タカイホーマ
| タカイホーマ | |
|---|---|
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牝 |
| 毛色 | 黒鹿毛 |
| 生誕 | 1969年3月25日 |
| 死没 | 1972年11月19日 |
| 父 | スパニッシュイクスプレス |
| 母 | ホマレタカイ |
| 母の父 | ハクリヨウ |
| 生国 | |
| 生産 | 吉田勇 |
| 馬主 | 高井嘉輔 |
| 調教師 | 仲住達弥(東京) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 13戦6勝 |
| 獲得賞金 | 5859万1400円 |
タカイホーマは日本の競走馬。1972年牝馬クラシックの本命と目されたが、相次ぐ不運により無冠に終わり、悲劇的な最期を遂げたことで知られる。同期は桜花賞・ビクトリアカップの二冠を制したアチーブスター。半兄に天皇賞(春)・宝塚記念を制したヒカルタカイがいる。
※年齢は旧表記(数え年)
[編集] 戦績
1971年9月の札幌でデビューしたタカイホーマは、2戦目の新馬戦で快勝。東京に戻って特別戦の黄菊賞も勝ち、この年は4戦2勝。関東牝馬クラシック最有力候補に躍り出た。
だが、ここからタカイホーマに立て続けに不運が訪れる。クイーンカップ勝利の勢いに乗って桜花賞参戦の準備をしていた矢先、突然の体調不良により参戦中止。アチーブスターの優勝タイム1分37秒6は平凡なもので、無事ならば優勝争いは確実と言われた。
体勢を立て直し、桜花賞と同日開催のカーネーションカップと4歳牝馬特別を勝ち、父が短距離血統のスパニッシュイクスプレスであるにも関わらず、母系血統でスタミナが補われていると見られて1番人気で臨んだオークスも、勝負所の落鉄が響き嶋田功騎乗のタケフブキ[1]の強襲に遭い2着に終わった。
日本短波賞をスガノホマレの3着に惜敗した後、休養に入ったタカイホーマは、休養明けのクイーンステークスを快勝。桜花賞の二の舞を避けるべく早めに関西入りした。西下初戦(京都牝馬特別)4着は、調整途中ゆえの結果で織り込み済みと思われた。
しかし、圧倒的1番人気で臨んだビクトリアカップで最悪の不運が襲い掛かる。向こう正面で他馬と接触により右後肢腱断絶を発症し失速。この時点で馬が停止せず、さらに第3コーナーで左前肢を骨折。鞍上・樋口弘(現・調教助手)の必死の制御の甲斐無くそのまま走り続け、ついに第4コーナーで右前肢まで骨折し転倒。転倒の弾みでさらに左前肢まで骨折。悪い事に折れた骨が心臓に突き刺さり、出血多量により死亡した。最後方に下がっていたため、他馬を巻き込まなかったのが不幸中の幸いであった。
実は、ビクトリアカップが4歳牝馬秋の大一番[2]で無ければ参戦中止していた程の脚部不安[3]が引き起こした悲劇であった。
[編集] 脚注
[編集] 血統表
| タカイホーマの血統 (グレイソヴリン系(ナスルーラ系)/ダイオライト4×4=12.50%(母内)、Gainsborough5×5=6.25%) | |||
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父
*スパニッシュイクスプレス Spanish Express 1962 鹿毛 |
Sovereign Path 1956 芦毛 |
Grey Sovereign | Nasrullah |
| Kong | |||
| Mountain Path | Bobsleigh | ||
| Path of Peace | |||
| Sage Femme 1954 栗毛 |
Le Sage | Chamossaire | |
| Miss Know All | |||
| Sylvia's Grove | Fairway | ||
| Trustful | |||
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母
ホマレタカイ 1960 鹿毛 |
ハクリヨウ 1950 鹿毛 |
*プリメロ Primero |
Blandford |
| Athasi | |||
| 第四バツカナムビューチー | *ダイオライト | ||
| バツカナムビューチー | |||
| シマノオー 1953 鹿毛 |
クモハタ | *トウルヌソル | |
| *星旗 | |||
| 昇正 | *ダイオライト | ||
| *種正 F-No.5-h | |||
妹ヒカルオーバーの仔には5戦2勝の成績ながら血統を買われて種牡馬入りしたダイイチボーイや、東海の強豪マックスフリート・ダービーグランプリ優勝馬ナリタホマレの母ヒカリホマレがいる。