タータン

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ロイヤルスチュアートタータンのキルトとプラッドを身に着けて行進するスコッツガーズパイプ隊。

タータン(tartan)は、スコットランドハイランド地方で発達した特徴のある格子柄のこと。ゲール語でブレアハカン(breacan)とも呼ばれる。

プラッド(Plaid)やアリセド(Arisaid)(肩掛け)、キルト(スカート状の衣装)、ホーズ(靴下)等のスコットランド民族衣装に使用されてきた。そして、現在ではファッションの素材として世界中で使用されている。

スコットランドでは単にタータンと呼ばれるが、日本ではタータン・チェックとも呼ばれている。また、北米ではプラッドとも呼ばれるが、これはタータンの肩掛けや毛布を由来としている。

歴史[編集]

カロデンの戦い。左側のジャコバイト兵士はタータンのプラッドを身に着けている。
ブラックウォッチタータンのキルトを着用して衛兵任務に就くロイヤル・スコットランド連隊兵士。同連隊はブラックウォッチ連隊が他の連隊と統合されて出来た部隊であり、連隊の制服にはブラックウォッチタータンのキルトが採用されている。但し、このブラックウォッチタータンはブラックウォッチ連隊のもの(Govt 1)ではなく、サイズが一回り大きい第93(サザーランド・ハイランダーズ)歩兵連隊のもの(Govt 1A)である。

タータンの元となった布を格子柄に織る習慣は、5世紀にアイルランドから伝来したものと考えられている。この格子柄はブレアカンと呼ばれ、薄い色に染められたリネンで格子柄に織られ、膝のあたりまでの長さのジャンパースカート状のレーニャ(léine)として仕立てられ、身に着けられた。

16世紀になるとハイランドの衣服についての記録が残されるようになり、シャツの他にさまざまな色で織られた薄いウールの布を身にまとっていたこと、その配色に地域的な特徴があったことが分かっている。タータンという単語の登場する最も古い記録は1538年、ジェームズ5世のためにハイランド・タータンのトゥルーズを仕立てた時のものである。タータンの語源は中世フランス語のtiretaineと考えられており、薄く軽いウール地を指す言葉だった。

17世紀になるとタータンに身を包んだ姿を絵画に残すハイランド人が現れるようになり、当時のタータンが複雑な格子柄を持っていることが確認できる。また、この頃になると、軍隊や傭兵団で同じタータンを身に着けるようなことも行なわれるようになってきた。しかし、一般には同じタータンを複数の人々が身につけることはなく、むしろ帽子、ジャケット、チョッキ、トゥルーズと呼ばれるズボン、靴下など、さまざまな衣類に異なるタータンをアレンジして使用していた。

1746年、グレートブリテン王国カロデンの戦いの勝利によってジャコバイトの反乱を制圧したものの、反乱の再発を恐れた政府は、ジャコバイト軍の中心となっていたハイランダーの結束を弱めるためにクランの解体を図り、クラン姓の使用やバグパイプの演奏の禁止と共に、プラッドやタータンを含む民族衣装の着用を禁止した。そのため、多くのタータンが失われてしまった。

しかし、キャンベル氏族を筆頭とした政府軍に与するハイランダーも居り、彼等によって編成された第42ハイランド連隊(42nd Highland Regiment)は反乱の鎮圧にも貢献した。そして、同連隊の制服として使用されるタータンは禁止の対象外であった。そのため、連隊のあだ名(後に正式名となった)から”ブラックウォッチ”(Black Watch)と呼ばれるようになったタータンは、この時代を通して使用され続けていた。

1782年にタータンの使用が許されたが、どのようなタータンが存在したか分からなくなってしまっていたため、氏族毎に新しいタータンを定めて身につけるようになった。これらはクランタータンと呼ばれ、多くは19世紀中盤から20世紀中盤ごろにかけて定着したものである。同時にローランドを含むスコットランド全体でタータンをあしらったキルトを民族衣装として身につけるようになった。その新しいタータンを定める際には、ブラックウォッチタータンはキャンベル氏族のタータンとされたばかりでなく、これを基本としたタータンが数多く作られた。また、当時ジョン・ソビースキ・スチュアートの著作であるVestiarium Scoticumがクランタータンの古写本の複製として出版されが、内容は完全な創作で、後にその偽物性が明らかとなった。しかし、この本を元にしたタータン関連の書籍も出版されており、”The Scottish Register of Tartans”等公的機関に登録されているタータンの多くにも、その出典資料として同書が挙げられている。

近年ではさまざまな団体が新たにデザインされたタータンを身に着けることも行なわれており、タータンは単なるファッション素材としても多用されているが、スコットランド人及びスコットランドに起源を持つ人々によって伝統として引き継がれている。

構成[編集]

図A, 縦糸
図B, 横糸
図C, タータン. 縦糸と横糸の組み合わせ

縦糸(warp)の中の糸(thread)は横糸(weft)の中の糸と直角に交差する。縦糸と横糸が同じ色だと、タータンには無地(solid color)が形成される。異なる色の糸が交差する場合は2色の均等な混色を形成する。このように2色のセット(sett)は混色1つを含め3つの色を形成する。混色を含めた色の総数は二次元的に増加する。6つの基本色は15の混色(注:6から2つをとる組み合わせ、6C2=15)と基本色そのもので21色を形成する。より多くの色が使われるとタータンはよりぼんやりとした控えめなパターンになる。

セット(sett)として知られる糸の配列は端から始まり、枢軸ポイントまで繰り返すか反転する。 図Aではセットは一つ目の枢軸で反転し、次いで繰り返し、次の枢軸で反転する。これを同様に水平方向に続ける。 図Bでも縦糸と同様にセットは反転し繰り返され、同様に垂直に続ける。(注:図Bは図Aの1/2の幅になっている) 図は「対称的な」タータンの構成を示している。 「非対称的な」タータンでは、セットは枢軸で反転せず、繰り返すだけである。 また、ある(限られた)タータンでは縦糸と横糸が同じセットではない。これは縦糸と横糸が別々の糸の構成となっていることを意味している。

タータンはセットに現れるそれぞれの色の糸を数えることで記録される。糸数はセットでの帯の幅を表すだけでなく使われる色も示す。例えば、"K4 R24 K24 Y4"という糸数は、4本の黒糸、24本の赤糸、24本の黒糸、4本の黄糸を表す。 最初と最後の(K4とY4)糸は枢軸ポイントである。糸数は特異的なものであるが、タータンの大きさにより、ある条件下では変更される。例えばタータンの約6インチのセットはネクタイの柄としては大きすぎるので、3インチにまで縮小されている。

[http://www.tartansauthority.com/croftweaver/]でタータンの構成を試すことができる。 図ABCのパターンは pivot〜the sett~pivot〜reverse〜pivotの R4 W4 R24 W8 R8 W8 R24 W4 R4 となる。

基本色は   ピンク(PI), 薄赤(LR), 赤(R),濃赤(DR), 薄橙(LO), 橙(O),濃橙(DO)  薄黄(LY), 黄(Y), 金(DY)  薄緑(LG), 緑(G), 濃緑(DG), 空色(AB), 薄青(LB), 青(B), 濃青(DB), 薄紫(LP), 紫(P), 濃紫(DP)  薄茶(LT), 赤茶(RT), 茶(T), 濃茶(DT)  白(W), 薄灰(LN), 灰(N), 濃灰(DN),黒(K) 以上29色である。 発展色となると、Scarlet Red(SR), Crimson Red(CR), Royal Blue(RB)などが追加される。

種類[編集]

使用者によるカテゴリ[編集]

クラン・タータン[編集]

David Morier's An incident in the rebellion of 1745. The eight featured highlanders in the painting wear over twenty different tartans.[1]

クランタータンの発祥は19世紀初期より以前ではなく、「発明された伝統」の一例であると広く認められている。 1746年のカロデンの戦いの当時、クラン・タータンは使用されていなかったというのが大勢の意見である。 敵見方を区別する方法はタータンではなく縁なし帽に付けたリボンの色であった。 デヴィッド・モリアの有名な絵画「カロデンの戦いでのハイランダーの突撃」には様々なタータンを身につけたハイランダーが描かれている。 描かれたタータンのパターンはすべて異なっており、今日のクラン・タータンとの類似性はほとんど認められない。 タータン初期の当時の肖像画では、パターンは身にまとっている人のクランではなく、彼または彼女の所在または個人の嗜好に基づいている。 同じタータンを着用するグループという考え方は18世紀の軍事的単位に由来すると考えられる。 1725年から独立ハイランド連隊が同一のタータンを着用していることを示す証拠がある。

公式のタータンの命名と登録は1815年4月8日に始まった。このときロンドンハイランド協会(1778年設立)は全ての氏族長に、 率いるクランのタータンをできるだけ多く報告し登録するように要請した。多くの氏族長は彼らのタータンが何であるかまったく知らなかったので、 本物らしい署名され隠されていた資料を提出することに熱中した。

今日タータンおよびクラン・タータンはスコットランドの氏族の重要な一部である。 ほとんどのスコットランドの氏族は、その名前に由来する複数のタータンを有している。 いくつかの氏族は公式のタータンを持っている。誰でもタータンを作成し望みの名前を付けることは可能だが、 氏族のタータンを公式に決める権限をもつのは氏族長のみである。 いくつかのケースでは氏族長の承認に従い、クラン・タータンはスコットランド紋章院により記録され登録されている。 紋章院により認証されると。タータン諮問委員会の勧告ののち、クラン・タータンは紋章院に記録される。 少なくとも一つのクラン・タータンは、氏族長の紋章に使われ、紋章院により適切な氏族のタータンであると認められる。

色調及び用途の種類[編集]

主な柄[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Banks; de la Chapelle 2007: 84.
  2. ^ 奥田 p18, 20

参考資料[編集]

書籍[編集]

  • TARTAN CHECK PATTERNS(Iain Zaczek(著)、デザインエクスチェンジ(刊) ISBN 9784900852938)
  • 奥田実紀 『タータンチェックの文化史』 白水社、2007年5月ISBN 9784560027998
  • W Y Carman; Richard Simkin (1985). Richard Simkin's Uniforms of the British Army : Infantry, Royal Artillery, Royal Engineers and other corps. Exeter, England: Webb & Bower. ISBN 978-0-86350-031-2. 
  • David Griffin (1985). Encyclopaedia of modern British Army regiments. Wellingborough: P. Stephens. ISBN 978-0-85059-708-0. 
  • Michael Barthorp,New Orchard Editions by Poole, Dorset (1982). British infantry uniforms since 1660. New York, N.Y.: Distributed by Sterling Pub. Co.. ISBN 978-1-85079-009-9. 
  • May, Robin (1998). Wolfe's Army. London: Osprey. ISBN 780850451931. 

規定[編集]

  • ROYAL REGIMENT OF SCOTLAND - DRESS REGULATIONS
  • Ministry of Defence Defence Standard 83-22

登録機関の公式サイト[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]