしたが、乗員の士気向上には効果的であると評価した。さらに、港に繋留されたさまざまなデザイン、色彩で塗装された数百の軍艦は、直接戦闘に参加していない民間人の士気高揚にも効果をあらわした。 1919年の講演で、ウィルキンソンは以下のように語っている。

この計画の第一目的は、今まさに砲撃態勢にある敵の照準を誤らせることではなかった。艦船が発見されたときに、相手に間違った迎撃態勢を取らせるためのものである。ダズル迷彩は、強い対照色で塗装することによって、艦船の姿形を相手に見誤らせる効果を狙った手法だった。その結果、艦船の速度、進行方向を予測して攻撃してくる潜水艦にとって、これらの正確な判断を妨げることとなった。ダズル迷彩で使用された色は、黒、白、青、緑がほとんどである。迷彩のデザインを決めるときには垂直線は可能な限り避けるべきで、傾斜線、曲線、水平線が効果的であり、より相手の混乱を引き起こすことに成功した。

両世界大戦を通じてイギリスでは、キュナード・ラインのような船舶会社の外洋航行能力を持った船は徴用され、イギリス艦隊で重要な役割を果たした。これら民間からの特務艦も軍装され、他の軍艦同様に迷彩が施されている。たとえば、カナディアン・パシフィック・スティームシップス社の旅客船エンプレス・オブ・ロシア (en:RMS Empress of Russia) は、輸送艦に改装されるときにダズル迷彩に塗装されている。

第二次世界大戦[編集]

アメリカ海軍戦艦テネシー(1944年)

ダズル迷彩は第二次世界大戦終結まで使われ続けた。しかしもっとも効果的だったのは第一次世界大戦であり、レンジファインダー同様徐々にその効果は薄くなっていった。敵の発見に航空機が大きな役割を果たすようになり、第二次世界大戦ではレーダーの発達がさらに迷彩の効果を衰退させることとなった。

アメリカ海軍首脳部もダズル迷彩は有効であるとして、1918年に技法のひとつとしてアメリカ海軍に採用した。第二次世界大戦でもテネシー級戦艦エセックス級航空母艦の一部にダズル迷彩を採用している。施されたデザインは無原則なものではなく、計画、審査を経て標準化されたのちに艦隊全体に適用された。

芸術との関連[編集]

著述家、アマチュア画家としても知られる元イギリス首相ウィンストン・チャーチルは、戦争では騙し合いは不可分なものであるとし「奇術のように独創的で悪意ある手法で敵を混乱させ、打ち倒す」と語ったことがある[7]

2007年にはロンドンの大英帝国戦争博物館 (en:Imperial War Museum) で、「隠蔽」をテーマにした芸術展が開催され、ダズル迷彩の進化が再検証されている。スペイン人芸術家パブロ・ピカソが、典型的なキュビズムの技法を用いているとして、現代の迷彩手法を自身の功績によるものだと考えていたことが発表された[8]。ピカソは、迷彩塗装された機関砲がパリの通りを牽引されているのを目撃した直後の、友人だったアメリカの詩人ガートルード・スタインとの会話中にこの結論を導き出したのである[2]

2008年にアメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインのフリート・ライブラリ(海軍ライブラリ)が、第一次世界大戦下におけるアメリカ商船の迷彩実施計画のリトグラフを455枚再発見したと発表した。これらのリトグラフは学校の卒業生でデザイナーのモーリス・L.フリーマンが1919年に寄贈したもので、当時のフリーマンはフロリダ州ジャクソンビルに臨時に設置された合衆国船舶院 (en:United States Shipping Board) で、迷彩技術者として働いていたのである。再発見されたリトグラフの一部は2009年1月26日から3月29日まで「Bedazzled」としてロードアイランド・スクール・オブ・デザインのライブラリーで一般公開された。

イギリスのシンセポップ・デュオ(テクノポップバンド)オーケストラル・マヌヴァーズ・イン・ザ・ダークが1983年に発表したアルバム「Dazzle Ships」において、ジャケットデザイン等のモチーフとされた。

現代での使用例[編集]

オーストリアの自動速度違反取締装置

現在では本来の目的でダズル迷彩が使われることはほとんどないが、オーストリアでは自動速度違反取締装置のレーダーがどの方向を向いているのかを判別し辛くする意図で、ダズル迷彩が使用されている。

脚注[編集]

  1. ^ "Camouflage , Norman Wilkinson", Letters, The Times, Apr 04, 1939
  2. ^ a b Glover, Michael. "Now you see it... Now you don't," The Times. March 10, 2007.
  3. ^ Williams, David. (2001). Naval Camouflage 1914-1945, p. 35.
  4. ^ Williams, p. 40.
  5. ^ Fisher, Mark. "Secret history: how surrealism can win a war," The Times. January 8, 2006.
  6. ^ Paulk, Ann Bronwyn. "False Colors: Art, Design, and Modern Camouflage (review)," Modernism/modernity. 10:2, 402–404 (April 2003). DOI: 10.1353/mod.2003.0035
  7. ^ Latimer, Jon (2003). Deception in War: The Art of the Bluff, the Value of Deceit, and the Most Thrilling Episodes of Cunning in Military History, from the Trojan Horse to the Gulf War. [1] (abstract)
  8. ^ Campbell-Johnson, Rachel. "Camouflage at IWM," The Times. March 21, 2007.

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]