セーター・ガール

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パティ・ペイジ バレット・ブラ(bullet bra)を着用している 1955年
アン・グウィン(Anne Gwynne) 1943年

セーター・ガール(Sweater girl)という用語は、1940年代から1950年代にかけて用いられた用語であり、ラナ・ターナージェーン・マンスフィールドジェーン・ラッセルなどのように、バストの線を強調するために錐面または弾丸の形をしたブラのうえに身体にぴったりとしたセーターを着た ハリウッド女優たちを指す言葉である[1][2]

ファッションの影響[編集]

デザイナーのジャン=ポール・ゴルチエは、1940年代のヴィンテージなパーマ=リフト・バレット・ブラ(Perma-Lift bullet bra)によって霊感を受けて、マドンナが1990年のブロンド・アンビション(Blonde Ambition)のツアーで着用した、悪名たかいコーン・ブラ(cone bra)をデザインした[3]。 カシミアやアンゴラのような、新しい、柔らかい織物が、セーターの製造に使用されていた。 錐面形のブラは、ときにはバレット・ブラ(bullet bra。弾丸ブラ)とよばれ、これは乳房をひきあげ、そして左右に離れさせる。 その原形では、その外見はしばしば、新しいブラジャーのテクノロジーの推進に結びつけられている。

マドンナが1990年のブロンド・アンビション・ワールド・ツアー(Blond Ambition World Tour)でこれを着用したことによりバレット・ブラにたいする関心が高まり、そのスタイルはエロティックで挑発的と見なされていた。 また、このブラは、バーレスクおよびロカビリーの愛好者にも人気があり、その両者ともが1950年代からひらめきを受けている。

大衆文化[編集]

ラナ・ターナーの1937年の映画『They Won't Forget』での身体にぴったりとしたニット・トップすがたでの出現は、彼女がスクリーン上であたえた衝撃をハリウッドの宣伝係が記述するために注意を引きやすい言い回しをさがしもとめたので、ときには「セーター・ガール」ミームの最初の出現であると考えられている。 映画史学者は、彼女は映画内のそのシーンでブラ無しでやるように説得されたと主張している。 ちょうどアン・シェリダンが「ウンフ・ガール("The Oomph Girl")」、クララ・ボウが「イット・ガール」("The It Girl")とニックネームをつけられたように、映画雑誌は彼女に「セーター・ガール」というニックネームをつけた。

『Sweater Girl』は、1942年の映画の作品名であり、脚本はロバート・ブレス(Robert Blees)とビューラ・マリー・ディックス(Beulah Marie Dix)、監督はウィリアム・クレメンス(William Clemens)、主演はエディー・ブラッケン(Eddie Bracken)、ジューン・プレーサー(June Preisser)、フィリップ・テリー(Phillip Terry)、ベティー・ジェーン・ローズ(Betty Jane Rhodes)である[4]

Sweatergirl(セーターガール)は、バーレイ(Berlei)によって販売されるアンダーワイヤー・ブラの名称である[5]

1968年9月、フランシーン・ゴットフリートという無名の事務職員は、毎朝、ぽかんと見とれている男らと新聞記者らの大群衆がウォール街の地下鉄駅で彼女の到着を待ち、出勤途中の彼女のまわりにおしよせたので、「ウォール街のセーターガール」("Wall Street's Sweater Girl")として国際的な名声を短期間、得た。

出典・脚注[編集]