セント・アンドリューズ大学 (スコットランド)
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| 校訓 | AIEN ARISTEUEIN (ギリシャ語) "Ever to be the best" |
|---|---|
| 創立 | 1413年 |
| 学校種別 | 公立 |
| 総長/学長 | Sir Walter Menzies Campbell |
| 所在地 | イギリス(スコットランド) ファイフ州セント・アンドリュース市 |
| キャンパス 環境 |
都市 |
| 学生数 | 学部生 6,042人 大学院生 1,031人 |
| 教員数 | 649人 |
| ウェブ サイト |
www.st-andrews.ac.uk |
セントアンドリューズ大学(University of St Andrews)は1413年に創立されたスコットランド最古の大学であり、英語圏全体でも3番目に古い。 スコットランド東海岸、エディンバラ近郊のセントアンドリューズの町に所在する。学生数6,500人で、内1,000人は大学院生。少人数教育を標榜している。スコットランドの諸大学で開催されている自然神学講座ギフォード講義を受け持つ大学の一つで、世界的な思想家も同大で講義をしていた。
化学や医学の分野でノーベル賞受賞者4名を出しているほか、ウィリアム・ウォレス (哲学)など多数の著名人を輩出する。 英国のウィリアム王子は2005年6月16日に卒業した。
目次 |
[編集] 沿革
1410年に大学設立の勅許を得、1413年に開校、以後急速に発展した。現在も設立当時のキャンパスにあり、絵に描いたような中世の雰囲気を残す。
1776年のアメリカ独立宣言の署名者のうち3名がセントアンドリュース大学卒業者であったことから、アメリカ合衆国との関係が強く、 多数のアメリカ人留学生が学ぶ。
[編集] 組織
美術史、生物学、医学、化学、古典学、コンピューター科学、神学、経済・金融、英語・英語教育、地理学、歴史学(古代史、中世史、近代史)、国際関係、経営学、数学・統計、近代言語学、哲学・人類学、物理・天文、心理学の各学部(スクール)があり、外国人留学生のための35週間の大学予備課程も併設する。
学部はユナイテッド・カレッジ、セント・メアリー・カレッジとセント・レオナルド・カレッジに分かれており、ユナイテッド・カレッジは文系と理系、セント・メアリー・カレッジは神学、セント・レオナルドカレッジは院生と分かれている。
[編集] スポーツ・サークル・伝統
セントアンドリューズ大学には様々な伝統がある
[編集] 各学年の呼び方
一年生はBejant、二年生はSemi-Bejant、三年生はTertian、四年生はMagistrandと呼ばれる。
[編集] ガウンと角帽
学生は大学のセレモニーの際にキリストの血を象徴しているといわれる赤いガウンを着用し、院生は学士卒業の際の大学のガウンを着用することが勧められて居るが、セントアンドリューズ大学の修士ガウンを着用するものも多い。
それぞれの学年によってトレンチ・ハット(角帽)につける房の色が違う(一年・青、二年・赤、三年・黄、四年以降・黒)が1892年に初めて女性が大学に入学を許可された際に生徒が反対するためのデモとして彼らの角帽を海に投げ捨てたという伝統に則って、現在も男子生徒は角帽を被らない。
[編集] 殉教者のための礼拝
2月の最後の金曜日に1528年2月19日にプロテスタント初の殉教者、パトリック・ハミルトンとカトリックの殉教者、ジョン・オグルヴィーの為の礼拝が大学のチャペル、セント・サルヴェイター・チャペルであり、彼らの信じたものへの勇気を讃える。 パトリック・ハミルトンは信じるものの為に戦った勇敢な人物として語り継がれることが多いが、実際ハミルトンはイギリス王家の親戚であり、自分が殺されるとは露にも思っていなかったという説を大学のオルガン奏者、ウィリアム・スティーブン博士は支持している。
[編集] ディベーティング・ソサエティー
セントアンドリューズ大学のディベーティング・ソサエティーは1794年に設立されたオックスフォード大学、ケンブリッジ大学よりも古い、世界で一番古い学生のディベーティング・ソサエティーであり、その討論は1645年から1646年までスコットランド議会があったパーラメント・ホールで毎週行われている。
[編集] 主な出身者
[編集] 関連項目
ただし、スコットランドのセント・アンドリュースは「スコットランドの聖人たち」という意味で"St Andrews"と複数形を用いているが、桃山学院大学の"St. Andrew's"は「聖・アンデレの」という意味で、意味的には少々異なる。

