タイマーズ

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ザ・タイマーズTHE TIMERS)は、1980年代にデビューした日本ロックバンドである。

目次

[編集] 概要

1980年代、学園祭に多数飛び入り参加し、学生のライブを暴動ライブに変えた。19945年頃、突如復活しツアーを行う。そして2005年、忌野清志郎35周年記念公演にシークレット・ゲストで出演、新曲を披露。バンドは現在進行形であることをアピールした。

1989年シングル「デイ・ドリーム・ビリーバー」 (モンキーズの楽曲「デイドリーム」の日本語カヴァー) でデビュー。発売当初、エースコックスーパーカップCMソングに使われヒットした。また、2006年サントリーモルツCMでも使用された。

メンバー全員がいわゆるドカヘル(土木作業用のヘルメット)を被り、「現場でサボって音を鳴らしているうちに出来上がった」バンドとして登場。しかしサングラスもかけ、手ぬぐいで鼻から下を覆ったその風貌は学生運動を行なう新左翼活動家のパロディにも見えた。一応ザ・タイガースパロディバンドということになっており、それぞれのジュリー(初期リーダー)、トッポ、サリー、ピーを思わせる名前である。

主に洋楽の和訳やオリジナルの詞を加えるなどして活動。大学の学園祭に飛び入り出演し、騒動を巻き起こすなどして話題になった。

[編集] メンバー

[編集] 略歴

1988年 結成。富士急ハイランドのイベントでライヴ・デビュー。覆面バンドの為、最後まで正体がわからない客も多かった。

8月6日「広島平和コンサート」の序盤、バンド転換の合間に飛び入りで登場。イベント・プロデューサー山本コータローに向けた「偽善者」、「ロックン仁義」等タイマーズの定番曲の他、RCサクセションの発売中止シングルの両面「ラヴ・ミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」等を演奏。この模様はNHK衛星第1放送(BS1)で生中継された。 11月は学園祭ライヴに多数出演。1日に3つの大学を廻る日もあった。

1989年1月に「パレスチナ独立記念パーティー」への出演以外活動はなかったが、前年から録音されていたデモ・テープの流出もあり(ゼリー本人が関係者に配っていたもの)、アルバムの製作をロンドンで行なう。 前年に続いて8月5日「広島平和コンサート」に出演。今回は飛び入りではなく予定されていたもの。 この日の演奏から「Long Time Ago」がビデオ発売された。 10月から12月に掛けてシングル2枚、アルバム1枚を発表。翌年、ビデオ発売の予定もあったが、実質的に活動を終えていたこと、RCサクセション20周年キャンペーンとの兼ね合いで製作中止に。

10月13日放送のフジテレビ音楽番組ヒットスタジオR&N」に出演。予定されていた曲目は「タイマーズのテーマ」→「偽善者」→「デイドリーム・ビリーバー」→「イモ」の順であったが、「偽善者」の所で突然FM東京放送禁止用語(お●●こ)を用いて罵倒する、曲名も、そのものズバリの「FM東京」を歌った。これは友人の山口冨士夫の曲がFM東京で放送禁止にされたことと、「COVERS」収録の「サマータイム・ブルース」が放送禁止にされたことに対する反撃だといわれる。スタジオは騒然としていたが、本人達は飄々と歌い上げ、3曲目以降は予定通りに歌われた。同番組の司会をしていた古舘伊知郎は、「やってくれるとは聞いてましたけど、本当にやってくれましたね」と、半ば呆れ、半ば興奮気味に番組を進行した。この放送は生放送だったが、地方局の録画放送でもノーカットで放送された。CSフジテレビ721での再放送では該当部分をカットして放送された。

12月31日から翌年1月1日にかけて幕張メッセイベントホールで行われたライヴ・イベント「R&R BAND STAND(ロックンロール・バンドスタンド)」に出演。このライヴもNHKによって生中継され、「明星即席ラーメン」が放送された。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] シングル

[編集] アルバム

  • 「TIMERS」 東芝EMI TOCT-11102(再発)オリジナルは1989年11月8日
    「タイマーズのテーマ」で幕を開ける。モンキーズのカバーだが、「訳詞」(ZERRY & TOPPI)が強烈。歌詞カードを読むと「(現場作業員の習性か)俺達はタイマーが大好きで、タイマーを持って旅行したい」という内容だが、タイマー(歌詞カードではtimer)が「大麻」に聞こえる。公然と「大麻が大好き」「大麻を持ってる」「君とトリップしたい」と歌ってのける(ゼリーは当時のインタビューで「バンド名の候補にマヤクズやヘロインズもあった」と発言している)。他にも時の総理大臣をおちょくったり、原子爆弾から原子力発電所の批判につなげたり、昭和天皇崩御の際の自粛を揶揄するなど、アナーキー色満載のアルバムである。ただし、ゼリーの言葉遊びが随所にちりばめられ、曲調もフォークブルースなど多彩で、音楽面での完成度が高いアルバムである。
  • 「復活!!THE TIMERS」 東芝EMI TOCT-11101(再発)オリジナルは1995年4月26日
    日清パワーステーションでのライヴ。「プロパガンダ」「偽善者」「国名改正論(「逃げ腰」という国の国民)」「覚醒剤音頭」「宗教ロック」と危ない曲名が並ぶ。「まわりはワナ」は言葉遊びの典型である。当初はインディーズからのみアルバム発売を予定していたが、東芝EMIからの要請でこのアルバムが作られた。収録予定だった「サリン」はオウム事件直後で収録が見送られた。
  • 「不死身のタイマーズ」 1995年4月30日
    同じくパワーステーションでのライヴ。レコ倫を通過できない曲を含んだインディーズレーベル発売のCD。「障害者健常者」「あこがれの北朝鮮」「トルエン」「お前の股ぐら」と更に危ない曲名が並ぶ。後に「あこがれの北朝鮮」は東京FMのライブ中に突然歌われ、ふたたび物議を醸した。CDとVHSでは曲目が一部異なる。

[編集] その他

  • メンバーのゼリー、トッピ、ボビー、パーはそれぞれ忌野清志郎三宅伸治川上剛杉山章二丸にそっくりな友人で、同一人物である事を否定している。
  • 1988年にRCサクセションのアルバム「カバーズ」、シングル「ラヴ・ミー・テンダー」の発売中止に対する抗議の意味でゲリラ・ライヴを計画するが、メンバーの賛同を得られなかった忌野清志郎がメンバーを集める。当初の目的は8月56日に行なわれる「広島平和コンサート」への飛び入り。このイベントを選んだ理由は事前に出演者が公表されない事、テレビ生中継される事が大きな理由だった。リハーサルを兼ねて8月3日、富士急ハイランドのイベントでライヴ・デビュー。覆面バンドの為、最後まで正体がわからない客も多かった。
  • ゼリーの友人である忌野はタイマーズ結成当時「COVERS発売中止の渦中にあり(詳細はRCサクセションの項参照)、ライブでも発売中止の原因となった「ラブミー・テンダー」「サマータイム・ブルース」がよく歌われた。また、トッピとボビーにそっくりな三宅と杉山はMOJO CLUB、パーにそっくりな川上はHILLBILLY BOPSで活動していた。