ダイハツ・デルタ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
初代ダイハツ・デルタ

デルタDELTA )はダイハツ工業で販売されていた、2t - 3.5tクラスのトラック(初期には1t以下クラスも)、デルタワイドDELTA WIDE )は、750kg積トラック、ライトバンおよびワンボックスワゴンである。

概要[編集]

1967年11月9日トヨタ自動車と業務提携を締結し日野自動車と共にトヨタ自動車グループの一員となったダイハツ工業は、グループ親会社のトヨタ自動車とのOEM供給の相互関係が強まる事となる。

歴代のトヨタのライトエースタウンエースは、トヨタとダイハツの共同開発でダイハツの工場で受託生産されていた。

トヨタからの受託生産を担当していたダイハツの自社ブランドのOEM車種として、デルタ750(セブンハーフ)、デルタワイド、デルタバン&ワゴンとして販売されていた。

歴史[編集]

ダイハツ・デルタ1500 / 2000[編集]

初代(1970年-1977年)[編集]

  • 1970年10月、ベスタV100 / V200の後継として、また、ダイナ兄弟車として発表。以降、第5世代まで発売される。シャシ設計はダイナと共通だが、ダイナには設定のない1.5 t 級があるうえ、トヨタ製エンジンに加えダイハツ製エンジンが搭載された。1.5t 級のデルタ1500にはダイハツ FA 型ガソリンエンジンが、2.0t 級のデルタ2000ではダイハツ FB 型ガソリンとダイハツDG 型ディーゼルエンジン、重積載車にはトヨタ・B 型ディーゼルエンジン(設計の一部と生産はダイハツが担当)が設定されている。マイナーチェンジでガソリンエンジンはトヨタ製に変更され、1500がトヨタ12R 型、2000はトヨタ5R型となる。

2代目(1977年-1984年)[編集]

3代目デルタ(1983年)
  • このモデルから「レンジャー2」として日野自動車へOEM供給も開始された。


3代目(1984年-1995年)[編集]

3代目デルタ
  • 1985年、フルモデルチェンジ。


4代目(1995年-1999年)[編集]

4代目デルタ
  • 1995年、販売台数の低迷や、自動車NOx法への適応が困難なため、国内販売分の自社開発をやめ、日野自動車(レンジャー2)とともに全量、トヨタ(トヨエース / ダイナ)からのOEM供給を受けることとなる。


5代目(1999年-2003年)[編集]

  • 1999年、レンジャー2がモデルチェンジを機にデュトロへと名称変更。トヨタに加え、初めて日野での生産が始まり、デュトロのOEM車となる。また、デルタとしては最初で最後のラインナップとなるルートバンが新たに追加される。この形式はデュトロ、ダイナ、トヨエースのルートバンとデザインが共通であり、Bピラー以降のデザインがH100系のハイエースの流用となっている。
  • 2002年マイナーチェンジ。ベース車のデュトロやダイナと同じ変更が行われ、フロントパネルのウインカーがヘッドライト内に移設された。
  • 2003年、OEM受け入れを中止。ただし、アジア南米などの海外向けとして、第2・第3世代の独自生産で2010年まで販売が続けられている。
  • 2010年、デルタ全シリーズを生産中止。

ダイハツ・デルタ750[編集]

初代(1971年-1979年)[編集]

2代目(1979年-1982年)[編集]

  • 1979年、フルモデルチェンジ。1982年まで販売された。

デルタワイド / デルタバン & ワゴン[編集]

初代(1976年-1982年)[編集]

2代目(1982年-1996年)[編集]

  • 1982年、フルモデルチェンジ。4WD車だけは発売がタウンエースよりも9年遅れた。

3代目(1996年-2001年)[編集]

デルタバン
  • 1996年10月、トヨタ・ライトエースノア・ライトエースバン / タウンエースノア・タウンエースバンのフルモデルチェンジに伴い最終型のOEM車種として発表される。名称も「デルタバン & ワゴン」となった。一部箇所はダイハツ開発で、製造も受託生産でダイハツが行っていた。
  • 2001年11月、トヨタ・ライトエースノア / トヨタ・タウンエースノアのフルモデルチェンジに伴い、デルタバン / ワゴンともに生産中止となった。これにより、ダイハツの小型1BOX車はアトレー7グランカーゴのみになるが、共に2004年12月で生産を終了している。

関連項目[編集]