ダウンタウン (お笑いコンビ)
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| ダウンタウン | |||
|---|---|---|---|
| メンバー: | 浜田雅功・松本人志 | ||
| 結成年: | 1982年 | ||
| 事務所: | よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本社 | ||
| 活動時期: | 1982年-現在 | ||
| 出身: | NSC大阪1期生 | ||
| 影響: | 島田紳助・松本竜介 | ||
| 出会い: | 尼崎市立潮小学校 | ||
| 旧コンビ名: | 青空てるお・はるお ライト兄弟 |
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| 現在の活動状況: | テレビ(全国区)中心 | ||
| 芸種: | 漫才・コント | ||
| ネタ作成者: | 松本人志 | ||
| 現在の代表番組: | ガキの使いやあらへんで!! リンカーン ダウンタウンDX |
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| 過去の代表番組: | 発明将軍ダウンタウン ダウンタウンのごっつええ感じ 4時ですよーだ |
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| 同期: | トミーズ ハイヒール | ||
| 公式サイト: | 公式HPトップ | ||
| 受賞歴 | |||
| 1984年 ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞 1984年 NHK上方漫才コンテスト 優秀賞 1986年 第21回上方漫才大賞 新人奨励賞 1987年 日本放送演芸大賞発表 最優秀ホープ賞 1987年 第22回上方漫才大賞 奨励賞 1988年 第23回上方漫才大賞 奨励賞 1989年 第24回 上方漫才大賞 大賞 |
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ダウンタウン(DOWNTOWN)は、松本人志と浜田雅功から成る日本のお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業)所属。
目次 |
[編集] メンバー
※戸籍上表記である「濵」は「浜」の旧字体の異字体。 ※出身地は二人とも兵庫県尼崎市
[編集] 概要
日本を代表するお笑いコンビの一組。ウッチャンナンチャン、とんねるずなどと共にお笑い第三世代の一員として、後の芸人に多大なる影響を与えたと言われている。1990年代から現在も第一線で活躍中。
[編集] 略歴
1982年4月、浜田が小学校からの友人であった松本を誘って吉本の芸人養成所「吉本総合芸能学院(NSC)」に入学。大阪NSC一期生(漫才コース選択)となる。同期にはトミーズ、ハイヒール、内場勝則、浜根隆、前田政二などがいる。同期の中で一番テレビデビューが遅かったと浜田は語っている。
1982年7月、第3回今宮子供えびすマンザイ新人コンクールに「松本・浜田」として出場し、福笑い大賞を受賞する。同年8月、フジテレビ系列、笑ってる場合ですよ!お笑い!君こそスターだ!に「ひとし・まさし」の名で出場し、グランドチャンピオンとなる。またこの頃、新人としては異例の早さでなんば花月の舞台に立つ。
1983年5月、コンビ名を「ダウンタウン」とする。
1987年4月、毎日放送が関西ローカルで制作した初の看板番組『4時ですよーだ』でブレイク。大阪を中心に火がつき、「夕方の大阪の街は4時ですよーだを観るため人が居なくなる」と言われる程の番組となり、関西でアイドル的人気を得るようになる。1988年10月、関東ローカルでウッチャンナンチャンら同世代の芸人と共演した深夜のコント番組『夢で逢えたら』が始まると、同時期に『笑っていいとも!』のレギュラーとなり、本格的に東京に進出することとなった。『夢で逢えたら』が全国放送となった同年10月には、現在も続く『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』が関東ローカルで始まり、そして1991年に始まったゴールデンでのコント番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』によって国民的な人気を得る。その後、1993年に『ダウンタウンDX』、1994年に『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』がスタートし、どちらも今日、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に次ぐ長寿番組となっている。また、本業のかたわら、CM、ドラマ、映画、文筆、音楽、といった幅広い分野でも評価され、現在に至るまでマルチな活躍を続けている。
[編集] 評価・影響
上岡龍太郎は「昔はボケもツッコミも観客から見下されていた。それがコント55号ではツッコミ(萩本欽一)が客よりも高い位置に行った。ツービートはボケ(ビートたけし)が客よりも高くなった。ダウンタウンは2人とも客よりも高い位置で芸をやっている。これからの漫才(≒コンビ芸)はどうなるんやろ」と評した。
落語家の立川談志は、『ガキの使いやあらへんで!!』を観賞した後で、「二人のトークは正に漫才の間、大したもんだ」と認め高く評価している。
島田紳助は、ダウンタウンの漫才に衝撃を受け、同時に自己の限界を悟った。これが漫才を引退するきっかけとなり、[1]紳助・竜介を解散した紳助は、記者会見の席上で解散の理由について、「うめだ花月で巨人・阪神とか、サブロー・シローとか、ダウンタウンを見てると(自分達は)明らかに負けている。それが悔しくて辛い」と述懐した。
ダウンタウンの漫才は、前述の島田紳助を始め一部の芸人からは高い評価を受けていたが、その内容の斬新さに、当時のいわゆる大御所漫才師や演芸評論家の中には、酷評する者も少なくなかった。実際、NHK上方漫才コンテストでは大爆笑をとったにも関わらず、最優秀新人賞を逸し(トミーズが受賞)、ABCお笑い新人グランプリでは最優秀新人賞をとったが、一部の審査委員から「理解出来ない」「(観客には)受けていたようだが、どこが面白いのか分からなかった」と酷評されている。
お笑い芸人(特に大阪)を劇的に増やしたのは、この2人の芸風が簡単に見えて、誰でも出来そうに思われた事が影響したと言われている。島田紳助はダウンタウンとの対談でそのことに言及し、「ダウンタウンはしっかりとした漫才ができているうえでの芸風だが、はじめからダウンタウンと同じような芸風でやろうとしている芸人が多い」と過去に指摘していた。ダウンタウンと同期であるトミーズ雅も「みんな松本のダラダラしたしゃべりの表面だけ真似してるけど、それだけじゃ駄目。松本は本当は150km/hの球を投げることができるのに、それをわざと100km/hで投げている。他の奴らは110km/hしか投げられないのに100km/hで手を抜いている」と評している。アメトーーク!で、山崎弘也(アンタッチャブル)は、「松本さんの様に、ボケをクールにやらないと売れないのかと思っていた。」と言い、出演者は当時の芸人たちの芸風を「ダウンタウン病」と評した。
[編集] 漫才師として
1982年12月12日、『ザ・テレビ演芸』内のコーナー、新人勝ち抜きオーディション「とび出せ笑いのニュースター・ホップステップジャンプ」にライト兄弟の名で出場した際、家庭内暴力についてのネタを披露したところ、司会の横山やすしは、二人の漫才を「チンピラの立ち話」と酷評し、「テレビでやるものではない」と叱責した。当然ながら、演芸界の重鎮である横山やすしの怒りに、若手に過ぎないダウンタウンはその場で固まるしかなかった。後に、この一件について松本は「チンピラの立ち話で結構。チンピラが立ち話をしていて聞いてみたら面白かった、それの何が悪い」「テンポ・間合いばかりを重視してしまうと面白いものが生まれなくなってしまう」と、自身の著書『遺書』において批判した。
ダウンタウンとしての本格的な漫才は、ビデオ『ダウンタウンの流』を最後に披露していないが、その後も自身を「漫才師」と称している。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』でのフリートークと漫才どう違うのだと言われるとちょっと・・・もしかしたら調子の良い時のトークに漫才が負けてしまうかもしれないと語っていた。また、ダウンタウンの最後は大阪のなんばグランド花月で漫才をするつもりだと二人で決めているという。
ダウンタウンの漫才の大半は、2009年現在、ビデオ・DVD化されておらず、見ることが難しい状況になっている。ナインティナインの岡村隆史は「ダウンタウンの漫才ビデオはテープが擦り切れるほど何回も全部観た」とめちゃ×2イケてるッ! に出演した浜田に話した。
[編集] ウッチャンナンチャン
同世代の吉本芸人(ハイヒール、ジミー大西など)以外の芸人との共演がほとんどないダウンタウンだが、東京進出後に出演した『夢で逢えたら』で共演したウッチャンナンチャンとは非常に仲が良い。1990年代前期まではダウンタウンとウッチャンナンチャンが一緒に仕事をしたり、また互いの番組に出演したりということもあった。レギュラー出演していた『笑っていいとも!』では出演する曜日こそ違っていたものの、年末の特大号で共演するときは楽屋が一緒だったとのことである。芸歴も年齢もダウンタウンの方が上であるにもかかわらず、ウッチャンナンチャンがダウンタウンと話すときは基本的に敬語を使わず、浜田・松本のことは「浜ちゃん」「松っちゃん」と呼んでいる。また浜田・松本もウッチャンナンチャンの2人を呼び捨てにせず「ウッチャン」「ナンチャン」と呼んでいる。また、南原の結婚式(1993年)に出席したり、また南原に子供が生まれた際や内村の結婚に際し祝福のメールを送ったとされるなどプライベートでも交流がある。松本は「ウッチャンとはたまーに、一年に1回くらいどちらからとも無く連絡を取って一緒に食事をする」とテレビで語ったことがある。
一方でコンビ同士としての共演は1998年放送の『いろもん・豪華特別版』(ゴールデンタイムのスペシャル版にダウンタウンがゲスト出演)を最後に10年以上実現していない。ただし、個人それぞれの出演では実現している。2003年に開催された第3回M1グランプリでは松本と南原がお笑い第三世代代表として決勝戦の審査員を務め、しかも、隣同士の席順であったために、貴重なツーショットとして、当時からのファンを喜ばせた。その後2006年度第6回M1グランプリ決勝戦でも、南原と隣の席で審査員を務めた。また、ミュージシャンとして内村はポケットビスケッツやNO PLAN、南原はブラックビスケッツの一員として『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』に度々出演している。2009年1月3日放送の『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ』では、内村と松本が「即興コンビ」を組み、『夢で逢えたら』以来のコントを披露し、見事優勝にあたる「ベストカップル賞」を受賞した。このように深く縁のある両コンビだが滅多に共演がないため、ダウンタウンとウッチャンナンチャンが共演した際には、後輩芸人やオールドファンから大変歓迎されている。
松本はウッチャンナンチャンの二人を「戦友。二人が売れすぎるのは芸人として嫌やけど、売れてないのは嫌」と評している。また、自身の著書で「ウンナンがおれへんかったら、ダウンタウンは(売れるのが)もう少し時間がかかったんちゃうかなあって思いますよ」と語っている。
[編集] エピソード
- 浜田は三重県にある全寮制の高校に入学したため、松本とは以前のようにいつも一緒にいるような関係ではなくなったが、厳しい環境であったため、浜田は山間にある寮から何度も脱走を繰り返し、その手段として時には無賃乗車もした為、松本に電話をして電車賃を払ってもらっていた。
- NSCでネタ見せの発表会を行うに当たり、当時、人気絶頂であった紳助・竜介の漫才が吹き込まれているテープを、全く同じ事が出来るようになるくらいまで繰り返し聴いた。当時、NSCには一線で活躍している吉本興業の先輩芸人が講師として赴くことがあり、島田紳助、明石家さんま、オール巨人も講師として赴いていた。その三人がある時、たまたま集まった席で「NSCにめぼしいのはおるか?」という話になり、「二人すごい奴がおる」「一組だけ(ダウンタウン)やな」と、三人ともダウンタウン(松本・浜田)で意見は一致していた[2]。
- コンビ名は、「松本・浜田」「まさとし・ひとし」「青空てるお・はるお」「ライト兄弟」と変わりつづけたが、1983年に喫茶店で何気なく開いた雑誌に偶然記載されていた「ダウンタウン」という文字から(さんまのまんまより)決め、ようやく定着した。
- 楽屋などで二人きりになる事を極度に恐れ、打ち合わせ等では担当マネージャーがトイレに行ってしまわない様に延々としゃべり続けてしまうという。
- 浜田が体調不良などで仕事を休んだ際、松本は強い口調ながらも浜田のことを人一倍心配する。ある番組の収録で、浜田が体調を崩し来られなかった日も、松本は一人そわそわと落ち着きのない態度を取り、収録後みんなで集まっていた際も、一人部屋の隅で寂しそうにしていたこともあった(ウンナン・南原やココリコ・田中の証言より)。
- スナックでアルバイトをしていた頃、スナックから自宅まで帰る電車賃がなくてミナミから尼崎まで、途中、1本のコーヒー牛乳を分け合い飲みながら歩いて帰った事がある。
- 花月で漫才をしていた時、客席から「真面目にやれ!金返せ!」と罵声を浴びせられた浜田は、「おう!返したらぁ!いくらじゃボケェ!」と、ポケットの中の小銭をその客に向かって投げつけた。
- うめだ花月、なんば花月、京都花月の三館回りをしていた頃の二人の現場までの交通手段は、浜田が初めてローンを組んで買ったマークⅡであった。
- 大阪・2丁目時代、あまりの人気ぶりに「ダウンタウンが道頓堀を歩くと自衛隊が出る」と言われていた。
- 『ダウンタウンのごっつええ感じ』の「青春プレイバック」と題した企画で尼崎の商店街を訪れた松本は、「浜田に吉本入りを勧誘されてなかったら、自分は今と違って太ったオッサンになって、嫁にコキ使われて生きていただろうな。」と、しみじみと語った。
- 両者とも下戸である。その為二人の酒に関するエピソードは少ない。ただし二人とも全く飲めない訳ではなく、レギュラー番組で酒を交わしながらトークする様子も見られる。また、両者共に高所恐怖症であり、絶叫マシンが苦手である。その為か、番組内で絶叫マシンに乗る事は少ない。
- 松本は浜田と出会う前に、ゲイではないかと疑われるぐらいに仲の良い友人がおり、漫才などをして青春を送っていた。中学で浜田と出会い、三人で遊ぶ事も多くなったある日、浜田とその友人が喧嘩を始め、友人を倒した浜田が「もうええわ、まっつん行こうや!」と言い、松本はよく分からんけどふわーっとついていったという。これが無ければダウンタウンは誕生していなかった等とよく松本が話している。その後、友人とはよそよそしくなって、あまり遊ぶ事はなくなったという。(この友人は、元相方としてTVに出演したり、ラジオの公開録音に出席したりしている)
[編集] 作品
[編集] シングル
- 夕陽家族(1989年10月8日)
- 生きろ・ベンジャミン/いとしのゴルゴ(松本ヴァージョン)(1991年2月21日)
- 生きろ・ベンジャミン/えっ!さよなら(浜田ヴァージョン)(1991年2月21日)
- Grandma Is Still Alive(1994年7月21日) ※GEISHA GIRLS名義
- 少年(1995年5月19日) ※GEISHA GIRLS名義
- 「エキセントリック少年ボウイ」のテーマ(1997年9月25日) ※エキセントリック少年ボウイオールスターズ名義
- 日影の忍者勝彦(1998年5月25日) ※日影の忍者勝彦オールスターズ名義
- 明日があるさ(2001年3月28日) ※Re:Japan名義
- この曲で2001年に2度目の紅白歌合戦出場を果たした。
- 明日があるさ UnderGround 2step Remix(2001年7月4日) ※Re:Japan名義
- bittersweet samba ~ニッポンの夜明け前(2002年3月13日) ※Re:Japan名義
以上がダウンタウン関連のシングル。
2004年11月「浜田雅功と槇原敬之」という音楽ユニットのクリスマスソング『チキンライス』の作詞は松本が担当したりと、共同作業もある。
[編集] アルバム
- GOBU-GOBU(1988年10月21日)
- CBSソニーより発売されたミニアルバム。歌手デビュー作でもある。所ジョージが詞曲を提供している。
- 万力の国(1991年3月21日)
- 夢で逢えたら メモリアルアルバム(1992年9月18日)
- 同番組のサントラ盤
- GEISHA "Remix" GIRLS(1994年8月19日)
- GEISHA GIRLS SHOW 炎のおっさんアワー(1995年5月19日)
- GEISHA GIRLS "Remix" SHOW 続・炎のおっさんアワー(1995年6月21日)
- 坂本龍一プロデュースにより、ニューヨークでCDデビューした際には、"THE GEISHA GIRLS"というユニット名がつけられた。
- 日本においては、下町にも住宅地があり、山の手にも繁華街があることが多いため、ダウンタウンを単に「下町」と訳すと意味が違ってくるためこの名になった。
- ただ、この命名の理由についてはあくまで便宜的なものであり、実際の命名のきっかけとなった出来事がある。これは、『ガキの使い』のトーク収録に坂本龍一が観覧に訪れており、後日のトーク収録にてこのことについて触れられた。そこから「坂本プロデュースでCDデビューしよう」と及び、「ユニット名は?」との浜田のフリに対し、松本が思わず発した「坂本龍一プロデュース、ゲイシャガールズ!」と発したことが直接のきっかけ。
- この収録のあと、乗り気になった番組スタッフがニューヨークにある坂本の事務所にプロデュース依頼のオファーを出し、坂本が「ダウンタウンの2人が(レコーディングで)N.Y.に来られるのなら」という条件付きでこれを快諾、ダウンタウンと坂本龍一らによる『THE GEISHA GIRLS』が結成されることになった。アメリカの人気DJ、オービー・トライスも参加している。
- ダウンタウンのごっつえぇ感じ 音楽全集(1997年12月15日)
- 番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』のサントラ盤
- look up to the sky ~明日があるさ~(2002年3月27日) ※Re:Japan名義
[編集] ビデオ
- ダウンタウン物語(1988年)
- OH! MY ハレルヤ(1988年)
- ダウンタウンホラー・大魔神怒る(1989年)
- ウッチャンナンチャンがゲスト参加したコメディ。
- ダウンタウンの流(1991年)
- 漫才、ショートコントを収録。
- ダウンタウンのごっつええ感じ Vol.1-10(1995年 - 1998年)
- 同テレビ番組から傑作コントを厳選。
- ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! Vol.1~7(1995年 - 1998年)
- ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 10周年記念傑作トークベストセレクションVol.1~4(1999年)
- 明日があるさ(2001年)
[編集] DVD
- The Very Best Of ダウンタウンのごっつええ感じ Vol.1~5(2003年)
- Vol.1「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 浜田チーム体育館で24時間鬼ごっこ! +名作&傑作トーク集」(2004年8月25日、よしもとR and C)
- Vol.2「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 松本一人ぼっちの廃旅館1泊2日の旅! +名作&傑作トーク集」(2004年9月29日)
- Vol.3「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 松本チーム絶対に笑ってはいけない温泉旅館の旅!+名作&傑作トーク集」(2004年10月27日)
- Vol.4「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 話 抱腹絶倒列伝! 新作トーク集 +15年間の罰ゲームの系譜他」(2004年11月25日)
- Vol.5「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 絶対笑ってはいけない温泉宿1泊2日の旅 in 湯河原+名作 & 傑作トーク集」(2005年6月29日)
- Vol.6「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 負 山崎vsモリマン 男と女の真剣勝負! 笑の神が降りた奇跡の名場面集」(2005年7月27日)
- Vol.7「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 話 笑魂投入伝! 傑作トーク集!!」(2005年9月21日)
- Vol.8「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 放送800回突破記念永久保存版 松本・山崎・ココリコ絶対に笑ってはいけない高校」(2006年11月29日)
- Vol.9「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 話 放送800回突破記念永久保存版 笑神降臨伝!傑作トーク集!!」(2007年1月31日)
- Vol.10「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 ダウンタウン結成25年記念永久保存版 浜田・山崎・遠藤絶対に笑ってはいけない警察24時」(2007年12月19日)
- Vol.11「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 話 ダウンタウン結成25年記念永久保存版 唯我独笑伝!傑作トーク集!!」(2008年1月30日)
- Vol.12「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 罰 絶対笑ってはいけない病院24時」(2008年12月26日)
[編集] 出演
ダウンタウンとしての出演番組を記載。ピンでの出演作品は浜田雅功と松本人志の出演の項目を参照。
[編集] 現在放送中のレギュラー番組
- 日 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!22時56分~23時26分(日本テレビ系)
- 月 HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP20時~20時54分(フジテレビ系)
- 火 リンカーン22時~22時54分(TBS系/製作:TBSテレビ)
- 木 ダウンタウンDX22時~22時54分(日本テレビ系/制作:読売テレビ)
[編集] 過去に出演したテレビ/ラジオ番組/CM
- ダウンタウン物語(1987年1988年、毎日放送)
- 桂三枝の大当り!初春長屋(1988年、関西テレビ)
- THE 吉本興業殺人事件(1988年、朝日放送)
- ウッチャンナンチャンのコンビニエンス物語(1990年、テレビ東京)※ゲスト出演
- 世にも奇妙な物語「逆転」(1992年、フジテレビ)※カメオ出演
- 竜馬におまかせ!(1996年、日本テレビ)※浜田主演、松本は町娘役でゲスト出演
- 伝説の教師(2000年、日本テレビ)※松本主演、 浜田は最終回にゲスト出演
- 明日があるさ(2001年、日本テレビ)
- ABOBAゲーム(1984年 - 1985年、朝日放送)
- 今夜はねむれナイト(1985年 - 1987年、関西テレビ/関西ローカル)
- なげやり倶楽部(1985年10月 - 12月、読売テレビ/関西ローカル)
- さんまの駐在さん(1985年、朝日放送/関西ローカル)
- 欽ドン!ハッケヨーイ笑った!(1986年 - 1987年、フジテレビ)
- ひょうきん予備校(1987年4月 - 8月、フジテレビ/関東ローカル)
- 4時ですよーだ(1987年 - 1989年、毎日放送/関西ローカル)
- 週刊ダウンタウン・おいしいとこスペシャル(『4時ですよーだ』の総集編)
- ひょうきんミニ放送局(1987年 - 1988年、フジテレビ/関東ローカル)
- ダウンタウンのゆーたもん勝ち!(1988年4月 - 9月、毎日放送/関西ローカル)
- 働けダウンタウン(1988年 - 1989年、毎日放送/関西ローカル)
- 夢で逢えたら(1988年 - 1991年、フジテレビ)
- Boy Meets Girl 恋々!!ときめき倶楽部(1988年 - 1989年、日本テレビ/関東ローカル)
- DAY BREAK(1988年 - 1989年、中部日本放送/中京ローカル)
- 森田一義アワー 笑っていいとも!(1989年 - 1993年、フジテレビ)
- ツキイチダウンタウン(1989年4月 - 9月、毎日放送/関西ローカル)
- ききわけのない悪魔たち(1989年 - 1990年、テレビ東京)
- ダウンタウンスペシャル(1989年 - 1990年、毎日放送/関西ローカル)
- 全員出席!笑うんだってば(1989年10月 - 12月、日本テレビ)
- ビレッジ吉本(1989年、TBS/関西ローカル)
- EXテレビ(1990年 - 1994年、読売テレビ)
- 紳助のとんでもいい夢(1990年4月 - 10月、日本テレビ/関東ローカル)
- DANCE DANCE DANCE(1990年 - 1991年、フジテレビ)
- ダウンタウンの素(1990年 - 1992年、毎日放送/関西ローカル)
- 夕焼けの松ちゃん浜ちゃん(1990年 - 1991年、朝日放送/関西ローカル)
- 松ちゃん浜ちゃんの純情通り3番地(1991年 - 1992年、朝日放送/関西ローカル)
- 世界の常識・非常識!(1991年4月 - 11月、フジテレビ)
- 夢の中から(1991年 - 1992年、フジテレビ)
- ダウンタウンのごっつええ感じ(1991年 - 1997年、フジテレビ)
- 摩訶不思議 ダウンタウンの・・・!?(1992年 - 1993年、朝日放送/関西ローカル)
- 生生生生ダウンタウン(1992年 - 1993年、TBS)
- ダウンタウン也(1993年4月 - 9月、TBS)
- ダウンタウン汁(1993年 - 1994年、TBS)
- 発明将軍ダウンタウン(1993年 - 1996年、日本テレビ)
- かざあなダウンタウン(1995年 - 1996年、テレビ朝日)
- ダウンタウン・セブン(2001年 - 2003年、毎日放送)
- WORLD DOWNTOWN(2004年4月 - 9月、フジテレビ)
- 考えるヒト~公募の錬金術or考えるヒトコマ~(2004年 - 2005年、フジテレビ)
- ダウンタウン&寛平のホノルルマラソン(1988年1月7日、読売テレビ)
- 2丁目ヒミツ倶楽部(1988年1月14日、関西テレビ/関西ローカル)
- ヤンタン対仲村トオル 野球大会(1988年5月2日、毎日放送/関西ローカル)
- ダウンタウンのそらアンタたまには帰ってくるで!(1990年5月6日、毎日放送/関西ローカル)
- 激突!!おおさかNo.1決定戦 ダウンタウンvs寛平・淡海(1988年6月4日、読売テレビ/関西ローカル)
- ダウンタウンと小川菜摘で司会
- ダウンタウンの笑わしたる隊(1990年8月16日、中部日本放送/中部ローカル)
- クイズ・アメリカ物語(1990年9月8日、日本テレビ)
- クイズ・オセアニア物語(1991年2月10日)
- クイズ・ハリウッド物語(1991年6月29日)
- 逸見政孝とダウンタウンで司会
- ウッチャンナンチャン&ダウンタウンスペシャル~SHA.LA.LAの使いやあらへんで!!~(1990年12月29日、日本テレビ)
- ウッチャンナンチャン&ダウンタウンのびっくりさせまSHOW!!今夜決定ドッキリびっくりグランドチャンピオン!!(1991年4月8日、日本テレビ)
- ダウンタウンの熱闘!!全九州お笑い選手権(1991年7月28日、テレビ西日本/九州ローカル)
- '91 FNN年末報道スペシャル・ニュースが目にしみる(1991年12月22日、フジテレビ)
- ダウンタウンのオマエら大人をなめんなよ!!(1991年12月26日、テレビ朝日)
- ダウンタウンの男ットコ前やな〜!(1991年 - 1993年、日本テレビ)
- ダウンタウンの正月からかなわんな(1992年1月3日、TBS)
- ダウンタウンの偽もんにだまされたらアホやでェ!!(1992年2月19日、テレビ朝日)
- リトル4 芸能界ゴルフ王への道・入門編(1992年4月12日、フジテレビ)
- 24時間テレビ 「愛は地球を救う」 (1992年8月29日-30日、日本テレビ)
- 緊急生放送!笑いの竜巻(ハリケーン)笑都を直撃じゃ(1992年10月1日、TBS)
- ダウンタウンの1億2千万人のスーパー電リク(1992年10月7日・12月23日・1993年3月31日、TBS)
- アッコにおまかせ!(1992年10月25日、TBS)
- 初詣!爆笑ヒットパレード(1993年・1995年・2000年、フジテレビ)
- 第26回初詣!爆笑ヒットパレード・第2部(1993年1月1日)
- 第28回初詣!爆笑ヒットパレード・第3部 ダウンタウンのめっちゃめでたい新年会(1995年1月1日)
- 第33回初詣!爆笑ヒットパレード(2000年1月1日)
- ダウンタウンのハッピーニューイヤーンバカーン(1993年1月2日・6月10日、日本テレビ)
- ダウンタウンのイタい奴っちゃなァー芸能界まるごとウタわしたろかァ!?(1993年10月9日、フジテレビ)
- スーパー電波バザール 年越しジャンボ同窓会(1993年12月31日、日本テレビ)
- ダウンタウンの裏番組をブッ飛ばせ!!'94(1994年10月4日・12月31日、日本テレビ)
- ハッスルかましてよかですか!? (1994年1月1日、フジテレビ)
- ダウンタウンのアジアパー1(1995年3月15日、テレビ朝日)
- FNS番組対抗!ザ・秋の祭典スペシャル(1995年9月25日、フジテレビ)
- Aブロック「ダウンタウンのごっつええ感じ」(THE TEAM FIGHT)の司会を担当
- ダウンタウンの今夜は150分アニメデモミー賞 (1997年4月1日、フジテレビ)
- 疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル〜REBORN〜(1997年7月26日-27日、フジテレビ)
- ダウンタウンの滅多に見れへん!1998年大賞(1998年12月30日、テレビ朝日)
- 2丁目劇場ファイナル ダウンタウンですよーだ (1999年3月13日、毎日放送/関西ローカル)
- ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル (2001年10月12日、フジテレビ)
- “LAUGH & PEACE”笑いはニッポンを救う。 (2002年10月5日、日本テレビ)
- 芸能界あの頃みんな若かったスペシャル (2003年3月14日、フジテレビ 金曜エンタテインメント枠)
- ダウンタウンのバラエティ50年史 (2003年8月2日、日本テレビ)
- 謎を解け!まさかのミステリー(2004年12月3日・12月17日、日本テレビ)
- 謹慎中の島田紳助の代理司会
- クイズ!ヘキサゴン (2004年12月8日、フジテレビ)
- 謹慎中の島田紳助の代理で浜田雅功が司会、松本人志が解答者として出演
- 史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ (2005年 - 2009年、TBSテレビ)
- お笑い芸人親子で漫才王座決定戦スペシャル (カスペ!枠 2006年 - 2008年、フジテレビ)
- ダウンタウンがキャスターやりますスペシャル (ドスペ!枠 2006年・2007年、テレビ朝日)
- ダウンタウンvs魔術師Dr.レオン!! 絶対見破るぞ史上最強マジックSP (2006年・2007年、日本テレビ)
- ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!大晦日年越しスペシャル (2006年 - 2008年、日本テレビ)
- 絶対に笑ってはいけない警察24時!!(2006年12月31日 - 2007年1月1日)
- 絶対に笑ってはいけない病院24時!!(2007年12月31日 - 2008年1月1日 )
- 第1部山崎 VS モリマン 大晦日対決SP(2008年12月31日)
- 第2部絶対に笑ってはいけない新聞社24時!(2008年12月31日 - 2009年1月1日)
- オロナミンC キングオブコント2008(2008年10月5日、TBSテレビ)
- 素人名人会(1982年6月6日、毎日放送・テレビデビュー)
- 笑ってる場合ですよ!(1982年8月、フジテレビ)
- ザ・テレビ演芸(1982年12月12日、テレビ朝日)
- エキスタ寄席(1984年7月10日、朝日放送)
- お笑いスター誕生!!(1985年1月19日・3月16日・3月23日、日本テレビ)
- 冗談画報(1986年3月26日・1987年8月5日、フジテレビ)
- 河田町プッツン意思表示(1986年9月9日・火曜ワイドスペシャル、フジテレビ)
- 初詣!爆笑ヒットパレード(1987年 - 1992年、1月1日、フジテレビ)
- さんま・鶴瓶のラ・テ 二元生放送~ヤンタン・とんねるず野球大会(1987年5月、MBS毎日放送/関西ローカル)
- 初笑い浪花の陣(1988年1月3日・1990年1月2日、ABCテレビ/関西ローカル)
- 花王名人劇場~生中継!オールスター勢揃い 今年も笑っていただきます(1988年1月3日、フジテレビ系/製作:関西テレビ)
- ノックは無用!(1988年10月22日、関西テレビ/関西ローカル)
- CLUB紳助(1988年10月22日、テレビ朝日系/製作:ABC朝日放送)
- 所&邦子の笑いもん勝ち!(1989年1月3日、TBS/関東ローカル)
- 遊々!文珍クラブ(1989年3月26日、ABCテレビ/関西ローカル)
- すばらしき仲間II(1989年4月16日、TBS)
- 緊急UFOソ連現地取材特報!! ビートたけしVS矢追純一 UFO対談(1989年12月31日、日本テレビ)
- タケちゃんの笑って逃げきる大晦日~バラエティ30年史~(1989年12月31日、フジテレビ)
- 不眠不休のデスマッチ・5時間10分笑えますか!?(1989年12月31日、日本テレビ/関東ローカル)
- オールスター激突クイズ 当たってくだけろ!(1990年・1991年、TBS)
- 女はダバダ…(1990年1月14日、フジテレビ)
- どちら様も!!笑ってヨロシク(1990年2月7日、日本テレビ)
- 邦ちゃんのやまだかつてないテレビ(1990年2月21日・28日、フジテレビ)
- 第1回 有名人顔面相似形大賞(1990年3月8日、日本テレビ)
- 知ってるつもり?!「榎本健一」(1990年、3月18日、日本テレビ)
- スーパークイズスペシャル(1990年 - 1991年・1993年、日本テレビ)
- 4月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!(1990年4月11日・1991年4月3日)
- 秋は人気番組でSHOW by ショーバイ!!(1990年10月3日)
- 10月は人気番組でSHOW by ショーバイ!!世界まる見えマジカルで笑ってヨロシク!!(1991年10月2日)
- ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!チームとして出場
- 秋は人気番組で!!SHOW by ショーバイ世界まる見えマジカル頭脳で笑ってヨロシクどんなMONだい?!(1993年10月6日)
- 発明将軍ダウンタウンからのクイズ出題と番宣をかねてVTR出演
- 所さんのまっかなテレビ(1990年5月21日、日本テレビ)
- スター爆笑Q&A(1990年6月18日、日本テレビ)
- プロ野球ニュース(1990年7月9日、フジテレビ)
- FNSの日(1990年 - 1993年・1995年)⇒27時間テレビ(2001年・2008年、フジテレビ)
- FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島'90(1990年7月21日-22日)
- FNSスーパースペシャル1億2000万人のテレビ夢列島'91(1991年7月20日-21日)
- FNSの日スーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビ(1992年7月18日-19日)
- FNS大サービスバラエティー1億2450万人の平成教育テレビ(1993年7月24日-25日)
- FNSの日・1億2500万人の超夢列島〜そのうちなんとか・・・23時間(1995年7月15日-16日)
- FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島(2001年7月21日-22日)
- FNS27時間テレビ!! みんな笑顔のひょうきん夢列島!!(2008年7月26日-27日)
- 『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』本番収録中のスタジオに突如、明石家さんまが乱入。 ※翌日、7月28日放送の『HEY!HEY!HEY!』ではCM中の様子も放映した。
- MBS超ワイド祭り「ご贔屓いただいて40年」2部(1990年9月1日、毎日放送/関西ローカル)
- テレビ探偵団(1990年9月30日、TBS)
- 欽ちゃんの爆笑仮装コンテスト! 第31回全日本仮装大賞(1990年10月7日、日本テレビ)
- ガキの使いやあらへんで!!の企画で素人として出場
- 夜も一生けんめい。(1990年11月10日、日本テレビ)
- 上岡龍太郎にはダマされないぞ!(1990年12月12日、フジテレビ)
- クイズ年末はSHOW by ショーバイ!!(1990年12月26日、日本テレビ)
- FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル(1991年‐1994年、フジテレビ)
- 秋の祭典(1991年9月30日・1992年9月29日・1993年10月4日・1994年10月3日)
- 春の祭典(1992年3月30日・1993年3月29日・1994年3月29日)
- ダウンタウンのごっつええ感じチームとして出場
- 徹子の部屋(1991年10月21日、テレビ朝日)
- 春の人気番組勢揃い!!(秘)テレビの裏側大公開(1993年3月22日、日本テレビ)
- ダウンタウン・楽屋でのできごと
- ニュースステーション(1993年3月25日、テレビ朝日)
- 志村けんはいかがでしょう(1994年3月23日、フジテレビ)
- 志村けんのバカ殿様(1995年・1998年、フジテレビ)
- 志村けんのバカ殿様!新春スペシャル(1995年1月4日)
- 新春!初笑い!!志村けんのバカ殿様(1998年1月3日)
- ちいちい地井武男は53歳のアイドル(1995年7月9日、フジテレビ系/製作:関西テレビ)
- 第46回NHK紅白歌合戦(1995年12月31日、NHK総合)
- 浜田雅功がH Jungle with tとして出場、松本人志がGEISHA GIRLSに扮して乱入
- 輝く日本の星!ダウンタウンを創る!(1996年11月6日・11月13日・12月11日、TBS)
- パパパパPUFFY(1997年10月8日・1998年3月21日、テレビ朝日)
- ミュージックステーション(1997年・1998年、テレビ朝日)
- エキセントリック少年ボウイオールスターズとして出演(1997年10月31日)
- 日影の忍者勝彦オールスターズとして出演(1998年6月5日)
- ミュージックステーションスペシャル SUPER LIVE'97(1997年12月26日)
- エキセントリック少年ボウイオールスターズとして出演
- 速報!歌の大辞テン(1997年11月5日、日本テレビ)
- 超コメディ60!(1998年5月7日、TBS)
- いろもん豪華特別版(1998年6月6日、日本テレビ)
- カウントダウンTV上半期スペシャル(1998年6月27日、TBS)
- 日影の忍者勝彦オールスターズとして出演
- BEST HIT TV 負けたくないし負けてないSP(2001年9月30日、テレビ朝日)
- 第43回輝く!日本レコード大賞(2001年12月31日、TBS)
- 第52回NHK紅白歌合戦(2001年12月31日、NHK総合)
- おっと!モモンガ(1985年 - 1986年、ラジオ大阪(OBC)/関西ローカル)
- 真夜中のなか(1986年 - 1987年、MBSラジオ/関西ローカル)
- 2丁目ダウンタウン(1986年 - 1989年、ラジオ大阪/関西ローカル)
- ラジオ2丁目劇場(1987年 - 1989年、ラジオ大阪/関西ローカル)
- MBSヤングタウン木曜日(1987年8月 - 1991年、MBSラジオ/関西ローカル)
- 本来「MBS! ヤーングタウン!」とタイトルコールするところを、彼らのみ「MBS!(この部分はYOUなど女性パーソナリティが担当)」に続けて淡々と「ダウンタウン」とつぶやいて話題となった。
- ロッテヤンスタNo.1(1987年 - 1989年、ニッポン放送)
- ミスタードーナッツ - 所ジョージ、片桐はいりと共演 (1986年)
- 吉本興業 - なんばグランド花月(吉本会館NGKシアター) - こけら落しのCM (1987年) ※関西のみ
- 日本旅行 - 「赤い風船」 (1987年) ※関西のみ
- 郵政省 - 保険業務 (1987年)
- 三洋電機 - 洗濯機 (1987年)
- HONDA - スクーター「DIO」 (1987年 - 1988年) ※関西のみ
- 大阪ガス - シャワーキャンペーン「 ビンビンシャワー」 (1988年) ※関西のみ
- 富士フイルム - (1988年)
- ハウス食品 - インスタントラーメン 「好きやねん」 (1988年 - 1989年) ※関西のみ
- 松下電器産業 - VHSビデオカメラ「MACLORD VHS Movie NV-M10」 (1989年)
- サントリー - 缶紅茶「テス」(1989年 - 1990年)
- 興和新薬 - 鎮痒薬「ウナコーワ」(1990年)
- ユニベール - 求人情報サービス「ダイヤルピポQ」 (1990年 - 1991年) ※関東のみ
- トヨタ自動車 - 「60日間ウェルカム大作戦」 「ウェルカム大作戦 Part.2」 「ウェルカム(カーケア)大作戦」 (1991年 - 1994年)
- ハドソン - ゲームソフト「スーパー桃太郎電鉄II」 「桃太郎伝説外伝」 「高橋名人の大冒険島」 (1991年 - 1992年)
- ロッテ - スナック菓子「SOYA」 (1992年) ※関東のみ
- ロッテ - チューインガム「FRESH」 加勢大周と共演 (1992年)
- 第一興商 - カラオケルーム店舗「ビッグエコー」 (1992年)
- フジテレビ - 哲学~フジテレビ・秋のキャンペーン(1992年9月)[3]
- キリンビバレッジ - 炭酸飲料「OSMO(オズモ)」 (1992年 - 1993年)
- am/pm - 「おこめサンド」「とれたて弁当」とれたて安心二重丸シリーズ(1992年 - 1995年)
- ロッテ - チューインガム「フラボノガム」 (1993年)
- ロッテ - スナック菓子「ベーカリー家族」 「POPOLI(ポポリ)」 (1993年 - 1994年)
- ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント - 映画「ロビン・フッド キング・オブ・タイツ」 (1993年)
- 日本コカ・コーラ - 缶コーヒー「Zotto(ゾット)」 (1996年)
- 日本コカ・コーラ - 缶コーヒー「GEORGIA(ジョージア)」『明日があるさ』CMドラマシリーズ (2000年 - 2002年)
仲間由紀恵、東野幸治、藤井隆、ココリコ、ロンドンブーツ1号2号、山田花子、間寛平、花紀京、雨上がり決死隊、ほんこん、清水圭、野沢直子、桂三枝、森繁久弥と共演 - ドワンゴ - 着信メロディ「着と~く」 「イロメロミックス」 (2004年 - 2006年)
- フィールズ - パチンコ幾「CR明日があるさ よしもとワールド」 (2005年) 間寛平、ココリコ、ロンドンブーツ1号2号、東野幸治、山田花子、藤井隆と共演
[編集] 受賞歴
- 1982年 第3回 今宮こどもえびす新人漫才コンクール 福笑い大賞
- 1982年 毎日放送 素人名人会 名人賞
- 1982年 笑ってる場合ですよ!お笑い!君こそスターだ! グランドチャンピオン
- 1984年 第5回 ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞
- 1984年 第14回 NHK上方漫才コンテスト 優秀賞
- 1985年 第2回 花月大賞 花月新人賞
- 1986年 第21回 上方漫才大賞 新人奨励賞
- 1987年 第15回 日本放送演芸大賞 最優秀ホープ賞
- 1987年 第22回 上方漫才大賞 奨励賞
- 1987年 第7回 花王名人大賞 最優秀新人賞
- 1988年 第23回 上方漫才大賞 奨励賞
- 1989年 第24回 上方漫才大賞 大賞
[編集] 書籍
[編集] 関連書籍
- タモリの、ダウンタウンも世紀末クイズ それ絶対やってみよう2(1991年、扶桑社)ISBN 4594008542
- タモリ・ウッチャンナンチャンのダウンタウンもみんないっしょに世紀末クイズ それ絶対やってみよう3(1992年、扶桑社)ISBN 4594009255
- ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 1~6(1995年 - 2003年、ワニブックス)
- 発明将軍ダウンタウン(1996年、日本テレビ放送網)ISBN 4820396064
- ダウンタウンの理由(1997年、集英社)ISBN 4087802388
- ダウンタウンのごっつええ感じ完全大図鑑(1998年、扶桑社)ISBN 4594024688
- ダウンタウンDXのお願い! 名前を呼んで!(1998年、ワニブックス)ISBN 4847012992
- ダウンタウンDXのスーパー国民投票結果発表(1999年、ワニブックス)ISBN 4847013085
[編集] 写真集
- ハレルヤ DOWN TOWN COMPOSITION 1988(1988年、ワニブックス)ISBN 4847020715
- 2丁目BOOK(1988年、データハウス)ISBN 4924442623
[編集] 関連人物
- 島田紳助
- ウッチャンナンチャン(内村光良、南原清隆)
- 清水ミチコ
- 野沢直子
- 出川哲朗
- 勝俣州和
- 今田耕司
- 東野幸治
- 130R(板尾創路、ほんこん)
- 木村祐一
- 吉田ヒロ
- 山崎邦正
- ココリコ
- 笑福亭笑瓶
- さまぁ〜ず
- トミーズ
- ハイヒール
- 中田カウス・ボタン
- 加藤茶
- 志村けん
- 雨上がり決死隊
- 山田花子
- ジミー大西
- 村上ショージ
- 逸見政孝
- 三宅正治
- 大橋マキ
- 小室哲哉
- 奥田民生
- 槇原敬之
- 菅賢治
- 斉藤敏豪
- 土屋敏男
- 高須光聖
- 長谷川朝二
- 林正之助
- 中邨秀雄
- 林裕章
- 木村政雄
- 大崎洋
- 岡本昭彦
- 藤原寛
[編集] 脚注
- ^ ダウンタウンDXゲスト:島田紳助から
- ^ 2006年10月9日放送『メントレスーパーG秋の2時間大放出スペシャル』より
- ^ チンパンジーのアフレコ、声のみの出演。関東のみの放送で、パターンは13通りあったという。
[編集] 外部リンク
|
|
| メンバー |
|---|
| 松本人志 - 浜田雅功 |
| 現在放送中のバラエティ番組 |
| ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! - HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP - リンカーン - ダウンタウンDX - ジャンクSPORTS(浜田) - 人志松本のすべらない話(松本) |
| 放送終了したバラエティ番組 |
| 4時ですよーだ - ダウンタウンのゆーたもん勝ち! - 夢で逢えたら - 全員出席!笑うんだってば - ダウンタウンの素 - ダウンタウン也 - 夕焼けの松ちゃん浜ちゃん - 夢の中から - ダウンタウンのごっつええ感じ - 摩訶不思議 ダウンタウンの…!? - 生生生生ダウンタウン - ダウンタウン汁 - 発明将軍ダウンタウン - かざあなダウンタウン - ダウンタウン・セブン - WORLD DOWNTOWN - 考えるヒト |
| 主な同期生 |
| トミーズ - ハイヒール - 内場勝則(吉本新喜劇座長) - 杉本美樹 - 山田幸伸 - 前田政二 - 濱根隆 |
| 関連項目 |
| 吉本興業 - フジテレビジョン - 日本テレビ放送網 |
| 関連人物 |
| ウッチャンナンチャン(内村光良・南原清隆) - 今田耕司 - 東野幸治 - YOU - 130R(ほんこん・板尾創路) - ココリコ(遠藤章造・田中直樹) - 山崎邦正 - 木村祐一 - 吉田ヒロ - 高須光聖 - 倉本美津留 - 松本隆博 - 小川菜摘 - 土屋敏男 - 菅賢治 - 斉藤敏豪 - 逸見政孝 - 三宅正治 - 大橋マキ - 内田恭子 - 金子賢 - 石垣佑磨 |

