タンク・カーダー

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タンク・カーダー

Tank Carder
クリーブランド・ブラウンズ No. 94

ラインバッカー
生年月日:1989年1月18日(25歳)
出身地:アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国テキサス州スウィニー
身長:6' 2" =約188cm 体重:237 lb =約107.5kg
NFLデビュー
2012年クリーブランド・ブラウンズ
経歴
大学テキサスクリスチャン大学
NFLドラフト2012年 / 5巡目(全体の147番目)
 所属チーム:
通算成績
(2012年までの成績)
タックル     7回
サック     0回
インターセプト     0回
NFL.comよりの成績
受賞歴・記録

タンク・カーダー(Tank Carder 1989年1月18日- )はテキサス州スウィニー出身のアメリカンフットボール選手。現在NFLクリーブランド・ブラウンズに所属している。ポジションはラインバッカー。タンクは、生まれて1年半で33ポンドにまで成長したことからのニックネームである[1]

経歴[編集]

9歳の時、フランスで行われた世界選手権自転車競技大会BMSで優勝した[1]。しかし、彼は自転車競技への興味を失っていく。プロBMSレーサーのババ・ハリスによれば、カーダーが競技を続けていたらオリンピックにも出場できただろうという[1]。数年後交通事故で、生死の境をさまよい、6週間入院した。この事故で彼は肋骨を7本骨折、横隔膜にも損傷を負った。医者は「命を取り留めたとしても、歩けるようになるかわからない。」と述べた。入院中母親から歩けなくなったらどうするか聞かれた彼は「オリンピックの車いす競技に出場する。」と答えた[1]。この時の怪我は彼のフットボール人生に大きな影響を与えた。高校のフットボールチームにキッカーとして加入を希望したが、それにはキックオフやパントを蹴ったら直ちにフィールド外に出て、接触プレーをしないことが条件として約束された[1]。2年の時にトライフォーポイントを蹴る際、ホールダーがファンブル、ボールを拾った彼は接触されることなく、ランで2ポイントコンバージョンを決めたが、プレー後にコーチから2度とそうしたプレーをしないよう警告された[1]

3年になりようやく、接触プレーをすることが許可され、ラインバッカ-、ランニングバッククォーターバックタイトエンドとしてもプレーすると共に、キッカーも続けた[1]。4年次にはオフェンスで1,200ヤードを獲得、ディフェンスでは116タックルをあげた[2]。大学進学を前に彼はRivals.com に2つ星と評価された[3]

テキサスクリスチャン大学から奨学金のオファーをもらい[1]進学した彼は、2009年より先発出場するようになり[2]、81タックル、10パスブロックの活躍を見せ、全米トップのディフェンスの一員として貢献、チームはボイシ州立大学とのフィエスタボウルに出場している。

在学中の2010年、彼は全米コーチ協会よりオールアメリカンに選ばれた。2011年1月1日に行われたウィスコンシン大学とのローズボウルでは第4Qに決まれば同点となる2ポイントコンバージョンを阻止、最優秀守備選手に選ばれた[2]

2011年、CBSスポーツからオールアメリカンセカンドチームに、AP通信からサードチームに選ばれた[2][4]

2012年のNFLドラフト5巡147位でバッファロー・ビルズに指名された。8月31日にビルズからカットされたが[5]、翌9月1日、クリーブランド・ブラウンズと契約を結んだ[6]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h From Broken Boy to T.C.U. Tackler”. ニューヨーク・タイムズ. 2012年9月15日閲覧。
  2. ^ a b c d Profile”. テキサスクリスチャン大学. 2012年9月15日閲覧。
  3. ^ Scouting Report”. rivals.com (2007年). 2012年9月15日閲覧。
  4. ^ Carder seals TCU win with clutch play”. FOXスポーツ (2011年1月2日). 2012年9月15日閲覧。
  5. ^ 最終ロースターカット一覧 -AFC東地区-”. NFL JAPAN (2012年9月1日). 2012年9月20日閲覧。
  6. ^ Transcript from news conference with Browns GM Tom Heckert”. ohio.com (2012年9月1日). 2012年9月15日閲覧。

外部リンク[編集]