ゼロスポーツ

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株式会社ゼロスポーツ
ZEROSPORTS
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 岐阜県各務原市大野町6丁目101-1
設立 2011年(平成23年)5月26日
業種 輸送用機器
代表者 代表取締役 三澤秀佳
資本金 1000万円(2011年設立時)
従業員数 10人(2011年設立時)
主要株主 株式会社マツバラ興業
外部リンク http://www.zerosports.co.jp/
特記事項:再建後の現法人
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株式会社ゼロスポーツ
ZERO/SPORTS
種類 株式会社
本社所在地 岐阜県各務原市大野町6丁目101-1
設立 1994年(平成6年)9月
業種 製造業
事業内容 電気自動車の製造開発、自動車メーカー向けのカスタムパーツの企画開発、ゴルフカートなどの製造・販売
代表者 代表取締役社長 中島徳至
資本金 1億8500万円
従業員数 70人
特記事項:旧法人の法的整理時
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株式会社ゼロスポーツとは、岐阜県各務原市に本社がある自動車メーカーである。

概説[編集]

旧法人

電気自動車の開発、製造、販売、及びゴルフカートのリニューアルを行う環境事業部、小売事業部、スバル富士重工業)車種をメインとした総合パーツメーカーとしてのパーツ事業部の体制で運営していた。

1998年より電気自動車事業を運営。数々の大手自動車メーカーのコンセプト電気自動車を開発。2003年には国土交通省から型式認定を取得し、国内17番目の自動車メーカーとなった。2010年には郵便事業会社より1,030台の電気自動車を受注。この受注は三菱自動車富士重工業に同社が競り勝ったもので、新たな自動車メーカーの飛躍として期待された。

現法人

3事業部体制で事業を行っている。小売事業の「ゼロマックス」、スバル富士重工業)車種をメインとした総合パーツメーカーとして「ゼロスポーツ」、ゴルフ場のカートのリニューアル(通称:エコカート)を目的とした「リニューアルゴルフカート」の計3事業で構成されている。

「ゼロスポーツ」設立以降、自動車部品のオリジナルブランドを展開し製品総数582品目、内180品目はスバル用品品番を取得。東京オートサロンのブランド別人気ランキングで、5年連続上位を獲得している。パーツメーカーとしてのノウハウを蓄積し、難しいとされる車両開発に次々と着手。2000年に既存のレーシングカーを改造して製作した電気自動車が、富士スピードウェイにて276.6km/h(未公認)を記録、各メディアの注目を集めた。

郵便事業会社との契約[編集]

2009年、郵便事業会社との間で電気自動車化した郵便集配車両を納入する契約を締結。同年7月にスバル・サンバーを種車にした車両を2台納入し、その後8台を全国主要都市に導入、翌2010年8月には1,030台の大型案件を受注した[1]

2010年10月にはベース車両変更を郵便事業会社とゼロスポーツの間で取り決め、車両変更に伴う開発期間確保のための納期延長を双方合意した。しかし翌2011年1月18日、元の契約では30台分の納期の3日前にあたる日に、郵便事業会社が一転してベース車両の変更と納期延長を認めない旨を通達。翌2月には一方的に契約解消と納期遅れを理由とした違約金約7億円を請求。この請求をきっかけとした不適切な口座凍結により、翌3月に法的整理を行うに至った[2][3]

新会社による再建[編集]

同社の電気自動車事業は、愛媛県の船舶向け大手電装メーカーである渦潮電機株式会社に譲渡され、子会社としてトリトンEVテクノロジー株式会社を設立。ゼロスポーツ代表であった中島徳至を中心に、同社でEV事業を継続している。

電気自動車事業以外の全事業は、各務原市の鋳造原料販売業・株式会社マツバラ興業が、2011年5月26日に同社の完全子会社として、旧法人と本社を同じ場所に置く同名の「株式会社ゼロスポーツ」を設立し、事業継承。同年6月1日より営業を再開した。

沿革[編集]

旧法人沿革[編集]

  • 1994年(平成6年)9月 - 株式会社ゼロスポーツ(初代)設立。
  • 1995年(平成7年)
2月 - 名古屋パフォーマンスカーショー初出品。
12月 - 筑波N1ラウンドシリーズ優勝2回・2位2回。
1月 - 東京オートサロン初出展。
12月 - 岐阜、北九州、熊本、京都、中央のスバルディーラーとパーツ販売に関する業務提携。
  • 1997年(平成9年)11月 - 全国ワンダーテクニカルショップ26拠点配置。
  • 1999年(平成11年)2月 - 大阪、福岡、北海道、三重のスバルディーラーとパーツ販売に関する業務提携。
  • 2000年(平成12年)
3月 - 全国総代理店28社。全国スバルディーラー9社。全国ワンダーテクニカルショップ28社になる。
5月 - ゼロスポーツ本社を岐阜県各務原市に移転。
12月 - 宮城のスバルディーラーとパーツ販売に関する業務提携。
1月 - ゼロスポーツ用品がスバル用品品番を取得。
4月 - ゼロスポーツサポートショップ全国62拠点を配置。
11月 - 岡山、松本、広島、鹿児島、新潟のスバルディーラーとパーツ販売に関する業務提携。
  • 2002年(平成14年)9月 - 山口、千葉、四国、長野、神奈川、兵庫、香川、長崎、山陰、佐賀、埼玉のスバルディーラーとパーツ販売に関する業務提携。
  • 2003年(平成15年)
1月 - 「東京国際カスタムカーコンテスト」においてフォレスターCZSがSUV部門優秀賞受賞。
8月 - 徳島、福島、北陸、北海道、青森のスバルディーラーとのパーツ販売に関する業務提携。
1月 - 東京オートサロン「東京国際カスタムカーコンテスト」においてレガシィB4CZSがセダン部門優秀賞受賞。
12月 - 本社ショールームリニューアルオープン。
12月 - 筑波スーパーバトルにおいてZERO/SPORTS IMPREZA BTZ601Eが2Lインプレッサ最速タイム57秒285を記録。群馬県太田市にゼロスポーツ関東ショールームをオープン。
5月 - 北米・南米の範囲において、EDOPerformanceとパーツ販売に関する業務提携。
11月 - 米ラスベガスにて世界最大のパフォーマンスカーショー「SEMA SHOW 2006」に出展。クールアクションIIが「Product Award」を受賞。
1月 - 東京カスタムカーコンテスト2009において「ZERO/SPORTS IMPREZA CZS Type-ZERO」が「コンセプトカー部門」優秀賞受賞。
12月 - 関東ショールームを閉店
  • 2010年(平成22年)8月 - 郵便事業会社との間で、電気自動車に改造した集配用軽貨物自動車1030台を約34億7200万円で販売する契約を締結。
  • 2011年(平成23年)
1月 - 郵便事業会社から契約解除され、違約金約7億円を請求される。
3月1日 - 全社員を解雇し、営業を停止。自己破産の準備に入る。負債額は約11億8000万円[2]。3月4日 - 岐阜地方裁判所にて法的整理を開始。
4月25日 - 渦潮電機に電気自動車事業を譲渡[4]。後に渦潮電機の子会社としてトリトンEVテクノロジー株式会社を設立し、同社にて電気自動車事業を継続。
5月 - 電気自動車事業を除く全ての事業を、6月1日より新会社(社名は継続)で営業開始することを発表[5]

電気自動車関連[編集]

12月 - 富士スピードウェイにて電気自動車「ZERO EV フォーミュラ」が国内電気自動車最高速度を記録(未公認)[6]
  • 2001年(平成13年)4月 - 実用電気自動車「ゼロEVセラビュー」を発売。
5月 -ゼロEVセラビューに関してベンチャー企業開拓支援事業の認定をうける。
12月 -クリーンエネルギー自動車等導入促進事業補助金対象車にゼロEVセラビューが選ばれる。
  • 2002年(平成14年)5月 - ゼロEVセラビューが日刊自動車新聞車用品大賞2002環境安全賞を受賞。
  • 2003年(平成15年)1月 - 東京オートサロン「東京国際カスタムカーコンテスト」においてゼロEVエレクシードRSがコンパクトカー部門優秀賞受賞。
9月 - 小型電気自動車「ゼロEVエレクシードRS」を発表。日本17番目の自動車製造メーカーになる。
  • 2004年(平成16年)2月 - ゴルフカートのリニューアル事業をスタート。
4月 - 株式会社大塚家具と病院向け電動福祉車両「コミュニケーションカート」を開発し、思索導入開始。
6月 - 発電用電動機を搭載したシリーズ式ハイブリッド軽トラックを発表。
10月 - 株式会社大塚家具と共同で電動多目的カート「マルチユーティリティーカート」を発表。
3月 - NHKおかあさんといっしょ」のスタジアムイベントにエレクシードRSが採用。
4月 - 名古屋市長選のキャンペーンカーとしてエレクシードRSが活躍。
6月 - リチウムイオン電池搭載のエレクシードRSを発表。
  • 2006年(平成18年)5月 - 第74回PGA日本プロゴルフ選手権でエコカートが採用。
6月 - 日本自動車研究所(JARI)主催の電気自動車モデルゾーン実験(長野県上田市)にエレクシードRS にて参加。
10月 - 世界初のクラス最小燃料電池システム2系統搭載車両を開発・発表。
  • 2007年(平成19年)4月 - 各務原市桜まつりのパレードを5年連続でエレクシードRSが先導。
7月 - 電動車両普及センターが主催の電気自動車モデルゾーン実験(新潟県佐渡市)にエレクシードRS にて参加。名古屋モーターショーに電気自動車を出展。
  • 2008年(平成20年)4月 - 全日本空輸株式会社と共同でお客様用電気自動車を発表。
7月 - 日本テレビ「第28回全国高等学校クイズ選手権」にてマルチユーティリティカートがサポート。電動車両普及センターが主催の電気自動車モデルゾーン実験(山梨県北杜市)にエレクシードRSにて参加。

現法人[編集]

2011年(平成23年)5月26日、株式会社ゼロスポーツ(2代目)を設立。6月1日、株式会社ゼロスポーツ(2代目)が、電気自動車事業を除く全ての事業を株式会社ゼロスポーツ(初代)より承継し、営業再開。

脚注[編集]

  1. ^ “ゼロスポーツ…EVは商用から普及する”. レスポンス. (2009年8月21日). http://response.jp/article/2009/08/21/128333.html 2011年3月6日閲覧。 
  2. ^ a b “EVの「ゼロスポーツ」破産へ=郵便会社から契約解除”. 時事通信. (2011年3月1日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201103/2011030100860 2011年3月6日閲覧。 
  3. ^ “破産ゼロスポーツが郵便EVを納品できなかった本当の理由”. レスポンス. (2011年3月2日). http://response.jp/article/2011/03/02/152568.html 2011年3月6日閲覧。 
  4. ^ ゼロスポーツ、愛媛の企業にEV事業譲渡 - 岐阜新聞(2011年04月26日)2011年4月26日閲覧。
  5. ^ ゼロスポーツ復活 株式会社ゼロスポーツ公式サイト内 プレスリリース 2011年5月25日
  6. ^ 276.6km/h
  7. ^ デザインは石井竜也が担当。

外部リンク[編集]