タイマーズ

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ザ・タイマーズ
THE TIMERS
基本情報
別名 タイマーズ
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ロック
ロカビリー
ブルースロック
活動期間 1988年-1989年
1994年-1995年
2005年
レーベル 東芝EMI/イーストワールド
SWIM RECORDS
メンバー
ZERRY(ボーカル、ギター)
TOPPI(ギター)
BOBBY(ベース)
PAH(ドラム)
ザ・タイガース

ザ・タイマーズ(THE TIMERS)は、日本ロックバンド忌野清志郎よく似ている人物の"ZERRY"が率いる覆面バンド。

概要[編集]

1988年、ライヴ・イベントに飛び入りデビューし、1989年は学園祭に多数参加し学生のライブを暴動ライブに変えた。1994年、突如復活しツアーを行う。そして2005年、忌野清志郎35周年記念公演にシークレット・ゲストで出演、新曲を披露。バンドは現在進行形であることをアピールした。

1989年シングル「デイ・ドリーム・ビリーバー」 (モンキーズの楽曲「デイドリーム」の日本語カヴァー) でデビュー。発売当初、エースコックスーパーカップCMソングに使われヒットした。また、2006年サントリーモルツ2011年セブンイレブンCMでも使用され、さらに多くのミュージシャンにカバーされるなど、原曲の日本語版の歌詞として確立されている。

主に洋楽の和訳やオリジナルの詞を加えるなどして活動。大学の学園祭に飛び入り出演し、騒動を巻き起こすなどして話題になった。

メンバー[編集]

メンバー全員がいわゆるドカヘル(土木作業用のヘルメット)を被り、「現場でサボって音を鳴らしているうちに出来上がった」バンドとして登場。しかしサングラスもかけ、手ぬぐいで鼻から下を覆ったその風貌は学生運動を行う新左翼活動家のパロディにも見えた。

ロックブルース演歌とジャリタレポップスのユーゴー」をコンセプトに結成されたバンドという設定であり、「RCサクセションみたいにチャラチャラした奴等と一緒にされちゃ困る」と嘯くコメントも残している。

一応ザ・タイガースのパロディバンドということになっており、バンド名も同バンドをもじって付けられた[注釈 1]。またそれぞれがジュリー(初期リーダー)、トッポサリーピーを思わせる名前である。

なおメンバーのゼリー・トッピ・ボビー・パーはそれぞれ忌野清志郎三宅伸治川上剛杉山章二丸にそっくりな友人であり、本人はあくまでも同一人物である事を否定している。

略歴[編集]

1988年、結成。1988年RCサクセションのアルバム『COVERS』、シングル「ラヴ・ミー・テンダー」の発売中止に対する抗議の意味でゲリラ・ライヴを計画するが、RCメンバーの賛同を得られなかった忌野清志郎が別のメンバーを集めたことが結成のきっかけである。

同年8月3日富士急ハイランドのイベントでアン・ルイスのライブに乱入し[1]、ライヴ・デビュー。当初の目的である8月56日に行なわれる「広島平和コンサート」への飛び入りのリハーサルを兼ねての出演だった。覆面バンドの為、最後まで正体がわからない観客も多かった。

8月6日『広島平和コンサート』の序盤、バンド転換の合間に飛び入りで登場[注釈 2]。イベント・プロデューサーである山本コウタローに向けた「偽善者[注釈 3]」、「ロックン仁義」等タイマーズの定番曲の他、RCサクセションの発売中止シングルの両面「ラヴ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」等を演奏。この模様はNHK衛星第1放送(BS1)で生中継された。 11月は学園祭ライヴに多数出演。1日に3つの大学を廻る日もあった。

1989年1月に『パレスチナ独立記念パーティー』への出演以外活動はなかったが、前年から録音されていたデモテープの流出もあり(ゼリー本人が関係者に配っていたもの)、アルバムの製作をロンドンで行なう。

前年に続いて8月5日『広島平和コンサート』に出演。今回は飛び入りではなく予定されていたもの。この日の演奏から「Long Time Ago」がビデオ発売された。

10月から12月に掛けてシングル2枚、アルバム1枚を発表。翌年、ビデオ発売の予定もあったが、実質的に活動を終えていたこと、RCサクセション20周年キャンペーンとの兼ね合いで製作中止となった。

10月13日放送のフジテレビ音楽番組ヒットスタジオR&N」に出演。予定されていた曲目は「タイマーズのテーマ」→「偽善者」→「デイドリーム・ビリーバー」→「イモ」→「タイマーズのテーマ(エンディングバージョン)」の順であったが、「偽善者」の所で急遽FM東京を罵倒する曲にすり替え放送問題用語[注釈 4]を交えて歌った。これはゼリーの友人である山口冨士夫との共作でゼリー[注釈 5]が作詞を担当したティアドロップスの曲「谷間のうた」をFM東京とFM仙台放送禁止にされたことと、「COVERS」収録の「サマータイム・ブルース」、また「土木作業員ブルース」が放送禁止、放送自粛にされたことに対する抗議であった[2]。メンバーのパーこと杉山章二丸は後に対談で「前日にボス(忌野清志郎、ゼリー)の所に行って、山口冨士夫さんのラジオの問題があって頭にきた、と。それで誰も入れない4人だけの所で話し合って。スタッフすら誰も知らない状態で決行したということで[2]。」と語っている。曲中には突然の事態に困惑する司会の古館伊知郎や同番組に出演していた永井真理子加賀まりこらが笑う様子も映された。曲が終わると何のコメントもなくメンバーは何事もなかったかのようにそのまま平然と「デイ・ドリーム・ビリーバー」が演奏するなど3曲目以降は予定通りに歌われた。 映像を見る限りではまるで差し替えを予期していたようなカメラワークであったが、同番組の司会をしていた古舘伊知郎は演奏終了後にお詫びをし、「2曲目はリハーサルとはそっくり差し替えてくれて」と、番組側は曲を承認したわけではないことを示唆した[注釈 6]。放送後にはこの行為が新聞に掲載される[2]などメディアでも話題となった。この放送は生放送だったが、地方局の録画放送ではノーカットで放送した地域もあれば、タイマーズ出演部分のみ過去放送分に差し替えるなどすることで対応した地方局もあった[2]。FM東京はタイマーズのこの行為への報復措置として、同じ東芝EMIに所属する松任谷由実の発売直前のアルバムであった『LOVE WARS』の曲を一切放送しないということを東芝EMIに通知、またフジテレビはタイマーズに対して3年間の出入り禁止措置をとった。CSフジテレビTWOでの通常再放送では該当部分をカットして放送されていたが、2009年の忌野追悼番組では自主規制音で該当箇所を消去した上で放送された。 後にゼリーはこの行為について「実はテレビ局は大喜びだったんですよ。怒られるかなと思ったけど、プロデューサーとかニコニコしてました。苦情が殺到して反響があったって…[3]」と、パーは演奏が終わった後はどんな気持ちだったかという質問に対し「いや、意外と自然というか。そんなに大きな問題だと思ってなかったかなあ。後で映像も見ましたけど、特別な感情は無かったですね。」、「うちらは一切怒られないです。周りは色々問題あったと思うけど」と語っている[2]

10月11日リリースのシングル「デイ・ドリーム・ビリーバー」が、エースコックスーパーカップCMソングに使用されるが、直後のライブにてクライアントであるエースコックを誹謗する楽曲を披露している[注釈 7]。なおこの楽曲は上述の「FM東京の曲」の歌詞違いであった。

12月31日から翌年1月1日にかけて幕張メッセイベントホールで行われたライヴ・イベント「R&R BAND STAND(ロックンロール・バンドスタンド)」に始末書持参で出演。このライヴもNHKによって生中継され、「FM東京の歌」の歌詞を変えた「バンドスタンドの歌」や「明星即席ラーメン」が放送されたが、ゼリーが「グラッチェグラッチェ」と言い終わるといきなり中継会場からスタジオに切り替えられた。

1994年福岡市にて翌年ユニバーシアードが開催されることを記念したコンサートが開催され、タイマーズのほかには財津和夫南こうせつ中西圭三らが出演し、タイマーズは取りとして出演予定であった。当時福岡市は異常な渇水に見舞われており、5日後には断水に突入する予定だった(平成6年渇水も参照)。午後9時前にタイマーズが登場、しかしタイマーズの登場前にジョークとして女性スタッフが「福岡市渇水対策本部からの連絡です。江川ダムでトラブルが発生、完全断水に入るのでコンサートも中止します」という内容のアナウンスを流した結果、動揺した観客約1000名が急遽退出、帰宅してしまい、市の水道局にも問い合わせの電話が殺到した。 この行為については前述の「FM東京事件」が話題となったこともあり全国紙にも掲載されワイドショーやスポーツ紙などでも相当な批判を浴びた。後にパーはそのことについて「いや、もう大変でした。あれは凄かったですよ。演奏する前に『断水です』とか言っちゃったらみんな帰っちゃったんですよ。『うわ、ヤバいこれはマジだよ』とかって。でも少しガッツポーズというか『やった、本当に帰った!』って」と語っている[2]。 この騒動に対し福岡市は猛抗議し、事務所とタイマーズのメンバーによる連名の謝罪文提出により事態は終息を迎えた。ところがタイマーズは1ヶ月後に大阪でのコンサートで「謝罪文なんて書いてねえよ。福岡市がスタッフを脅して、タイマーズの名前を使って書いたんだ」という内容の楽曲を披露し、再び福岡市を激怒させたといわれる。また清志郎は後に日比谷野音でのライブで「謝って済むことなら」という曲を披露している[4][5]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

アルバム[編集]

ビデオ[編集]

その他[編集]

  • ゼリーの「友人」である忌野はタイマーズ結成当時『COVERS』発売中止の渦中にあり(詳細はRCサクセションの項参照)、ライブでも発売中止の原因となった「ラブミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」がよく歌われた。また、トッピとパーに「そっくり」な三宅と杉山はMOJO CLUB、ボビーに「そっくり」な川上はHILLBILLY BOPSで活動していた。
  • 1989年に最初の活動を終えた後、忌野は「結局何も変わらなかった」「怒りでなにかを歌ってもむなしいだけ」と失望して[6]活動を休止していた模様だが、1994年に再結成。一部の楽曲は後に忌野の持ち歌となっている。
  • 上述のFM東京罵倒事件について忌野は後のインタビューにて「実はテレビ局は大喜びだったんですよ。怒られるかなと思ったけど、プロデューサーとかニコニコしてました。苦情が殺到して反響があった」と語っている。[7]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 一方で「大麻」の隠語というニュアンスも含まれており、当初は「マヤクズ」、「ヘロインズ」という、より直接的なバンド名も候補として挙がっていた。
  2. ^ このイベントを選んだのは事前に出演者が公表されない事、テレビにて生中継される事が大きな理由だった。
  3. ^ [1] 当日のライブでは、曲中の「テレビの司会者」の後に「コータロー」というコーラスを挿入している。
  4. ^ 歌詞に女性器性行為を意味する「おまんこ」や「馬鹿」「腐った」「政治家の手先」などを使用している。
  5. ^ この曲では忌野清志郎名義
  6. ^ 実際にリハーサルでは「偽善者」が歌われている
  7. ^ [2] 曲中にて「化学調味料」「あんまり食うと体に毒だぜ」などと唄われている。

出典[編集]

  1. ^ ヒットスタジオR&N」(フジテレビ 1989年10月13日放送)
  2. ^ a b c d e f 【インタビュー】大王丸「“FM東京事件”は本当にタイマーズの4人だけしか知らなかったんですよ」- BARKS公式サイト
  3. ^ 1995年 VIEWS ミュージックマガジン増刊「永遠のバンドマン ボスのお騒がせ事件簿」近藤康太郎
  4. ^ ミュージック・マガジン増刊/永遠のバンドマン』 近藤康太郎記載のコラムより
  5. ^ マルコポーロ』掲載の記事より
  6. ^ 長谷川博一編『Mr.OUTSIDE わたしがロックをえがく時』(大栄出版、1991年)忌野ロングインタビュー内のP37-38
  7. ^ 『永遠のバンド・マン』内の近藤康太郎コラム「ボスのお騒がせ事件簿」より (2009年 ミュージック・マガジン)