タンデム翼機

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タンデム翼機(タンデムよくき、Tandem wing aircraft)とは固定翼機のうち、主翼を2枚、機体の前後両方に備えた形態のものである。串型機(くしがたき)ともいう。前の翼も後の翼も共に揚力を担う。重航空機の揺籃期にはしばしば設計され、或いは実際に製作もされたがライト兄弟以降ではほとんど見られない。殊に実用機においては希である。

タンデム翼を備えた機体としては、ライト兄弟に飛行機開発競争で敗れたサミュエル・ラングレーの「エアロドローム」系列が有名である(「エアロドローム」のように、前後の主翼に加えてさらに尾翼を持つ機体も、通常、タンデム翼機と称する)。

現代のタンデム翼機(QAQ Quickie)

構造[編集]

特徴[編集]

  • 前後の翼の面積がほぼ等しい。
  • 前後の翼がほぼ同じだけの揚力を担う。(尾翼でも揚力を発生させる設計の飛行機が無いわけではないが、その場合、担う揚力は主翼によるものが圧倒的に大きい。)
  • 安定性・操縦性を確保するため、さらに尾翼を持つ場合もある。

設計思想[編集]

かつては以下のようなメリットがあると考えられた。

  • 大きな翼面積を確保できる。つまり翼面荷重を小さく抑えられる(エンジンが重い上に非力で、なおかつプロペラの効率も悪い場合はその方が都合が良い)。
  • 合計の翼面積が同じ単葉機と比べると、一枚あたりの翼を小さく(つまり強く)できる。
  • 前後両方に大きな固定翼面があるため、ピッチ(縦ゆれ)方向の安定性が自然と良くなる。

しかし実際には、

  • 前の翼が気流を乱すため後の翼の効率が落ち、翼面積の割には揚力が得られない。
  • 大きな翼面積を得たければ、主翼を複葉(や三葉)にすれば良い。また複葉の翼は桁構造によって強くできる。
  • ピッチ方向の安定性(と操縦性)を得るには尾翼もしくは先尾翼で充分である。

歴史[編集]

未だ満足な動力飛行が達成されず、固定翼機の形態に定型が確立されていなかった20世紀初頭までは、タンデム翼機は(他の無数のタイプと比べて)特に珍しいものではなかった。例えば1830年代にはトーマス・ウォーカーがタンデム機を設計し、1870年代のD・S・ブラウンは模型をテストしている。

動力模型機エアロドローム(1896年)
1907年のブレリオ VI、通称リベリュル(とんぼ)

サミュエル・ラングレーはブラウンに影響を受け、1890年代にタンデム翼の動力つき大型模型機「エアロドローム」系列を製作。1896年には4号(蒸気機関を搭載)が数百メートルの飛行に成功。これは動力模型機としては世界初の長距離飛行であった。ラングレーは同年中に5号、6号でもキロメートル級の飛行に成功。

しかし有人フルサイズ機の開発は難航し、「エアロドロームA」(52馬力のガソリンエンジンを搭載)が完成したのは1903年である。しかも同機は、10月7・8日に、歴史的な二度の離陸失敗を演じる。その直後、12月にライト兄弟プッシャー式の先尾翼機で有人飛行に成功。

あらゆる点で画期的だったライトフライヤーは当時の飛行機設計に大きな影響を与えた。そして実用的観点から、第一次世界大戦の頃には主翼が前、尾翼が後の機体が一般的になる。このように飛行機の主流が先ずエンテ型に、続いて普通の型へと移り変わる過程で、タンデム翼機(など)はほぼ完全に見捨てられた。

現代ではバート・ルータンが設計した高高度観測機スケールド・コンポジッツ プロテウスが有名。グライダーではJ・J・モントゴメリーJohn Joseph Montgomery)の機体(1905年)が代表的。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 黒田光彦『プロペラ飛行機の興亡』NTT出版、1998年
  • 根本智『パイオニア飛行機ものがたり』オーム社、1996年
  • C・H・ギブズ=スミス『ライト兄弟と初期の飛行』東京図書、1979年