タンディ・コーポレーション

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タンディ・コーポレーション
業種 小売業
行方 ラジオシャックになった
設立 1919年
解散 2000年
本部 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国フォートワース
製品 皮革製品電子機器

タンディ・コーポレーション(Tandy Corporation)は、テキサス州フォートワースを拠点とし家族経営皮革製品を扱っていた会社で、フォートワースを拠点とするラジオシャックを購入して名前を与えた事でも知られている。タンディは1919年に皮革を供給する店として創業し、1963年に経営難に陥っていたラジオシャックを買収した。

2000年5月にTandyの名前は外され「ラジオシャックコーポレーション」が正式な社名になった。[1][2]

歴史[編集]

タンディは1919年、Norton Hinckley と Dave L. Tandyの2人の友人がHinckley-Tandy Leather Companyとして皮革とを扱う店として出発し、皮革や靴の部品を売り、靴の修理をフォートワースで行った。Tandyの息子の チャールズ・タンディ英語版第二次世界大戦によって靴が配給制になり、従来の事業が立ち行かなくなったので皮革製品の事業に参入して後に拡大して皮革や道具や財布のような製品を生産した。内紛の後、Hinckleyの名前が外れ、1963年にTandyに変わり、ラジオシャックを購入した。後に電子以外の事業を全て売却した。(なお皮革製品の商売は継続され、2000年にはThe Leather Factoryとひとつになり、Tandy Leather Factoryとなった。)

コンピュータ[編集]

タンディのラップトップコンピュータ 1400LT

タンディは、コモドール社やアップル社と並び、1977年にキットの代わりに半完成品のマイクロコンピュータを発売したことによりパーソナルコンピュータ革命を始めた会社のひとつである。タンディは、TRS-80 (1977年) やTRS-80 Color Computer英語版 (通称"CoCo"。1980年)などの家庭用コンピュータを世に出すことでその革命の担い手となった。IBM PCの普及前でPC専門店が少なくラジオシャックで販売されていた当時に人気があった。

後に、コンピュータ製品としてIBM PCアーキテクチャのもの(IBM-PC互換機)を追加した。 それはTandy 1000英語版Tandy 2000英語版(1983年-1984年)で、一体型のもので、発売から時間が経過していたTRS-80より強力で互換機を名乗ってはいたものの、互換性には疑問符が付いていたがIBM製より安かったのに音と画像はIBM製よりも優れていた。16色と3チャンネルの音と4色のCGAを可能としていたことで他社のIBM-PC互換機よりも優れていたのであった。タンディのIBM-PC互換機は長年に渡って、普及した互換機と完全な互換性を維持しつつ、音や画像の性能で優れた製品、と位置づけられていた。(それがそうでもなくなるのは、1990年代初頭にVGAグラフィックスカードSound Blasterサウンドカードが普及した後のことである)

1980年以降、InfoWorld誌はラジオシャックを"小型コンピュータの支配的供給会社"と記述した。[3] アダム・オズボーンは1981年にタンディを"産業の大きな謎のひとつ"と記述した。彼は彼の"マイコンを販売する少しの流通経路を備える"娯楽会社は"ナンバーワンのマイコン製造会社" 但し、"ラジオシャックの店以外で売れるコンピュータであればね?"と記した。[4] ラジオシャックコンピュータセンターはコンピュータのみを販売していたのでラジオ シャックの販売店はTRS-80コンピュータを他の製品と抱き合わせで販売した。会社が所有しないフランチャイズ店はコンピュータを含むラジオシャックの製品とやラジオシャック製ではない商品を販売した。[5] 百貨店のような旧態依然としたコンピュータの販売手法であったにも拘わらず、1984年の日曜日の新聞記事[6]では販売者側のアナリストはタンディは"積極的な商品構成で強力な販売力があり、生産から仲介を通して小売りまでの在庫の管理が適正で前途有望である"と書かれた。[7] 当時、タンディは台数においてUnixの販売を主導しており、およそ40,000台のMC68000を搭載したXenixを備えたTandy Model 16英語版を販売して、[8] 全てのコンピュータにタンディのブランドを使用して販売し始めた[9] のは"私達は顧客にラジオシャックの名称が職場内で問題があると言われた。"事を幹部が認めたからである。1980年代半ばにIBM PCのようにタンディ製ではない製品と互換性のない周辺機器の販売を開始した。[6] 1987年に BYTE英語版誌では$99 Color Computer 2、 $499 Model 102英語版 ノートブックを含む多様な PC互換機と $3499 Tandy 6000 Xenix システムを含む商品構成の"タンディは今や世界中で最も拡張されたコンピュータ製品を販売しているかもしれない"と記載された。[10] 1988年3月に同社はGRiD システムズ英語版を買収した。[11] Grid システムズはラップトップPCの製造で一時期名を馳せた企業でその製品構成にはGRiD Compass英語版(1982年)、GridCase (1985年)、GridLite英語版 (1987年)と GRiDPad (1990年) タブレット コンピュータがあった。

タンディは同様に短命に終わったTandy 1100FDとTandy 1100HDノートブックを生産した。1989年に発売され1100シリーズは普及した8 MHzのクロック周波数のNEC V20プロセッサーを備えた。タンディは同様にそのコンピュータでDOSを実行するようにTandy Deskmateというソフトウェアを開発した。[12] 同年、タンディはシチズン CBM-10WPのOEM品である半導体ノートブックコンピュータであるWP-2を発売した。結局、1990年代初頭にタンディはコンピュータの製造事業をASTコンピュータへ売却して、[13] 全てのコンピュータのシリーズは終了した。これを機にラジオシャックの店舗ではコンパックのような他社製のコンピュータの取り扱いを始めた。1992年、ジェフ・ホーキンスによって設計されたPalm Pilotの前身であるTandy Zoomerを発売した。同様に、同年、タンディビデオインフォメーションシステム(VIS)と呼ばれる双方向マルチメディアCD-ROM再生機を発売した。タンディのコンピュータのようにそれはIBM PCアーキテクチャとマイクロソフト社製ウィンドウズが使用された。 タンディでも一連のフロッピーディスクを製造してIntel 486時代の終わりまでIBM PC互換機の生産を継続した。

タンディ社が 関係している/関係した ビジネス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ なお、イギリスでは「ラジオシャック」が以前から使用されていた。
  2. ^ UK Tandy stores sold to phone firm”. The Register (1999年1月26日). 2008年12月7日閲覧。
  3. ^ Hogan, Thom (1981年8月31日). “From Zero to a Billion in Five Years”. InfoWorld: pp. 6–7. http://books.google.com/books?id=rD0EAAAAMBAJ&lpg=PA44&pg=PA6#v=onepage&q&f=true 2015年2月15日閲覧。 
  4. ^ Osborne, Adam (1981年4月13日). “The Portable Osborne”. InfoWorld: pp. 42–43. http://books.google.com/books?id=Dj4EAAAAMBAJ&lpg=PP42&rview=1&pg=PA42#v=onepage&q&f=false 2015年1月1日閲覧。 
  5. ^ Freiberger, Paul (1981年8月31日). “Tandy's Outlets”. InfoWorld: pp. 54. http://books.google.com/books?id=rD0EAAAAMBAJ&lpg=PA44&pg=PA54#v=onepage&q&f=true 2015年2月15日閲覧。 
  6. ^ a b Bartimo, Jim (1984年8月20日). “Radio Shack Polishes Its Image”. InfoWorld: pp. 47–52. http://books.google.com/books?id=HS8EAAAAMBAJ&lpg=PA50&pg=PA47#v=onepage&f=false 2011年2月28日閲覧。 
  7. ^ Uston, Ken (1984年3月). “Barbara Isgur talks to Ken Uston; an industry analyst speaks out.”. Creative Computing: pp. 18. http://www.atarimagazines.com/creative/v10n3/18_Barbara_Isgur_talks_to_Ke.php 2015年1月5日閲覧。 
  8. ^ Bartimo, Jim (1985年3月11日). “Tandy Revamps Product Line”. InfoWorld: pp. 28–29. https://books.google.com/books?id=5C4EAAAAMBAJ&lpg=PA28&pg=PA28#v=onepage&q&f=false 2015年1月21日閲覧。 
  9. ^ Pitre, Boisy G; Loguidice, Bill (2013). CoCo: The Colorful History of Tandy’s Underdog Computer. CRC Press. pp. 33. https://books.google.com/books?id=9oJcAgAAQBAJ&lpg=PA33&ots=wPT3hPkWKN&pg=PA33#v=onepage&f=false. 
  10. ^ Malloy, Rich; Vose, G. Michael; Stewart, George A. (1987年10月). “The Tandy Anniversary Product Explosion”. BYTE: pp. 100. https://archive.org/stream/byte-magazine-1987-10-rescan/1987_10_BYTE_12-11_Heuristic_Algorithms#page/n103/mode/2up 2014年8月4日閲覧。 
  11. ^ "Tandy to Buy Grid Systems", ニューヨークタイムズ, 17 March 1988.
  12. ^ Tandy Deskmate 3.69
  13. ^ Info for t1000hx, MESS

外部リンク[編集]