立命館大学
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| 立命館大学 | |
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衣笠キャンパス
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| 大学設置 | 1922年 |
| 創立 | 1900年 |
| 学校種別 | 私立 |
| 設置者 | 学校法人立命館 |
| 本部所在地 | 京都市中京区西ノ京朱雀町1 |
| キャンパス | 衣笠(京都府京都市北区) 朱雀(京都府京都市中京区) びわこ・くさつ(滋賀県草津市) |
| 学部 | 法学部 経済学部 経営学部 産業社会学部 国際関係学部 政策科学部 文学部 理工学部 情報理工学部 映像学部 薬学部 生命科学部 |
| 研究科 | 法学研究科 経済学研究科 経営学研究科 社会学研究科 国際関係研究科 政策科学研究科 公務研究科 文学研究科 応用人間科学研究科 言語教育情報研究科 テクノロジー・マネジメント研究科 先端総合学術研究科 理工学研究科 法務研究科 経営管理研究科 |
| ウェブサイト | 立命館大学公式サイト |
立命館大学(りつめいかんだいがく、英語: Ritsumeikan University)は、京都市中京区西ノ京朱雀町1に本部を置く日本の私立大学である。1922年に設置された。大学の略称は「立命大」「立命」が一般的だが、京都では「立大」という略称で呼ばれる事もある。また、最近では「Rits(リッツ)」とも呼ばれている。2008年度より「R」の略称も使用されている。
目次 |
[編集] 概観
[編集] 大学全体
「立命館」の由来は、孟子「盡心章(じんしんしょう)」にある「殀寿貳(ようじゅたが)わず、身を修めて以て之を俟(ま)つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」(人間の寿命は天命によって決められており、修養に努めてその天命を待つのが人間の本分である)から採られた。
[編集] 建学の精神
建学の精神は「自由と清新」となっている。また、教学理念は「平和と民主主義」である。
[編集] 学風および特色
第二次世界大戦前から戦中に掛けて、立命館大学は世相を反映して国家主義的傾向が強まっていった[1]。しかし、一方で滝川事件(立命館大学では「京大事件」と呼称)の際には同事件に連座して京都帝国大学を退官した教員を受け入れていた。終戦直後、同事件に連座し、京都大学から大阪商科大学へ移っていた末川博を学長へ招聘した。その末川を中心に大学の改革へ乗り出す。憲法と教育基本法を尊重して「平和と民主主義」を守ろうという末川の思想が中心となって、立命館大学は「民主的な学園運営」「自主的学習の尊重」の2本柱によって構成され、以下に記載する取り組みが現在の立命館大学に至るまで実施され続けている。末川が立命館大学に与えた影響は極めて大きく[2]、これらの功績を讃えて、同大学では末川を名誉総長として顕彰している。また、末川が構成した思想を「立命館民主主義[3][4]」と呼んでいる。
- 理事者・評議員・専任教職員・学生・生徒からなる全学代表による総長公選制(間接選挙)の導入(1949年開始)。
- 理事会・教授会・学友会・教職員組合などの全ての学園組織と学生の代表を加えた全学協議会制度を創設し、学園運営の重要事項の合意を形成する(建物の建設などにおいては、机や椅子の配置から教室の大小まで協議を行う。1949年創設)。
- 「社会に開かれた大学」を目指した市民を対象とした立命館土曜講座などの公開講座の開催(1946年開始)。
- 学部長(及び附属学校校長)の学園常務理事の兼任。
[編集] 沿革
[編集] 略歴
1869年、 西園寺公望は私塾立命館を創設した。しかし、京都府庁(太政官留守官)の差留命令により1年弱で閉鎖された。西園寺の秘書官であった中川小十郎は、西園寺の意志を継ぎ、1900年に向学心を持つ勤労青年のために勉学の機会を与えるとともに京都帝国大学教員の経済支援を兼ねた夜間学校として京都法政学校を設立し、上京区東三本木丸太町にあった料亭清輝楼(後の吉田屋)を仮の校舎とした。
他方、1889年に、京都法学校(きょうとほうがっこう)が、京都府京都市下京区寺町通四条下ル大雲院内に設立されている。これは、法律学および経済学を教授することを目的に設立された私立学校で、校主には司法省学校卒業後、京都始審裁判所に勤務した山崎恵純が就任。この他、名誉員に京都府知事、大審院評定官、京都始審裁判所所長、同検事、京都府警部長らが就いた。しかし、その後、入学希望者の増加に対応しきれなくなり、京都法政学校に事実上引き継がれた。山崎恵純は引き続き京都法政学校の教授を務めた。
現在の立命館大学は、直接的には京都法政学校が大本の教育機関となり、立命館大学では、教育機関としては1900年を創立年としている。しかし、中川が西園寺の設立した私塾立命館の後継として京都法政学校を創設したこともあり、源流は私塾立命館に置いている。また、京都法学校の遺産も継承していると言える。
[編集] 西園寺公望との関係
私塾立命館の閉鎖をたいそう残念に思っていた西園寺公望は、同私塾の復興を誓う。その意志を継いだのが西園寺の秘書官、中川小十郎だった。 自分の意志を継いだ中川に西園寺は協力を惜しまず、自らの政治的人脈を生かし、様々な形での支援を行った。西園寺の庶弟末弘威麿が学園幹事に就任、同じく実弟の住友財閥当主徳大寺隆麿(住友友純)は大口の寄付を行った。また西園寺家家紋である「左三つ巴」の旗を立命館学園が使用することを許可しており実際に使用されていた。また大学昇格に必要な書籍を寄付するなど、ハードウェア的な支援も行っている。また満州国皇帝溥儀は立命館に巨額の寄付を行っているが、これも西園寺公望の人脈によるものである。(衣笠キャンパスは溥儀の寄付により作られた)
中川が「立命館」の名称を用いる事を西園寺公望に申し出た際には『立命館』の名称と精神の継承(立命館の再興)を大層喜び『立命館と由緒』の大扁額を与えた。後に西園寺は「余が建設せる立命館の名称と精神を継承せる貴学」と現在の立命館大学の事を述べており、彼の作った立命館が再興し、受け継がれている事を喜んだ(原文:「明治ノ初メニ於イテ余ガ建設セル立命館ノ名称ト精神ヲ継承セル貴学ガ益々発展シテ国家ノ進運ニ貢献スルコト大ナルベキヲ祈ル」(昭和10年・1935年))[5]
西園寺は専門学校令によって創立した京都法政大学が大学令による大学への昇格条件を満たすために多数の書籍を寄付している。これらの書籍は、現在も「西園寺文庫」として保存されている。なお、一回目の寄贈は1925年5月に行われ、英仏書187冊[6]であった。その後、1930年10月16日に和漢書約300冊[7]、1938年6月には西園寺家伝来の和綴本739部881冊[8]の寄贈が為された。この和綴書には、宮中儀式、有職故実関係、改元記録、和歌関係などの貴重文書が含まれている[9]。そして1940年5月に行われた最後の寄贈は和漢書6,671冊にもおよび、西園寺公望が特に愛読していたと思われるものが大量に含まれている[10]のが特徴である。 1932年、83歳になった西園寺は人生最後の京都訪問を行う。その際、立命館大学広小路校地を訪問先に選んだ。9月22日の朝、京都市上京区にある立命館大学広小路学舎を訪れた西園寺は、校舎ホールに飾ってある自筆の『立命館』の扁額に気が付くとしばらく目を留めたといわれている(出典:『京都日出新聞』1932年9月23日夕刊、文春新書「元老西園寺公望」)。
こうした状況から西園寺公望が没した1940年に財団法人立命館は、西園寺公望を「学祖」と取り決めた。そのため、西園寺家との関係は、学校法人立命館のみならず、立命館大学とも続いており、大学の行事に西園寺家の人々が出席している。
[編集] 年表
- 1869年(明治2年) - 西園寺公望が私塾立命館を創立
- 1870年(明治3年) - 京都府庁(太政官留守官)の差留命令により私塾立命館閉鎖
- 1889年(明治22年) - 京都法学校設立
- 1900年(明治33年) - 中川小十郎が京都法政学校を設立。京都法学校を吸収
- 1901年(明治34年) - 西園寺公望の実弟・住友友純からの寄付などで、ようやく広小路(上京区清和院口寺町東)に校舎を新築。
- 1902年(明治35年) - 校外生制度、出版部設置。講義録発行
- 1903年(明治36年) - 専門学校令による「私立京都法政専門学校」に組織変更。東方語学学校設置。
- 1904年(明治37年) - 専門学校令による「私立京都法政大学」の設立。大学部(法律学科・経済学科・予科)-昼間制、専門学部(法律科、行政科、経済科、高等研究科)-夜間制を設置。初代学長に富井政章が就任。
- 1905年(明治38年) - 西園寺公望が1869年(明治2年)に創設した私塾立命館の名称継承の許諾を得るとともに、西園寺直筆の「立命館」の3文字を大書、75文字のゆかりを付記した大扁額を寄贈される。
- 1913年(大正2年) - 財団法人立命館設立、「私立立命館大学」に改称。初代館長に中川小十郎が就任。財団法人設立祝賀校友大会を京都・円山左阿弥において開催。校旗並びに制服、制帽制定。
- 1914年(大正3年) - 私立電気工学講習所開設(理工学部の前身)。
- 1915年(大正4年) - 図書館開設
- 1917年(大正6年) - 司法試験受験希望者のために特別研究科設置。
- 1919年(大正8年) - 私立立命館大学を立命館大学と改称。創立20周年記念校友会を開き全国校友会結成。
- 1920年(大正9年) - 雉本朗造学監を所長として附属日本法律研究所を大阪に設立。緊急校友大会、大学令による大学への昇格運動決議、大学昇格基本金募金開始。
- 1922年(大正11年) - 大学令による立命館大学設置。法学部(法律学科・経済学科)、研究科、予科、専門学部(法律科、経済科)を併設。
- 1925年(大正14年) - 図書館を立命館文庫と改称し開館。
- 1926年(昭和元年) - 立命館大学出版部設置。養性館竣工(広小路)。
- 1927年(昭和2年) - 専門学部に文学科・商学部・予科3年制(昼間部)設置。尽心館(広小路)竣工。
- 1928年(昭和3年) - 専門学部に商学科設置。法学部を法経学部に改組し、法律学科・経済学科の他に商学科を増設。初代存心館(広小路)竣工。学生が京都御所の警護を目的とした「禁衛隊」を発足させる(終戦後、解体)。
- 1929年(昭和4年) - 上賀茂グラウンド完成。記念全学運動会開催。大学及び予科の夜間制度開設。予科の夜間授業開始。
- 1930年(昭和5年) - 法経学部商学科開設。
- 1931年(昭和6年) - 大学夜間部開講。総長制施行。近衛秀麿へ委嘱の校歌作曲完成。
- 1932年(昭和7年) - 西園寺公望が来校(立命館・寺町広小路校地)。総長の案内で中央講堂、教室、研究室などを視察(9月22日)。
- 1933年(昭和8年) - 滝川事件発生(立命館大学では「京大事件」と呼称)。辞職した京都帝国大学法学部教授・助教授17名を招聘。専門学部に高等商業科設置。
- 1936年(昭和11年) - 初代中川会館(広小路)竣工。
- 1938年(昭和13年) - 西園寺文庫創設。立命館高等工科学校を開設。
- 1939年(昭和14年) - 愛新覚羅溥儀より50万円の寄付を受け、そのうち20万円で衣笠に約6万坪の土地を購入[11]。立命館高等工科学校を立命館日満高等工科学校に改組し、現在の衣笠キャンパスに開校。
- 1940年(昭和15年) - 学祖西園寺公望敬仰決議。
- 1941年(昭和16年) - 校章が現在のデザイン(金色の立命に、銀色の大学)になる。法経学部を法文学部(法政学科・文学科)に改め、専門学部も改組(法政学科・文学科・高等商業科)石原莞爾陸軍中将を所長に迎えて国防学研究所を設置(戦後、解体)。
- 1942年(昭和17年) - 立命館日満高等工科学校が専門学部工学科に昇格、専門学部に理学科増設。加古祐二郎教授旧蔵の法律書7,181冊の寄贈を受けて加古文庫創設。立命館同学会会則制定。
- 1944年(昭和19年) - 立命館専門学校に改組。
- 1945年(昭和20年) - 授業再開。立命館学友会結成。立命館研究所創設。
- 1946年(昭和21年) - 立命館土曜講座が開設される。
- 1947年(昭和22年) - 立命館教職員組合結成。
- 1948年(昭和23年) - 学校教育法による新制大学へ移行、法学部・経済学部・文学部(4学科6専攻)の3学部(一・二部)を設置。立命館研究所を人文科学研究所に改組。衣笠球場竣工。
- 1949年(昭和24年) - 総長選挙規定制定。全学の代表による総長公選制度の導入。全学協議会制度の創設。新制理工学部を設置(数学物理学科・化学科・電気工学科・機械工学科・土木工学科)。文学部棟第二新館(広小路)竣工。
- 1950年(昭和25年) - 大学院設置。修士課程(法学研究科・経済学研究科・文学研究科)。大学院棟(広小路)竣工。大学協議会設置。鴨川運動場竣工。
- 1951年(昭和26年) - 財団法人立命館から学校法人立命館に組織変更。わだつみ像を建立。
- 1952年(昭和27年) - 立命会館(広小路学生会館)竣工。
- 1953年(昭和28年) - わだつみ像建立除幕式。『立命館創立五十年史』刊行。研心館、興学館(広小路)竣工。
- 1954年(昭和29年) - 二代目存心館(広小路)竣工。理工学部3号館(衣笠)竣工。立命館短期大学廃止。
- 1955年(昭和30年) - 理工学研究所設立
- 1956年(昭和31年) - 理工学部2号館(衣笠)竣工。地方入試を開始(札幌市、名古屋市、広島市、福岡市)。
- 1957年(昭和32年) - 末川博総長所蔵の法律書12,000余冊の寄贈を受けて末川文庫創設。清心館、尚学館(広小路)竣工。
- 1958年(昭和33年) - 体育館(鴨川畔)。敬学館(広小路)竣工。
- 1961年(昭和36年) - 有心館(広小路)竣工。理工学部4号館(現在の衣笠キャンパス 有心館)竣工。
- 1962年(昭和37年) - 経営学部設置。恒心館(広小路)竣工。『読売テレビ大学講座』放送開始。立命館大学生協同組合設立。
- 1963年(昭和38年) - 理工学部5号館(現・興学館)竣工。
- 1964年(昭和39年) - 経営学部二部設置。
- 1965年(昭和40年) - 産業社会学部設置。経済学部・経営学部が衣笠キャンパスへ移転。以学館(衣笠)竣工。理工学部6号館(現・恒心館)竣工。
- 1966年(昭和41年) - 立命館土曜講座1,000記念大講演会開催。修学館(衣笠)竣工。
- 1967年(昭和42年) - 図書館(衣笠)竣工。
- 1969年(昭和44年) - 寮連合、中川会館封鎖。全共闘によるわだつみ像破壊事件が起きる。第一体育館(衣笠)竣工。
- 1970年(昭和45年) - 産業社会学部が衣笠キャンパスへ移転。学而館(衣笠)竣工。学部長選挙規程制定。柊野総合グラウンド竣工。わだつみ像再建除幕式開催。滋賀県に蓬萊セミナーハウス竣工。
- 1971年(昭和46年) - 公費助成推進のための立命館大学連絡協議会結成。長期計画委員会発足。
- 1973年(昭和48年) - 学生会館(衣笠)竣工。
- 1977年(昭和52年) - 清心館(衣笠)竣工。
- 1978年(昭和53年) - 文学部・二部全学部が衣笠キャンパスへ移転。
- 1979年(昭和54年) - 学園本部が衣笠キャンパスへ移転。二代目中川会館(現・至徳館)竣工。研心館(衣笠)竣工。
- 1980年(昭和55年) - 平野会館開館。
- 1981年(昭和56年) - 法学部が衣笠キャンパスへ移転し、全学移転完了。広小路学舎閉校祭典開催。存心館(衣笠)竣工。第二体育館(衣笠)竣工。
- 1982年(昭和57年) - 副学長制設置。原谷グラウンド竣工。
- 1983年(昭和58年) - 末川記念会館竣工。
- 1987年(昭和62年) - 理工学部に情報工学科を増設。西園寺記念館竣工。
- 1988年(昭和63年) - 国際関係学部を西園寺記念館に設置。国際地域研究所を設立。国連寄託図書館の運営を受託。理工学部4号館(現・洋洋館)竣工。尚学館(衣笠)竣工。
- 1989年(平成元年) - 国際言語文化研究所を設立。尽心館(衣笠)竣工。
- 1990年(平成2年) - 教育科学研究所を設立。明学館(衣笠)竣工。
- 1991年(平成3年) - 立命館・UBCジョイントプログラム実施。
- 1992年(平成4年) - アメリカ合衆国のアメリカン大学との間で「立命館大学・アメリカン大学・大学院共同学位プログラム」を開始。カナダのブリティッシュコロンビア大学に「立命館・UBCハウス」設立。大学院国際関係研究科を設置。国際平和ミュージアムを設立。「アカデメイア立命21」(学生セミナーハウス)を設置。立命館大学国際平和ミュージアム開設。
- 1993年(平成5年) - 立命館大学けいはんなセンター開設(関西文化学術研究都市)。
- 1994年(平成6年) - 滋賀県に「びわこ・くさつキャンパス」 (BKC) を設置し、理工学部を全面移転。理工学部に生物工学科、環境システム工学科、情報学科を設置。衣笠キャンパスに政策科学部を開設。校章とは別の全学園シンボルマークとして「Rits」を制定(2000年(平成12年)6月23日商標登録)。南部陽一郎客員教授(2008年ノーベル物理学賞受賞)が南部陽一郎研究奨励金創設。
- 1995年(平成7年) - ヨーロッパ審議会寄託図書館を設置。立命館大阪オフィスを開設。
- 1997年(平成9年) - 大学院政策科学研究科を設置。
- 1998年(平成10年) - 経済学部・経営学部をびわこ・くさつキャンパスに移転。文理総合インスティテュート開設。
- 1999年(平成11年) - アート・リサーチセンター設立。立命館東京オフィスを開設。
- 2000年(平成12年) - 国際インスティテュート開設。理工学部に数理科学科・物理科学科を設置。びわこ・くさつキャンパスに「立命館大学ローム記念館」を設置。化学科、生物工学科をそれぞれ応用化学科、化学生物工学科に名称変更。人間科学研究所を設置。『立命館百年史』を刊行。
- 2001年(平成13年) - 文学部心理学科を設置。文学部哲学科に教育人間学専攻を設置。理工学部光工学科を電子光情報工学科に名称変更。産業社会学部に人間福祉学科を設置。大学院応用人間科学研究科を設置。大学院理工学研究科フロンティア理工学専攻を設置。びわこ・くさつキャンパスに「エポック立命21」(セミナーハウス)を設置。創思館(衣笠)竣工
- 2002年(平成14年) - 言語習得センター:Center for Language Acquisition (CLA) を設置。ランゲージセンター(衣笠)竣工。大学院経営学研究科にプロフェッショナルコースを設置。
- 2003年(平成15年) - 大学院言語教育情報研究科、先端総合学術研究科を設置。
- 2004年(平成16年) - 理工学部情報学科が情報理工学部に昇格。大学院法務研究科(法科大学院)開設。文学部を人文学科と心理学科の2学科制に再編。理工学部に電子情報デザイン学科、マイクロ機械システム工学科、建築都市デザイン学科を増設。理工学部土木工学科を都市システム工学科に名称変更。敬学館(衣笠)竣工。
- 2005年(平成17年) - テクノロジー・マネジメント研究科(MOT大学院)開設。びわこ・くさつキャンパスに「セントラルアーク」(学生交流施設)を設置。「大学行政研究・研修センター」開設。白川静記念東洋文字文化研究所開設。
- 2006年(平成18年) - 大学院経営管理研究科を設置。経済学部に国際経済学科、経営学部に国際経営学科を設置。文学部の全学科を人文学科として統合。朱雀キャンパス開設。新「中川会館」竣工(これに伴い衣笠キャンパスの旧「中川会館」を「至徳館」に名称変更)。歴史都市防災研究センター(衣笠)竣工。「立命館憲章」制定。
- 2007年(平成19年) - 映像学部を設置。充光館(衣笠)竣工。大学院公務研究科を設置。産業社会学部を現代社会学科に学科再編。既存の東京オフィスとは別に、JR東京駅前のサピアタワーに東京キャンパスを開設。校章およびシンボルマーク「Rits」とは別に、立命館憲章の理念を込めた全学園コミュニケーションマーク「R」を制定。BKCグリーンフィールド完成。入試情報提供等のサービス拠点「立命館プラザ」を、福岡市・神戸市・名古屋市・札幌市に開設。
- 2008年(平成20年) - 育友館(衣笠)竣工。生命科学部・薬学部を設置。立命館グローバル・イノベーション研究機構(GIRO)開設。毎日新聞の指摘によって私立大学等経常費補助金目的とした特別転籍問題が明るみになった。
- 2009年(平成21年) - 至徳館(衣笠)2階に「立命館プラザ京都」を開設。
- 2010年(平成22年) - BKCにスポーツ健康科学部(仮称)を設置予定。
[編集] 基礎データ
[編集] 所在地
[編集] 象徴
[編集] 組織および研究
[編集] 組織
[編集] 学部
- 法学部
- 法学科
- 文学部
- 人文学科
- 哲学専攻
- 教育人間学専攻
- 日本文学専攻
- 中国文学専攻
- 英米文学専攻
- 日本史学専攻
- 東洋史学専攻
- 西洋史学専攻
- 地理学専攻
- 心理学専攻
- 京都学プログラム
- 言語コミュニケーションプログラム
- 人文学科
- 産業社会学部
- 現代社会学科
- 現代社会専攻
- メディア社会専攻
- スポーツ社会専攻
- 子ども社会専攻
- 人間福祉専攻
- 現代社会学科
- 国際関係学部
- 国際関係学科
- 政策科学部
- 政策科学科
- 映像学部
- 映像学科
- 経済学部
- 経済学科
- 経済戦略コース
- ヒューマン・エコノミーコース
- 国際経済学科
- 経済学科
- 経営学部
- 経営学科
- 経営戦略系
- アントレプレナー系
- アカウンティング・ファイナンス系
- 国際経営学科
- 経営学科
- 理工学部
- 数学物理系
- 数理科学科
- 数学コース
- 情報数理コース
- 物理科学科
- 数理科学科
- 応用化学系
- 応用化学科 - 2008年度より生命科学部応用化学科に移設
- 化学生物工学科 - 2008年度より生命科学部生物工学科に移設
- 電子システム系
- 電気電子工学科
- 電子光情報工学科
- 電子情報デザイン学科
- 機械システム系
- 機械工学科
- ロボティクス学科
- マイクロ機械システム工学科
- 環境都市系
- 都市システム工学科
- 環境システム工学科
- 建築都市デザイン学科
- 数学物理系
- 情報理工学部
- 情報システム学科
- 情報コミュニケーション学科
- メディア情報学科
- 知能情報学科
- 生命情報学科 - 2008年度より生命科学部生命情報学科に移設
- 生命科学部(2008年開設)
- 応用化学科
- 生物工学科
- 生命情報学科
- 生命医科学科
- 薬学部(2008年開設)
- 薬学科
1990年代までは当時あった大半の学部に第二部(夜間部)があったが、現在は廃止された。立命館大学第二部は他大学と異なり、入学試験の受験資格が本来の目的である勤労学生もしくは社会人に限定され、さらに、入学後の第二部から第一部へ移る制度も設けていなかった[12]。
[編集] インスティテュート
立命館大学ではインスティテュートという制度を設けて教育の支援を行っている。インスティテュートという制度下では、学生の学籍は所属する学部学科にあるが、実際には卒業の基準や必修も全てインスティテュートの枠組みの中で行われることになる。こうした制度のため、卒業した学生の肩書きは「○○学部○○学科○○インスティテュート卒業」となる。インスティテュート所属生の選抜は入学試験で行われる。
- 人文総合科学インスティテュート
- 総合プログラム
- 国際プログラム
- 学際プログラム
- 言語文化領域
- 芸術表象領域
- 歴史人類領域
- 国際インスティテュート
- 国際法務プログラム
- 国際公共プログラム
- 国際社会プログラム
- 国際福祉プログラム
- 文理総合インスティテュート
- ファイナンス・情報・インスティテュート
- 環境・デザイン・インスティテュート
- サービス・マネジメント・インスティテュート
[編集] 大学院
- 法学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 法学専攻
- 研究コース
- リーガル・スペシャリスト・コース
- 法政リサーチ・コース
- 法学専攻
- 経済学研究科
- 経済学専攻(博士前期課程)
- 経済理論・政策コース
- 税理・財務コース
- Master's Program in Economic Development
- 経済学専攻(博士後期課程)
- 経済学専攻(博士前期課程)
- 経営学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 企業経営専攻
- 社会学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 応用社会学専攻
- 現代社会研究領域
- 人間福祉研究領域
- 国際社会研究領域
- 応用社会学専攻
- 国際関係研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 国際関係学専攻
- グローバル・ガバナンスプログラム
- 国際協力開発プログラム
- 多文化共生プログラム
- Global Cooperation Program
- 国際関係学専攻
- 政策科学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 政策科学専攻
- 公共政策クラスター
- 環境開発クラスター
- 社会マネジメントクラスター
- 政策科学専攻
- 公務研究科|公共政策大学院(修士課程)
- 公共政策専攻
- 文学研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- 哲学専修
- 教育人間学専修
- 心理学専修
- 日本文学専修
- 中国文学・思想専修
- 英米文学専修
- 日本史学専修
- 東洋史学専修
- 西洋史学専修
- 地理学専修
- 総合人文学専修
- 博士前期課程併設コース
- 研究者養成コース
- 高度技能展開コース
- 高度教養人養成コース
- 応用人間科学研究科(修士課程)
- 応用人間科学専攻
- 臨床心理学領域
- 対人援助学領域
- 応用人間科学専攻
- 言語教育情報研究科(修士課程)
- 言語教育情報専攻
- 英語教育学プログラム
- 日本語教育学プログラム
- 言語情報コミュニケーションコース
- 言語教育情報専攻
- 先端総合学術研究科(一貫制博士課程)
- 先端総合学術専攻
- 公共領域
- 生命領域
- 共生領域
- 表象領域
- 先端総合学術専攻
- 理工学研究科
- 基礎理工学専攻(博士前期課程)
- 数理科学コース
- 物理科学コース
- 創造理工学専攻(博士前期課程)
- 応用化学コース
- 電子システムコース
- 機械システムコース
- 環境都市コース
- 先端融合科学コース
- 情報理工学専攻(博士前期課程)
- 計算機科学コース
- 人間情報科学コース
- 生命情報科学コース
- 総合理工学専攻(博士後期課程)
- フロンティア理工学専攻(一貫制博士課程)
- 国際産業工学特別プログラム
- 基礎理工学専攻(博士前期課程)
- テクノロジー・マネジメント研究科(博士前期課程・博士後期課程)
- テクノロジー・マネジメント専攻
- 法務研究科|法科大学院(専門職学位課程)
- 法曹養成専攻
- 先端・企業法務プログラム
- 国際・公共法務プログラム
- 生活・人権法務プログラム
- 法曹養成専攻
- 経営管理研究科(専門職学位課程)
[編集] 附属機関
- 衣笠総合研究機構
- 人文科学研究所
- 金融・法・税務研究センター
- 国際地域研究所
- コリア研究センター
- 国際言語文化研究所
- 人間科学研究所
- アート・リサーチセンター
- 地域情報研究センター
- 東北アジア地域研究センター
- 白川静記念東洋文字文化研究所
- 人文科学研究所
- BKC社系研究機構
- 社会システム研究所
- 研究センター群
- 経営戦略研究センター
- ファイナンス研究
- 総合理工学研究機構
- 理工学研究所
- 研究センター群
- エコ・テクノロジー研究センター
- ナノマシンシステム技術研究センター
- スポーツ・健康産業研究センター
- 先端ロボティクス研究センター
- 先端材料技術研究センター
- 糖鎖工学研究センター
- びわこ環境研究センター
- 未踏領域半導体ナノエレクトロニクス研究センター
- 機能材料化学研究センター
- スーパーヒューマン知能システム研究センター
- 技術経営戦略研究センター
- 防災システム研究センター
- SRセンター
- VLSIセンター
- COE推進機構
- 放射光生命科学研究センター
- 歴史都市防災研究センター
- 新領域創造研究センター
- サスティナビリティ学研究センター
[編集] 附属図書館
立命館大学蔵書数(附属研究機関含む/2007年度末時点)は、2,614,637冊(和漢書1,788,087冊、洋書826,550冊)[13]。APUライブラリー(立命館アジア太平洋大学)蔵書数は含まない。
- 衣笠キャンパス
- 衣笠図書館
- 修学館リサーチライブラリー
- 人文系文献資料室
- びわこ・くさつキャンパス(BKC)
- メディアセンター
- メディアライブラリー
- 朱雀キャンパス
- 朱雀リサーチライブラリー
[編集] 博物館
[編集] 西園寺文庫
西園寺文庫は、図書館内にある文庫。西園寺家伝来の貴重な資料のほか、西園寺公望自身が収集した資料を含む。総冊数13,072[14]。
西園寺文庫の資料は、西園寺公望が生前4回に渡って立命館大学に寄贈した資料を中心に構成されており、その前身は1938年同校に設置された「西園寺公文庫」である。一回目の寄贈は1925年5月に行われたが、これは立命館大学(旧制)が大学昇格条件を満たすために整備した立命館文庫に対して記念寄贈されたもので、英仏書187冊であった。その後、1930年10月16日に和漢書約300冊、1938年6月には西園寺家伝来の和綴本739部881冊の寄贈が為された。この和綴書には、宮中儀式、有職故実関係、改元記録、和歌関係などの貴重文書が含まれている。そして最後、すなわち四回目の寄贈は1940(昭和15)年5月に行われている。この最後の寄贈資料は和漢書6,671冊にもおよび、西園寺公が特に愛読していたと思われるものが大量に含まれているのが特徴とされる。
[編集] 研究
[編集] 21世紀COEプログラム
21世紀COEプログラムとして、4件のプロジェクトが採択されている。
- 2002年
- 人文科学分野
- 京都アート・エンタテインメント創成研究
- 生命科学分野
- 放射光生命科学研究
- 情報、電気、電子分野
- マイクロ・ナノサイエンス・集積化システム
- 2003年
- 機械、土木、建築、その他工学分野
- 文化遺産を核とした歴史都市の防災研究拠点
[編集] グローバルCOEプログラム
グローバルCOEプログラムとして、3件のプロジェクトが採択されている。
- 2007年
- 人文科学分野
- 日本文化デジタル・ヒューマニティーズ拠点
- 学際・複合・新領域分野
- 「生存学」創成拠点
- 2008年
- 機械、土木、建築、その他工学分野
- 歴史都市を守る「文化遺産防災学」推進拠点
[編集] 教育
[編集] 採択されたプログラム
- 魅力ある大学院教育イニシアティブ
- 国際通用性を高めた言語教育専門家の養成
- 国際力を備えた技術系大学院生の育成
- ローカル・ガバナンスの政策実践研究
- プロジェクトを基礎とした人社系研究者養成
- 法科大学院等専門職大学院形成支援プログラム
- 国際貢献型<地球市民法曹>養成プログラム
- 大学・大学院における教員養成推進プログラム
- 学校教育臨床研修プログラムによる教員養成
- 派遣型高度人材育成協同プラン
- 文理連携型コーオプ教育
- 現代的教育ニーズ取組支援プログラム
- 映像文化の創造を担う実践的教育プログラム
- 琵琶湖で学ぶMOTTAINAI共生学
- 人文学的知の地域還元で変わる歴史都市京都
- IT人材育成のための実践的キャリア教育
- グローバル人材養成のためのキャリア教育
- 地域活性化ボランティア教育の深化と発展
- 産学協同アントレプレナー教育プログラム
- Japan and World Perspectives Program 仕事で英語が使える日本人の育成
- 大学教育の国際化推進プログラム
- 大学院留学生の入学前教育プログラムの開発
- 海外先進教育研究実践支援プログラム
- 特色ある大学教育支援プログラム
- 産官学地域連携による人材育成プログラム―京都地域におけるインターンシップの展開―
- ツイニングによる国際化への積極的取組
[編集] 立命館土曜講座
立命館土曜講座は、大学の社会的開放および生涯教育への対応として実施している無料公開講座。当時の学長であった末川が、提唱して開講されたもので、第一回目の講座は1946年3月31日に実施された。また、これに関連して、1962年から1965年にかけて、読売テレビと共同して『テレビ大学講座』を制作していた。現在は、衣笠キャンパスで実施している土曜講座のほかに、びわこ・くさつキャンパスで『立命館びわこ講座』、学校法人立命館の学校や事務所なども使用して公開講座が開催されている。
[編集] 留学
海外留学に関する教育プログラムが用意されている。詳細については他大学との協定に関する説明を多数含むため、留学協定を参照。
[編集] 学生生活
[編集] 部活動・クラブ活動・サークル活動
立命館大学には、学園祭などのイベントやサークル活動の他、クラス援助活動や大学との交渉といった自治活動などを統括する組織「立命館大学学友会」がある。
全員加盟制をとっており[15][16]、学生は学友会に加盟することで立命館大学の掲げる「全構成員自治」の一員となり、その代表は「全学協議会」などで教学やキャンパス高度化、学生生活、学費、学園の事業など大学の運営に関する議論に参加している。[17][18][19]
同組織には中央委員会や中央常任委員会の他、全学自治会(BKC自治会・各学部自治会・学術部・学芸総部を含む)、中央事業団体(応援団・放送局・新聞社・体育会)が存在する。
体育会や学術部・学芸総部に属する公認団体や同好会、任意団体の他にも、中央任意団体、登録団体といったサークルが存在する。このような課外活動の主な拠点は、学生会館(衣笠)およびセントラルアーク(BKC)、リンクスクエア(BKC)となる。また、体育会所属団体は各部の練習グラウンドにあるクラブハウスが活動の中心となる。
[編集] 学園祭
学友会が中心となって運営する立命館大学学園祭実行委員会の主催による「立命館大学学園祭」が、例年11月にびわこ・くさつキャンパス (BKC) で2日間、衣笠キャンパスで2日間の計4日間開催される。
来場者数は4日間でのべ約10万人[20]と公表されている。
学生文化の集大成を発表する場として、各課外活動団体やサークルによる一般企画や学園祭実行委員会や学園祭事務局による実行委員企画、模擬店、フリーマーケット、野外ステージ企画、プロタレントによるコンサートなど、多様な催しが行われる。
[編集] 新歓祭典
学友会が中心となって運営する立命館大学新入生歓迎実行委員会の主催による「新歓祭典」が、例年4月下旬にびわこ・くさつキャンパス(BKC)で1日間開催される。
新入生を歓迎する祭典として、各課外活動団体やサークルによる企画や新歓実行委員会や新歓事務局による企画、模擬店、野外ステージ企画など、様々な催しが行われる。
衣笠・BKC各キャンパスの全新入生の参加が推奨されており、歓迎の対象となる新入生が自ら小規模演習の各クラスから模擬店を出店することが恒例となっている。[21]
[編集] スポーツ
大学創立当初から文武両道ということでスポーツには力をいていたが、更に産業社会学部にスポーツ学科(スポーツ社会)を設けたことにより運動に長けた選手が入学し、アメリカンフットボール・女子駅伝等大学上げての強化が成功し各部実績をあげている。
- 立命館大学体育会硬式野球部は関西学生野球連盟に加盟している。立同戦(同立戦)は日本国内の大学野球ファンの間ではよく知られている。
- アメリカンフットボールのチームは立命館大学パンサーズという。創立当時は立命館大学グレーターズという名称だった。2009年1月現在、甲子園ボウルで6回、ライスボウルで3回の優勝を成し遂げた。
- 立命館大学体育会サッカー部は第53回全日本大学サッカー選手権大会で準優勝、第30回総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントで優勝した。
- 立命館大学ラグビー部は、関西大学ラグビーフットボールリーグに所属する。
[編集] 大学関係者と組織
[編集] 大学関係者組織
- 立命館大学の同窓会は「立命館大学校友会」と称し、立命館大学を卒業した者により構成される。
- 立命館大学には生活協同組合があり、「立命館生活協同組合」と称する。
- 立命館大学には保護者組織があり、「立命館大学父母教育後援会」と称する。
[編集] 大学関係者一覧
[編集] 施設
1998年まで経済・経営学部が基本学舎として使用。2000年からは産業社会学部の基本学舎として使用されている。以学館前の石畳は、かつて京都市電の路線の敷石に使用されていたものを移設したもの。
[編集] キャンパス
[編集] 衣笠キャンパス
- 使用学部:法学部、文学部、産業社会学部、国際関係学部、政策科学部、映像学部
- 使用研究科:法学研究科、文学研究科、社会学研究科、国際関係学研究科、政策科学研究科、応用人間科学研究科、言語教育情報研究科、先端総合学術研究科
- 使用附属施設:stub
- 交通アクセス:京福電気鉄道等持院駅
幕末の頃、現在の「衣笠キャンパス」およびその周辺には薩摩藩の藩兵調練場(小松原調練場)、弾薬庫、陣屋、勤番屋敷などを置く広大な緑地が広がっていた。明治維新の「鳥羽・伏見の戦い」では、この調練場の弾薬庫から大量の弾薬等が運び出されたと記録されている[22]。
昭和14年(1939年)、満州国皇帝・愛新覚羅溥儀が立命館に寄付した約50万円のうち20万円で衣笠山の麓に土地を購入し理工系学科の学舎を建設したのが現在の「衣笠キャンパス」の始まりである。等持院に隣接していることから、かつては「等持院学舎」と呼ばれていた。昭和20年代にはプロ野球「松竹ロビンス」が本拠としていた衣笠球場が現在の中央広場付近にあり、1954年まで「洋松ロビンス」の準本拠地球場として使用されていた[23]。
設立当初より文系学部を「広小路学舎(中京区)」に、理工系学部を「等持院学舎(現・衣笠)」に置くという棲み分けがなされていたが、戦後急速に増え続ける入学志願者に対応すべく、京都市右京区西院方面に約6万坪の土地を購入し教養学部を移転させるという「(立命館)緑の学園」構想が持ち上がった(「洛西に『文教地帯』生る - 立命大、西院へ進出」『京都新聞』一九五五年六月二五日付)。この構想は昭和32年(1957年)12月10日の学校法人立命館理事会で「現状では広小路、等持院を中心に充実をはかるべきである」という結論に達したため実現こそしなかったが、文系理系全学部を「衣笠キャンパス」に集約させるというその後の「衣笠一拠点政策」の契機となった。衣笠一拠点化は、昭和56年(1981年)に実現している。
現在の「衣笠キャンパス」周辺は、金閣寺、龍安寺、仁和寺、等持院などが点在する京都屈指の観光名所として知られる。キャンパス北側にはこれら名刹を結ぶ観光道路「きぬかけの路」が通る。中でも隣接する等持院の墓地には、室町幕府初代将軍・足利尊氏、5代将軍・足利義量、7代将軍・足利義勝ら武将に加え、日本映画界の巨人・牧野省三、衣笠貞之助、画家・山元春挙、木島桜谷、役者・尾上松之助らといった文化人のほか、学園創立者・中川小十郎も眠っている[24]。
衣笠キャンパスから北へ徒歩10分程度、金閣寺西部には西園寺記念館がある。飛び地の形で立地しているため「氷室キャンパス」と俗称で呼ばれることがあるが、これは公式なものではなく、衣笠キャンパスの一部である。付近一帯は元仁元年(1224年)に藤原公経が「西園寺」を建立した場所で、寺は西園寺家の家名の由来とされてことから立命館学園とはとりわけ縁の深い場所である。
BKC(びわこ・くさつキャンパス)と並べる必要がある際は、KIC(読み:キック)と略されることがある。
- 衣笠キャンパス施設
- 図書館(University Library)
- 図書館、マルチメディアルーム
- 存心館(Zonshinkan Hall)
- 法学部基本棟(学部事務室)、法学部ラウンジ、エクステンションセンター、マルチメディアルーム、食堂(存心館食堂)、ブックサービス、住まいさがしセンター
- 興学館(Kogakukan Hall)
- エクステンションセンター自習室
- 志学館(Shigakukan Hall)
- 保健センター、心理・教育相談センター
- 以学館(Igakukan Hall)
- 産業社会学部基本棟(学部事務室)、産業社会学部ラウンジ、多目的ホール、食堂(E-Platz、Food Shop)
- 研心館(Kenshinkan Hall)
- キャリアオフィス、学生オフィス、エクステンションセンター、スポーツ強化センター、学生サポートルーム、教務課
- 学而館(Gakujikan Hall)
- 大学院(事務室)、ボランティアセンター、障害学生支援室
- 有心館(Yushinkan Hall)
- 情報システム課、教室
- 西園寺記念館(Saionji Memorial Hall)
- 旧・国際関係学部基本棟、旧・法科大学院基本棟
- 清心館(Seishinkan Hall)
- 文学部基本棟(学部事務室)、文学部ラウンジ
- 啓明館(Keimeikan Hall)
- 文学部共同研究室、実験実習室
- 洋洋館(Yoyokan Hall)
- 政策科学部基本棟(学部事務室)、政策科学部学生ラウンジ、学部教員個人研究室、マルチメディアルーム
- 恒心館(Koshinkan Hall)
- 国際関係学部基本棟(学部事務室)、国際関係学部学生ラウンジ、IRラボ、学部教員個人研究室
- 諒友館(Ryoyukan Hall)
- 教室、食堂(諒友館食堂、Cafe Rosso、コンビニ「リッチェ」、できた停)
- 修学館(Shugakukan Hall)
- 教員個人研究室、人文社会リサーチオフィス、修学館図書館
- ランゲージセンター(Language Center)
- 言語教育センター、言語習得センター(CLA)、言語教育企画課
- 尽心館(Jinshinkan Hall)
- 教員個人研究室、マルチメディアルーム
- 明学館(Meigakukan Hall)
- 教室、衣笠国際センター、京都国連寄託図書館
- 尚学館(Shogakukan Hall)
- 個人研究室、教職支援センター
- 敬学館(Keigakukan Hall)
- 教室
- 至徳館(Shitokukan Hall)
- キャンパスインフォメーション、衣笠キャンパス事務課、教育開発支援課、高大連携課、役員室、会議室、立命館プラザ京都(入試情報提供等サービス拠点)
- 末川記念会館(Suekawa Memorial Lecture Hall)
- 末川名誉総長メモリアルルーム、松本記念ホール陪審法廷、会議室、百年史編纂室、白川静記念東洋文字文化研究所、レストラン「カルム」
- 第一体育館(Gymnasium 1)
- 入学センター、トレーニングルーム、道場
- 第二体育館(Gymnasium 2)
- 競技場、サークル部室
- 学生会館(Student Center)
- 学生施設、サークルボックス、練習ホール、小ホール(劇場)、「Cafe Junge」
- アート・リサーチセンター(Art Research Center)
- アカデメイア立命21(Academeia Ritsumei 21)
- 立命館大学国際平和ミュージアム、中野記念ホール、立命館孔子学院、衣笠セミナーハウス
- 歴史都市防災研究センター(Research Center for Disaster Mitigation of Urban Cultural Heritage)
- 展示ルーム、研究室
- いこいの広場研究棟(Research Labs)
- 国際関係学部後期博士課程共同研究室
- 創始館(Soshikan Hall - Human Research Center)
- カンファレンスルーム、独立研究科事務室
- アトリエ棟(Atrium)
- クレオテック(Creotech)
- 充光館(Jukokan Hall)
- 映像学部基本棟(学部事務室)、映像学部ラウンジ
- 図書館(University Library)
[編集] 衣笠キャンパスにある記念館
[編集] 末川記念会館
「末川記念会館」を参照
[編集] 西園寺記念館
1915 年(大正4年)、西園寺公望が神戸須磨逗留の際に作った墨蹟。学校法人立命館に寄贈されたオリジナルである。ことばは『禮記』からの引用。
「西園寺記念館」竣工と「国際関係学部」開設を記念して、学祖・西園寺公望のことば『學然後知不足』を贈るとともに、西園寺の思想を通して建学思想と教学理念を説くものである。現在は墨蹟とともに「至徳館」玄関ホールに掲げられている。
- 概要
- 西園寺記念館は、衣笠キャンパスから徒歩約10分のところに位置(北区衣笠氷室町9)し、京都市営バス「立命館西園寺記念館前バス停」下車徒歩すぐのところにある。記念館のある辺りは、元仁元年(1224年)に藤原公経が「西園寺」を建立した場所にあたり、寺は西園寺家の家名の由来とされている。衣笠キャンパスからは独立した飛び地に存在するが、学内では衣笠キャンパスの一部として認識されている(一部に「氷室キャンパス」という言いかたもあるが、公式なものではない)。
- 建築家・小林和彦により設計され、1988年に竣工。ギリシャ神殿風の威風堂々とした外観の校舎に西洋庭園を備え、緑に囲まれた落ち着いた環境にある。1991年にはそのデザインが評価され「京都市都市景観賞市長賞」を受賞している。上から見ると立命館の「命」の字に見えるといわれることがあるが、故意にそうデザインされたわけではない[25]。1988年に開設された国際関係学部の基本棟として使用されていたが、2000年に国際関係学部が恒心館へ移転されたため一時閉鎖。2003年には法科大学院基本棟として再び使用され始めたが、2005年に法科大学院が立命館大学朱雀キャンパスの中川会館(京都府京都市中京区)に移転したため再び閉鎖されているが、現在アカデメイア立命にある衣笠セミナーハウスが西園寺記念館に移転予定である。
- 敷地内には、かつて『駿河台邸』と呼ばれた西園寺邸宅(東京都千代田区神田)の庭園にあった石灯籠と庭石が寄贈され飾られているほか、館内ロビーには、名称の由来となった西園寺のレリーフ塑像(高さ67cm)が飾られている。このレリーフは、日展評議員議員で京都教育大学名誉教授の杉村尚によるもので、西園寺記念館の竣工を記念して制作されたものである。また記念館定礎石の題字は、住友銀行名誉会長の堀田庄三によって揮毫されたものである。
- 名称の由来
- 西園寺記念館の名称は、最後の元老にして自由主義者としても知られる西園寺公望公にちなむものである。これは学校法人立命館が、1940(昭和15)年の「学祖敬仰決議」以来、西園寺公望を学祖として敬仰しており、西園寺公のもつ国際性が国際関係学部の基本学舎の名称にふさわしいと考えられたからである。現在の立命館大学は、1900(明治33)年に中川小十郎らによって設立された京都法政学校が、西園寺公望が1869(明治2)年に京都御所内の私邸に開設した私塾立命館からその名称を受け継いで発展したものである。その後立命館学園は、西園寺公望から私塾立命館の「名称と精神」を継承するものと認められるとともに、直接間接の支援を受けて今日の発展に至っており、こうしたことが西園寺記念館の命名の背景にある。西園寺記念館の竣工と命名について学校法人立命館総長・谷岡武雄は次のような言葉を銘板に刻み学生に送っている。
明治二年(一八六九)秋九月、私邸に『立命館』を創始した西園寺公望は、長期にわたる海外生活の経験から国際感覚に優れ、先見性に富み、近代日本の政局に深くかかわってきた。ことに思想の自由と社会の平等を尊び、常に「世界の中の日本」を主張してやまなかった。 かかる学祖の思想は、本学の建学思想として教学理念の根底をなし、今日に至るまで脈々と受け継がれている。 昭和六三年(一九八八)春三月、西園寺家の発祥地である北山殿の址、すなわち現鹿苑寺(金閣寺)の傍に、国際社会に活躍しうる人材を養成するため、新に学舎を建設し、『西園寺記念館』と名付けることにした。ここに掲げる『禮記』から引用された墨蹟は、学祖が大正四年(一九一五)須磨逗留の折に作られており、学を志す人々に学問の深さを諭したものである。 新しい学舎において真理を探究し、幅広い教養をもち、調和のとれた国際人を目指して自己研磨に励む諸君に、このことばを送りたい。立命館総長 大学長 谷岡武雄
- 施設概要
- 地下1階地上3階建: 延5,380m²
- 竣工年: 1988年
- 食堂併設
- 受賞: 京都市都市景観賞市長賞(1991年)
[編集] 朱雀キャンパス
- 使用学部:なし
- 使用研究科:大学院法務研究科、公務研究科、経営管理研究科
- 使用附属施設:なし
- 交通アクセス:山陰本線(嵯峨野線)・京都市営地下鉄東西線二条駅
2006年9月開設。京都法政学校創設者である中川小十郎の姓を冠した中川会館の一棟で構成され、大学本部(学校法人立命館の本部機能も担う)も衣笠キャンパスの旧中川会館から移転した。平安京の朱雀大路にあたる千本通に面し、付近に朱雀院跡があること、朱雀第一学区に立地することが、キャンパス名の由来である。
[編集] 中川会館
[編集] 概要
学校法人立命館が、学園全体の総合的な連携を機能的かつ高度に遂行できる施設を目的に計画して建設した建物で、専門職大学院(法務研究科、経営管理研究科、公務研究科)、校友会本部などとともに学園学校法人本部も入居している。
中川会館の名称は、立命館大学の前身「京都法政学校」を創立した中川小十郎に由来する。現在の中川会館は3代目で、初代中川会館は、1936(昭和11)年に学園創立35周年と中川小十郎の長寿を記念して当時の広小路学舎に建設されたものである。1979(昭和54)年には、広小路学舎から衣笠キャンパスへの大学全面移転事業にともない、2代目の中川会館が衣笠キャンパスに竣工された。2代目会館は、2006(平成18)年9月まで主に学園本部機能を担う管理棟として利用されていたが、今回の3代目中川会館の竣工でその役割を終えた。現在、2代目中川会館は「至徳館」と名称を変更し、キャンパスインフォメーションセンター、会議室、生協購買部などが入る複合施設として機能している。
[編集] 特徴
近代京都建築を手本に設計され、外壁には輸入英国製煉瓦、屋根部分は緑青銅版、白壁部分はテラコッタ、建物土台部分には御影石が使用されている。また建物正面(東側)と裏側(西側)の壁部分には、白いデザイン陶板が貼られている。陶板のデザインは、建物正面側が立命館の校章が、建物裏側には「Rits(立命館シンボルマーク:商標登録番号: 4393342および4393343)」が彫刻されている。
会館正面(千本通側)の建物左上部には、学園コミュニケーションマーク「R」のロゴが2008年4月より掲示されている。それ以前はシンボルマーク「Rits」が掲示されていたが改修された。
会館南東部の屋上には、会館のシンボルとして「塔屋」が設けられている。塔の四面には、工芸ガラスを利用してデザインされた四神の図柄がはめ込まれており、北面に玄武、南面に朱雀、東面に青龍、西面に白虎が描かれ、夜にはこれらがライトアップされる。
1階正面玄関を入ると、創立者・中川小十郎の胸像に迎えられる。胸像の背後には、創立以来立命館学園を援助するとともに、学園の精神と名称を与えたことなどから学園の「学祖」として敬仰される西園寺公望公が揮毫した「立命館」の扁額のレプリカが掲げられている。現在、オリジナルの扁額は総長室に飾られているが、これは1905(明治38)年、京都法政学校が「立命館」の名称を継承することを許した西園寺公望から寄贈されたもので、「立命館」の三文字が力強く書かれている。
1階正面奥には「メモリアルホール」と呼ばれる空間があり、立命館学園の発展の歴史を伝えるパネルや映像を見ることができる。ホールには、学祖・西園寺公望の石膏像(直径約41センチ)も飾られている。これは、彫刻家・武石弘三郎が大正時代に手がけた西園寺公望の銅像をもとに複製されたものである。この銅像のオリジナルはもともと東京都神田駿河台の駿河台邸(西園寺邸)にあったが、関東大震災で破損してしまったものである。その後西園寺側近が破片から復元したものが静岡県清水市の清見寺で保管されていたことが判明。立命館がこれをもとに再度複製したものである。西園寺は自身の銅像・彫刻を残すことを嫌ったため[26]、完全な立体像としては清見寺のものを除き、これ以外に残っていないとされる。なお、衣笠キャンパス西園寺記念館の1階ホールにも、杉村尚が作製した西園寺のレリーフ塑像が飾られてあるが、これはほぼ平面に近い。
4階、5階部には全472席の大ホールがあり、シンポジウムやイベントに利用されている。
[編集] 旧中川会館
- 初代・中川会館
初代中川会館は、1935年に立命館学園創立35周年と学園創設者・中川小十郎の長寿を祝って広小路校地に建設された。もともと立命館大学校友会評議員会は、盛大な記念祝賀会や中川小十郎の銅像建設などを予定していた。これを知った中川から、銅像建設や祝賀会に資金をまわすより、学園の施設を充実してほしいと要望があり、1935年1月12日の校友大会で「中川会館」の建設が決定された。中川会館の建設費用は寄付金によって賄われ、教職員、学生・生徒、学園縁故者の協力で総額73,970円81銭[27]が集まった。会館は1936年5月に着工され、同年12月13日に竣工。鉄筋三階建で陸屋根造り、モルタル吹き付けの白亜の外壁に、腰は人造石洗出で仕上げられた。建坪は85坪・280m²(延300坪・990m²)[28]で、地階は学生控室・食堂にあてられ、存心館に通じる地下通路があった。1階部分は出版部、職員室、学生研究室、2階は学長室、法学部研究室、文学科研究室、予科研究室、高等商業科研究室、3階は総長公室、校友集会室、特別講義室、応接室にあてられた。記念室には久邇宮邦彦王殿下から中川総長に下賜された自作の詩の御書と銅製花瓶、西園寺公望から寄贈された書、白川義則大将寄贈の天壌無窮の銘ある花瓶、総長が明治天皇御聖像に奉献された靖広作の神剣や師の御霊が陳列されたほか尾竹竹坡画伯の風俗画、大理石でできた西園寺公の肖像などが飾られていた。竣工式前日に西園寺公望から送られた「南天」、「山梔子」各30株ずつが会館玄関脇などに植樹された。
- 二代目・中川会館
二代目の中川会館は、1979年に衣笠キャンパスに竣工。同年、広小路校地から学園本部が移転した。地上4階、地下1階建で延面積は6,079.13m2。[29]総長室や学園本部などが入る学園管理棟として機能した。地階には生協購買部が入居していた。2006年、朱雀キャンパスに新・中川会館が完成すると同時に学園本部機能が移転し、旧中川会館は映像学部の講義などに利用されていた。その後、名称を「至徳館」と変更し、現在に至っている。
[編集] びわこ・くさつキャンパス
*使用学部:経済学部、経営学部、理工学部、情報理工学部、生命科学部、薬学部
滋賀県が整備を進める「びわこ文化公園都市」の一角に、1994年に開設されたキャンパス。愛称は"BKC"。延面積は611,078.32m2[30]の敷地は、滋賀県から無償で提供された。キャンパス内に設置されたクインススタジアムという陸上競技場の地下には木瓜原遺跡が完全保存されている。なお、クインス (quince) とは瓜のことで、木瓜原という遺跡の名称から採られた。びわこ・くさつキャンパスの西隣には、広さ延面積は45,590m2[31]の運動施設「BKCグリーンフィールド」がある。3階建てのクラブハウス、全面人工芝のラグビー競技場、アメリカンフットボール専用グラウンドなどがある。
近江鉄道バスが乗り入れており、大津営業所運営路線では学生専用のIC乗車券が使用出来る。また草津田上インターチェンジに隣接する利便性から、びわこ・くさつキャンパスとJR琵琶湖線大津駅を結ぶ直通短距離高速バスが近江鉄道バスにより、同キャンパスと京阪本線中書島駅を結ぶ直通短距離高速バス「立命館大学 (BKC) 線」が京阪京都交通と京阪宇治バスにより運行されている。
2004年にはBKCの開学10周年と産業社会学部創立40周年を記念して産業社会学部の4回生、倉木麻衣による「Rits倉木麻衣メモリアルライブ2004」が行われ、約2万5000人を集めた。
- びわこくさつキャンパスの施設
- アクロスウイング(Across Wing)
- BKC国際センター、国際交流ラウンジ、情報語学演習室、メディアラボ、メディアライブラリー、大学院共同研究室、教員個人研究室、人文社会リサーチオフィス、マルチメディアルーム
- アドセミナリオ(Ad-Seminario)
- 経済学部事務室、経営学部事務室、BKC教学課、共通教務課、教室
- コラーニングハウス I(Co-Learning House I)
- 情報処理演習室、情報語学演習室、教室
- コラーニングハウス II(Co-Learning House II)
- インスティテュート研究室、演習室、教室
- プリズムハウス(Prism House)
- 学びステーション、プリズムホール、情報語学演習室、情報処理演習室、教室
- クリエーションコア(Creation Core)
- 情報理工学部事務室、教員個人研究室、研究実験室
- リンクスクエア(Link Square)
- 生協食堂・書籍部、サークルスペース
- フォレストハウス(Forest House)
- 教室
- レクセル(Rexl)
- RI実験室
- ウエストウイング(West Wing)
- 理工学部の研究・実験室、教員個人・院生研究室、保健センター
- コアステーション(Core Station)
- キャンパスインフォメーション、総合理工学院事務室、BKCキャンパス事務課、教員個人研究室、役員室、会議室
- イーストウイング(East Wing)
- 理工学部の研究・実験室、教員個人・院生研究室
- メディアセンター(Media Center)
- 開架図書、新聞・雑誌閲覧室、マルチメディアルーム、グループ学習室、ゼミナールルーム
- ユニオンスクエア(Union Square)
- エクステンションセンター、キャリアオフィス、インターンシップオフィス、教職支援センター、生協食堂・ショップ、ホール
- 立命館大学ローム記念館(Ritsumeikan University Rohm Plaza)
- 大会議室、教員個人研究室、理工リサーチオフィス、コンサートホール
- テクノコンプレックス(Techno-Complex)
- 理工リサーチオフィス、SRセンター、産学連携ラボラトリー、ハイテクリサーチセンター、マイクロシステムセンター
- 立命館大学BKCインキュベータ(Ritsumeikan BKC Incubator)
- (独)中小機構による大学連携起業家育成施設(開発・実験・研究施設)
- 防災システムリサーチセンター(Research Center for Disaster Mitigation System)
- 理工学部・情報理工学部研究・実験室
- セル(Cel)
- 環境都市系の水理、風洞、土質、構造、材料に関する各実験室
- エクセル 3(Exl 3)
- 理工学部の研究・実験室
- ワークショップラボ(Workshop Lab)
- 機械工作室
- エクセル 2(Exl 2)
- 理工学部の研究実験室
- エクセル 1(Exl 1)
- 理工学部・情報理工学部の実験室
- 学術フロンティア共同研究センター(Frontier Research Center)
- 理工学部関係の研究・実験室、情報理工学部の実験室
- アクトα(Act α)
- サークルラボ
- BKCジム(BKC Gymnasium)
- 第一・第二アリーナ、トレーニングルーム、ミーティングルーム
- アスリートジム(Athlete Gym)
- トレーニングルーム、ミーティングルーム
- アスリートクラブハウス(Athlete Clubhouse)
- エクステンションセンター公認会計士オフィス・自習室
- アクトβ(Act β)
- アクトμ(Act μ)
- 音楽練習場
- ビーイングスクエア(Be-ing Square)
- エポック立命21(Epoch Ritsumei 21)
- 多機能型セミナーハウス
- セントラルアーク(Central Arc)
- 学生オフィス、スポーツ強化センター、学生サポートルーム、ボランティアセンター、サークルスペース、自治会施設
- 喫茶・グリル「シー・キューブ』(Cafeteria "C-Cube")
- 燃料電池研究センター(Office of Fuel Cell Reseach)
- キャノピー(Canopy)
- キャンパスインフォメーションセンター
- BKCグリーンフィールド、アスリートクラブハウス(BKC Green Field)
- アクロスウイング(Across Wing)
[編集] セントラルアーク
セントラルアーク(英語表記:CENTRAL ARC)は、学生交流施設。2005年2月竣工。竣工式は2005年3月23日。
学生の学びと成長を促進する施設として「交流」「伸長」「発信」をテーマに設定しており、ドリームクロスラウンジ、ステージ、サテライトブース、表現のジャングルジム、アカデミックワークショップ、作業ラボ、作業テラス、コンセプトルーム、プレゼンテーションスペース、ミーティングルーム、練習ブース、セントラルアクトオフィス(BKC自治会)、学生オフィス、スポーツ強化センターなどがある。
2000年12月6日に開催された「BKC自治会代表委員会総会」にて、学生交流施設の建設を短中期的課題として決議したのが始まり。
「学生交流施設」とは、既存の学生会館とは違う、正課・課外を問わない学生の交流の場を目指した新しいコンセプトの施設をイメージして、当時理工学部3回生の小木曽信吾が名づけた。
2001年には要望が具体化され、2003年度には学生署名約1万2000筆が集まった。これを受けて、2003年10月8日の立命館大学全学協議会にて建設が正式に決定した。
名称は公募され、919件の応募の中から猪狩大輔の作品が選ばれた。
大学の中心(セントラル)に建つ、弧(アーク)型の建物であることに由来する。
2008年6月20日、サンドイッチ・チェーン「サブウェイ」が1階にオープンした。
[編集] エポック立命21
セミナーハウス機能を持つ施設の建設は、びわこ・くさつキャンパス開設当初の1994年より学生がその必要性をあげていた。
1999年には学生による大規模な運動が行われたこともあり、建設を求める声が高まりを見せ、1999年秋に行われた建設を求める学生署名には実質7日間で9663筆が集まった。
これを受け、1999年10月6日に開催された立命館大学全学協議会では、全学的な議論を経て建設が正式に決定された。延面積6,019.92m2。[33]
建設にあたっては、設計当初より大学側と学生の代表であるBKC自治会との議論を重ねられ、当初の宿泊機能に加えてホール、茶室、スポーツハウスなど、当初計画に含まれていなかった機能が備えられることとなり、学生の声が取り入れられる形での建設となった。
名称は、立命館大学そしてBKCの新しい時代 ― EPOCH ― を創造する一歩として、5つのコンセプト、Exchange(交流)・Personality(個性)・Oasis(いこい)・Co-learning(学びあい)・Humanity(人間らしさ)を追求できる新時代のセミナーハウスを目指して、当時経営学部3回生の庄山由多加が名づけた[34]。
[編集] かつて存在したキャンパス
- 1901年に設置された広小路学舎は、敷地面積が2,200m²しかない手狭なキャンパスだった[35]。学園本部のほか、法学部、経済学部、文学部、経営学部、産業社会学部が置かれていたが、学園の拡大政策のもと衣笠キャンパスへの全学統合が計画され、昭和40年の経済・経営両学部移転を皮切りに順次各学部・研究科が移転。1981年にしんがりの法学部が移転を完了すると同時に広小路学舎は閉校した。現在広小路学舎があった場所には「立命館学園発祥の地」記念碑が建てられている。
[編集] 寮
[編集] 国内寮
立命館大学には、主に短期留学生用の学生寮が2棟ある。すべて一人部屋(ベッド・デスク備え付け)で、トイレ・バス完備。インターネット対応。共用のキッチン、ラウンジルーム、洗濯機・乾燥機、コンピュータールームなどを備える。約20の国、地域から集まる留学生が、BUDDY(バディ)と呼ばれる日本人学生ヘルパー、学校教員らとともに居住している。
- 京福電鉄「鳴滝駅」から徒歩5分、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線(嵯峨野線)「花園駅」から徒歩10分のところに位置する。収容人数53名。内訳は留学生49名、BUDDY(バディ、原則として最低1名は男性)2名、教員2名。寮費は月額36,000円(水光熱費含む)。建物面積1,661,19m²。
- 京都市バス26系統、59系統「ユースホステル前」バス停徒歩1分のところに位置する。旧嵯峨野セミナーハウスの敷地を利用して建設され2002年9月より利用が開始された。[36]収容人数37名。内訳は留学生34名、BUDDY(バディ)が1名、教員2名。Rits International House IIは、各部屋にバルコニー、冷蔵庫、トイレ、洗面台が備え付けられている。寮費は月額45,000円(水光熱費含む)。建物面積1,233.54m²。
[編集] 海外寮
- Ritsumeikan-UBC House (Vancouver, B.C., Canada)
- ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)キャンパス内に立命館UBCハウスと呼ばれる寮がある。
[編集] 立命館プラザ
2007年に立命館大学は、同学および立命館アジア太平洋大学の入試情報提供等のサービスを行う拠点として、「立命館プラザ」を設置した。地元京都・関西だけでなく、全国規模で入試情報等を提供する目的で設けられたもので、現在は福岡市・神戸市・名古屋市・札幌市の4都市にある。また2009年3月26日には、衣笠キャンパスの至徳館2階に、「立命館プラザ京都」が設置された。
[編集] サテライトキャンパス・オフィス
[編集] 対外関係
[編集] 海外大学・機関との協定
| 国名(地域名) | 協定校・機関数 |
|---|---|
| アルゼンチン | 4 |
| オーストラリア | 8 |
| オーストリア | 1 |
| バングラデシュ | 1 |
| ベルギー | 3 |
| ボツワナ | 1 |
| ブルガリア | 1 |
| カナダ | 7 |
| 中国 | 76 |
| コスタリカ | 1 |
| クロアチア | 1 |
| デンマーク | 3 |
| エクアドル | 1 |
| フィジー | 1 |
| フィンランド | 3 |
| フランス | 12 |
| ドイツ | 9 |
| ギリシア | 1 |
| ハンガリー | 2 |
| 国名(地域名) | 協定校・機関数 |
|---|---|
| アイスランド | 1 |
| インド | 6 |
| インドネシア | 10 |
| アイルランド | 1 |
| イタリア | 4 |
| ジャマイカ | 1 |
| 日本 | 3 |
| ヨルダン | 1 |
| カザフスタン | 1 |
| ケニア | 1 |
| 韓国 | 27 |
| キルギス | 1 |
| ラオス | 1 |
| リトアニア | 1 |
| マレーシア | 5 |
| メキシコ | 3 |
| モンゴル | 2 |
| オランダ | 3 |
| ニュージーランド | 5 |
| 国名(地域名) | 協定校・機関数 |
|---|---|
| ノルウェー | 1 |
| ペルー | 8 |
| フィリピン | 5 |
| ポーランド | 4 |
| ロシア | 2 |
| サモア | 1 |
| シンガポール | 3 |
| 南アフリカ | 1 |
| スペイン | 5 |
| スリランカ | 5 |
| スウェーデン | 5 |
| スイス | 1 |
| 台湾 | 10 |
| タイ | 9 |
| U.A.E | 1 |
| イギリス | 11 |
| アメリカ合衆国 | 41 |
| ベトナム | 11 |
| その他 | 2 |
[編集] 留学協定
[編集] 学部生留学協定
[編集] 共同学位プログラム協定
- アメリカン大学共同学位プログラム(AU-DUDP)
- 1992年にスタートしたプログラムで、DUDP(Dual Undergraduate Degree Program)と呼ばれる。立命館大学とアメリカン大学(ワシントンDC)が相互に単位を認定し合うことで、双方の学生が4年間で両校の学位(学士号)取得できる留学プログラムである。従って当該プログラム修了生は、立命館大学とアメリカン大学の両校の卒業資格を取得することができる。立命館大学からのプログラム参加生(派遣生)は原則として入学試験(アメリカン大学とのデュアル・ディグリー制度履修者選抜入試)で選抜され、1回生後期から3回生前期までの2年間をアメリカン大学で過ごすことになる。両校の学位を取得するためには、アメリカン大学で90単位以上を取得し、かつ現地所属学部の卒業要件を満たすことが条件となる。若干名ではあるが、毎年1回生を対象に当該プログラムへの参加募集が入試選抜枠とは別枠で行われる。選抜されれば共同学位プログラム派遣生としてプログラムへの参加が許される。全体の定員は最大で約30名(各年度)。ただし理工学部、情報理工学部、映像学部の学生は参加できない。
- サフォーク大学共同学位プログラム (SU-DUDP)
- マコーリー大学共同学位プログラム(MQ - DUDP)
[編集] プリティッシュ・コロンビア大学との留学協定
- 立命館・UBCジョイント・プログラム
- 1992年にスタートしたプログラムで、立命館大学の学生(主に2回生)約100名をカナダにあるプリティッシュ・コロンビア大学(UBC)に9ヶ月派遣するプログラム。帰国後、一定の条件を満たせばUBCでの取得単位を立命館大学の単位として認定することができるため、4年間で立命館大学を卒業することが可能。在学中は、現地にある寮(立命館UBCハウスなど)に入寮し、現地の学生と共同生活を行うこともできる。姉妹校の立命館アジア太平洋大学(APU)からも若干名の参加者がある。立命館大学で経営学を専攻する学生は、Sauder School of Businessの授業を受講、単位を取得することが可能。
- UBCサマーセッション・プログラム
- 立命館・UBCジョイント・プログラム修了生が、さらに滞在期間を延長し、UBCでの正規開講科目を受講できるプログラム。5月から6月の夏学期(Summer Session)に授業が行われるため、帰国後の復学は当該年度の後期(9月)からとなる。
- UBC2年目派遣プログラム
- 立命館・UBCジョイント・プログラムを優秀な成績で修了した学生を対象に選考が行われるプログラムで、参加者はさらに1年間現地で正規開講科目を受講することを許される。UBCの卒業資格(学士)は得られないが、帰国後取得単位を立命館大学の単位として認定することで、4年間で大学を卒業することができる。
[編集] 交換留学協定
立命館大学との間で学生交流協定を締結している海外の大学に、1学年間留学をするプログラム。2008年1月現在、世界18カ国・地域にある52の大学と協定を結んでおり、立命館大学から約140名の交換留学定員が認められている。
- 国際インスティテュート海外スタディ
- 国際インスティテュートが主催する全学部生対象の短期留学プログラム。春期休暇を利用して開催され、海外の大学で学ぶ「アカデミック・ラーニング」、国連本部やJICAなどで実践的な経験を積むことができる「フィールドワーク・ラーニング」、海外の日系企業やマスコミなどで学ぶ「インターンシップ・プログラム」の三種類がある。
- JWP交換留学制度
- 国際インスティテュート所属の学生で、希望する者はJWP交換留学制度への参加で得た単位を卒業要件に加えることができる。派遣先は、北米(米国・カナダ)・ヨーロッパ(アイルランド・スウェーデン)の大学で、現地の学校で最低24単位を取得する必要がある
- ISEP交換留学制度
- International Student Exchange Programの略。ISEP加盟大学との間で交換留学を実施している。加盟大学は米国大学のみ。
- その他の短期プログラム
- 1セメスター留学(年間600名以上が学ぶプログラム)
- ショートステイプログラム(毎年1,200名以上が学ぶ5週間程度のプログラム)
[編集] 大学院生留学協定
- 共同修士学位プログラム(DMDP)
- 日仏共同博士課程プログラム
- 交換留学制度
- 立命館大学との間で学生交流協定を締結している海外の大学院に、1学年間留学をするプログラム。2008年1月現在、世界18カ国・地域にある46の大学院と協定を結んでいる。
[編集] 留学生受け入れ協定
- 学部生
- 一般留学
- 「正規留学生」として日本人学生と同じプログラムを修了し卒業資格を得るもの。薬学部を除く全学部で実施されている。国際関係学部の定員は25名(前期・後期合計)。他の学部では若干名。受験者は立命館大学の指定する「日本留学試験」および面接試験と通して選抜される。国際経済学科および国際経営学科では、英語検定試験(TOEFL、TOEICなど)の受験が必須。
- アメリカン大学学部共同学位プログラム
- 立命館大学とアメリカン大学が相互に単位を認定し合うことで、双方の学生が4年間で両校の学位(学士号)取得できる留学プログラムである。1992年にスタートし、学内では通称DUDPと呼ばれる。
- 交換留学プログラム
- 立命館大学との間で学生交流協定を締結している海外の大学から、1年間留学生を受け入れるプログラム。2008年1月現在、世界18カ国・地域にある52の大学と協定を結んでいる。
- JWP交換留学制度
- 立命館大学国際インスティテュート所属生との交換留学制度。北米(米国・カナダ)の12大学およにヨーロッパ(アイルランド・スウェーデン)の2大学から留学生を受け入れるプログラム。
- ISEP交換留学制度
- International Student Exchange Programの略。ISEP加盟大学(米国の大学のみ)から留学生を受け入れている。
- 一般留学
- 大学院生
- 一般留学
- 「正規留学生」として日本人学生と同じプログラムを修了し大学院修了資格を得るもの。
- アメリカン大学大学院共同学位プログラム
- 立命館大学大学院とアメリカン大学大学院が相互に単位を認定し合うことで、双方の学生が4年間で両校の学位(修士号)取得できる留学プログラムである。1992年にスタートし、学内では通称DMDPと呼ばれる。
- Advanced Program in English(原則英語による開講のみ)
- Master's / Doctoral Program in International Technology & Management
- 学内ではIPAITとよばれ、博士前期課程および博士後期課程があり、授業は原則英語のみで行われる。前期課程の学年定員は約20名で、修了年数は2年。学生は三つのコース("Material-Energy Science and Engineering," "Civil, Environmental and Biological Engineering," "Information Science and Systems Engineering")のいずれかに所属する。授与される学位は、"Master of Science"または"Master of Engineering"である。後期課程の学年定員は最大5名。修了年数は原則3年。授与学位は"Doctor of Science"または"Doctor of Engineering"である。
- Global Corporation Program
- 学内ではGCPと呼ばれる国際関係研究科の留学生受け入れプログラムである。4月入学と9月入学があり、修士論文を加え合計30単位が修了要件である。修了年数は2年。当該プログラムの特徴は、3 - 6ヶ月の間、国際機関、政府機関、国際企業、非政府組織(NGO)、国内の地方公共団体などでインターンシップ生として参加することが可能なことである。また、1年間、アメリカン大学、オランダ国立社会科学大学院大学、またはグラナダ大学政治社会科学大学に留学することもできる。そこで得た単位を卒業単位認定することも可能。GCP修了生に授与される学位は、"Master's Degree in International Relations"である。
- Master's Program in Economic Development
- 通称MPEDと呼ばれる博士前期課程のみのプログラム。2002年に開設されたプログラムで原則的に授業は英語のみ。修了年数は2年で論文を含む32単位の取得が必要。授与される学位は、"Master's Degree in Economics"である。
- Planning and Administration Program in Policy Science
- 通称PAPPSと呼ばれる政策科学研究科の博士前期課程プログラム。授業は原則英語で行われ、修了年数は2年。授与される学位は"Master's Degree in Policy Science"である。
- Master's / Doctoral Program in International Technology & Management
- 一般留学
- その他の留学生受け入れプログラム
[編集] 国内大学・機関との主な協定
- 他大学との連携協力協定
- 京都大学(2007年12月21日)[38]
- 薬工連携によるバイオテクノロジー、ナノテクノロジー融合
- 地球の自然回帰に向けた技術開発と政策への共同提案
- 基礎科学分野での共同研究推進と施設・設備の共同利用
- 大学間連携による産官学連携事業の展開
- 山形大学(2008年6月19日)[40]
- 立命館大学・山形大学両学長による講演会の実施
- 学生交流の実施
- 職員交流の実施
- 広島大学(2008年8月4日)[41]。
- 世界へ発信する平和の拠点づくり
- 平和分野における高度人材育成の推進
- 単位互換協定
- 立命館アジア太平洋大学(6ヶ月 - 1年間の学生交流プログラム)
- 同志社大学大学院
- 関西大学大学院
- 関西学院大学大学院
- 京都大学(2007年12月21日)[38]
- その他の協力協定
- 日本商工会議所(2008年7月24日)[42](学校法人立命館系列校全てとの協定)
- 留学生の受入促進、育成および就職支援に関する事業
- 企業の国際化展開・人材育成支援に関する事業
- 学生と企業とのインターンシップおよび就職マッチングに関する事業
- 教育活動およびキャリア支援に関する事業
- 地域連携事業等への取り組みと情報提供
- 創業塾等の冠講座の実施
- 企業トップ、起業家育成、事業承継、キャリアアップセミナー等の開催
- 特色ある教育プログラム開発に向けての協力
- 海外展開企業向け研修の充実
- 地域活性化や地域振興に対する協働事業や共同研究
- アサツー ディ・ケイ(2008年3月21日)[43]
- 企業連携を基礎とした教学プログラムの構築
- 広告・ブランドマーケティング分野の人材育成
- 松竹株式会社および京都府(2007年10月1日)[44]
- デジタル分野の共同研究
- 松竹グループでのインターンシップ実施
- 京都撮影所内への立命館実習施設の設置
- 撮影機材の貸与、講師の派遣・斡旋など実習協力
- 日本商工会議所(2008年7月24日)[42](学校法人立命館系列校全てとの協定)
- 関西4大学学長フォーラム
- 中学校及び高等学校との交流協力協定書
- 教育と経営面における提携協定
- 初芝高等学校および初芝堺中学校を立命館大学接続の中高一貫校に改編し、2009年4月から名称を初芝立命館中学校・高等学校に改称[47]
[編集] 系列校
[編集] 附属学校
学校法人立命館 学園一貫教育推進本部により小・中・高は附属校に位置づけられている。また、立命館高等学校は「1905年9月京都法政大学の附属校として清和普通学校を設立」と明記している。
[編集] Wiki関係他プロジェクトリンク
[編集] 公式サイト
[編集] 脚注
- ^ 桑原武夫の研究によると学生が「禁衛隊」を名乗り京都御所の警護を申し出ていために、GHQは神宮皇学館とともにとり潰す大学の筆頭としたという。
- ^ 立命館大学父母教育後援会『この歩み 立命館』1994年,
- ^ 中村龍兵『挑戦する立命館ー大学改革とは何か』エトレ,1997年
- ^ 立命館大学学園通信『百二十年の歴史を訪ねて』
- ^ 立命館 : 1869-1990 : 立命館創始120年・学園創立90周年記念 / 立命館大学編
- ^ 立命館大学西園寺公望伝編集委員会『西園寺公望伝』岩波書店,1990年
- ^ 立命館大学西園寺公望伝編集委員会『西園寺公望伝』岩波書店,1990年
- ^ 立命館大学西園寺公望伝編集委員会『西園寺公望伝』岩波書店,1990年
- ^ 立命館大学西園寺公望伝編集委員会『西園寺公望伝』岩波書店,1990年
- ^ 立命館大学西園寺公望伝編集委員会『西園寺公望伝』岩波書店,1990年
- ^ 愛新覚羅溥儀からの寄付で衣笠キャンパス用地を購入し、学生基金を設立。
- ^ 『立命館大学』教学社,1990年
- ^ 立命館大学 蔵書冊数
- ^ 立命館大学 蔵書冊数
- ^ 立命館大学新入生歓迎実行委員会『ブランカ』2000年,
- ^ 立命館大学学園通信 RS Web Rits One 輝いています、ときの人
- ^ 中村龍兵『挑戦する立命館ー大学改革とは何か』エトレ,1997年
- ^ 立命館大学学園通信RS Web きになる Rits Q9
- ^ 年表で見る立命館 - 歴史 - 大学紹介 - 立命館大学
- ^ 角川書店『関西ウォーカー8/9増刊号 KANSAI Campus Walker』2002年,
- ^ バンドや太鼓、ダンスに歓声 立命館大新歓祭典:京都民報Web
- ^ 京都と薩摩「小松原・薩摩藩邸址」について
- ^ 立命館不思議学舎(RS 2005年11月号)
- ^ 等持院名墓録
- ^ 衣笠キャンパス七不思議(RS 2004年5月号)
- ^ 岩井忠熊『西園寺公望 最後の元老』岩波書店,2003年
- ^ 立命館百年史編纂委員会『立命館百年史 通史1』立命館,1999年
- ^ 立命館百年史編纂委員会『立命館百年史 通史1』立命館,1999年
- ^ 大学紹介 - 立命館大学 校地及び校舎面積(PDF)
- ^ 大学紹介 - 立命館大学 校地及び校舎面積(PDF)
- ^ 大学紹介 - 立命館大学 校地及び校舎面積(PDF)
- ^ 大学紹介 - 立命館大学 校地及び校舎面積(PDF)
- ^ 大学紹介 - 立命館大学 校地及び校舎面積(PDF)
- ^ 立命館大学エポック立命名称決定の経緯
- ^ 「キャンパス今むかし - 広小路キャンパス」学園通信RS Web
- ^ 2001年度立命館大学自己評価年次報告
- ^ 立命館大学 協定校・機関一覧
- ^ 京都大学・立命館大学 連携協力に関する基本協定
- ^ 京都大学・立命館大学合同オープンキャンパス 2008
- ^ 山形大学・立命館大学包括的協力協定の締結
- ^ 広島大学・立命館大学との「平和分野」を中心とした協力協定の締結について
- ^ (日本商工会議所)立命館と産学連携で協定書を締結
- ^ 株式会社アサツー ディ・ケイと立命館大学との学術交流協定の締結
- ^ 松竹 - 立命館 - 京都府 産学公連携内容について
- ^ 「学校法人岩田学園と学校法人立命館の交流協力協定書の締結」および「岩田中学・高等学校への立命館アジア太平洋大学(APU)・立命館大学進学コース」の開設について
- ^ 「学校法人奈良育英学園と学校法人立命館の交流協力協定書」の締結および「育英西中学校・高等学校への立命館コースの開設」について
- ^ 「学校法人大阪初芝学園と学校法人立命館の提携協定書」の締結について
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