ゼレノグラード

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現在はモスクワ市に属するゼレノグラードの位置(左上)

ゼレノグラードロシア語: Зеленоград, ゼレノグラート、英語:Zelenograd)はロシアの首都・モスクワの北西郊外にある町で、現在はモスクワ市のゼレノグラード区になっている。人口は21万5千(2002年調査)。町にはハイテク企業が集中しているので、ロシアのシリコンバレーと呼ばれている。

なお、似たような地名でゼレノグラーツクロシア語: Зеленоградск, 英語:Zelenogradsk)はもとプロイセンドイツ)領でクランツ(Cranz)と呼ばれ、第二次世界大戦中にソ連へ併合されて、現在ロシア連邦の飛び地カリーニングラード州にあり、バルト海に面した有名な保養地である。

町の始まり[編集]

9 マイクロディストリクト
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ゼレノグラードは1958年に、モスクワ市中心部から37キロメートル北西の原野中に、電子工業関係の機関が集中するように新しく建設された。モスクワからサンクトペテルブルクへ行く方向にあり、シェレメーチエヴォ国際空港にも近い。冷戦の最中、ここでレーダーなどソ連の重要な技術開発が国家事業として行なわれた。

町にはハイテク企業が集中しているので、ロシアのシリコンバレーと呼ばれている。ゼレノグラードの設立にあたっては、ローゼンバーグ事件に関連したアルフレッド・サラント(Alfred Sarant)とジョエル・バー(Joel Barr)のソビエト連邦フルシチョフ政権への説得もあったともいわれている。町の名前は「緑の町」(: Зелёный город, ゼリョンヌイ・ゴーラト)から名づけられた。

シリコンバレーの初期はスタンフォード大学とその付随工業区を中心に発展したが、ゼレノグラードはモスクワ国立電子技術学院を基盤として発展した。1991年までは関係者以外は立ち入り禁止の閉鎖都市であったが、その後は外国企業にも解放されている。

現在はモスクワ市のゼレノグラード区になっていて、市内からは飛び地である。現在の人口は21万5千(2002年調査)。

クリュコヴォの独ソ戦「突撃」記念碑

1988年には第2次世界大戦・独ソ戦中のモスクワ守備戦の激戦地・クリュコヴォ村Kryukovo District)を合併しているので、その戦跡もゼレノグラード区内にある。


教育機関[編集]

モスクワ国立電子技術学院(MIET)


研究所・企業[編集]

参考[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]