ソロモン・ブラザーズ

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ソロモン・ブラザーズ
Salomon Brothers
SolomonBrothers
種類 Subsidiary
略称 ソロモン
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク市
設立 1910年 (-1998年)
業種 銀行業
事業内容 投資銀行
特記事項:1998年、合併によりソロモン・スミス・バーニーに。
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ソロモン・ブラザーズ(Salomon Brothers)は、1910年に設立されたアメリカ投資銀行である。

1981年に商品取引会社のフィブロ(Phibro Corporation)傘下に入り、フィブロ・ソロモン (Phibro-Salomon)に改称するとともにパートナーシップから株式会社に組織変更。1986年に経営陣が実権を握りソロモン・インク (Salomon Inc.) に改称。1998年にスミス・バーニーと合併しソロモン・スミス・バーニー (Salomon Smith Barney) となった後、現在はソロモンブランドは事実上の休止状態にある。[1]

沿革[編集]

ソロモン家は元々証券会社向けの金融仲介業を行っていたが、営業日をめぐる親子の対立から息子たちが5000ドルの資本金を用意して独立し1910年にソロモンブラザーズを設立した。

設立された当初は投資銀行としての性格はまだ薄く、社債・国債のなど債券の取り扱いを主としていたが、1970年頃から「クオンツ」と呼ばれる数理学者(quants, quantitative analyst の略、量的分析による投資判断を行うアナリスト)や数理モデルを駆使したトレード手法をウォール街でいち早く導入し投資銀行として大きく成長していった。

1980年代には、著名なトレーダーであるジョン・メリウェザーら率いる債券アービトラージ部門が莫大な利益をあげるなど右肩上がりの成長をつづけた。1985年にはウォール・ストリート・ジャーナル紙に「ウォール街の帝王」と書き立てられるなど米国有数の投資銀行として位置づけられるまでになった。

ところが、ブラックマンデーの前後から次第に業績は下降に転じ、1991年に元トレーダーのポール・モーザーによる米国国債の不正入札発覚を契機として様々なスキャンダルに見舞われ「ウォール街の帝王」としての信用を失うこととなった。その際、1987年のロナルド・O・パールマンによる買収騒動以降関係を深めていたウォーレン・バフェットに経営再建を実質的にゆだねることになった。

1997年11月、バフェットの仲介でアメリカのトラベラーズ・グループ(Travelers Group)に買収され、トラベラーズ傘下の投資銀行であるスミス・バーニー(Smith Barney)と合併してソロモン・スミス・バーニー(Salomon Smith Barney)となった。さらに、その翌年トラベラーズ・グループがシティコープと合併してシティグループとなり、その結果現在はシティ傘下のブランドとなっている。

ただし現在シティの投資銀行部門は主に「Citi Smith Barney」のブランドを使用しており、「ソロモン・ブラザーズ」のブランドは事実上休止状態にある。海外債券の重要指標である「ソロモン・ブラザーズ世界国債インデックス(Salomon Brothers World Government Bond Index)」(1985年算出開始)も2003年4月に名称を「シティグループ世界国債インデックス(Citigroup World Government Bond Index)」に変更し、権利をシティの一部門であるシティグループ・グローバル・マーケッツ・インコーポレーテッドに委譲している。

出身者・関係者[編集]

アメリカ[編集]

日本[編集]

  • 糸瀬茂(元ソロモン・ブラザース・アジア証券職員、元宮城大学教授)
  • 加野忠(元ソロモン・ブラザーズ銀行在日代表、元ホアゴベット証券会社社長)
  • 末永徹(元ソロモン・ブラザーズ・アジア証券職員、フィールズ取締役会長室長)
  • 藤原直哉(元ソロモン・ブラザース・アジア証券職員、経済アナリスト)
  • 松藤民輔(元ソロモン・ブラザース・アジア証券職員、ジパング社長)
  • 松本大(元ソロモン・ブラザース・アジア証券職員、マネックス証券代表取締役CEO・創業者)
  • 明神茂 (元副会長、元チューダー・キャピタル日本法人会長)

脚注[編集]

  1. ^ 参考:[1],[2]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]