セントスティーヴン
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| セントスティーヴン | |
|---|---|
| 英字表記 | St.Steven |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 騸 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1994年10月27日 |
| 父 | Hula Town |
| 母 | Gabby |
| 生国 | |
| 生産 | Mr B.L.McK. Kerr |
| 馬主 | John Wheeler |
| 調教師 | John Wheeler |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 70戦15勝 (うち障害30戦10勝) |
| 獲得賞金 | 203万8180AUドル |
セントスティーヴン(St.Steven)はニュージーランドで生産、オーストラリアで調教された競走馬である。2002年に外国馬として初めて中山グランドジャンプに優勝した。
[編集] 戦績
調教師でもあるジョン・ウィラーが1996年に購入し、当初は平地競走のみに出走していた。1999年8月に初めてハードル競走に出走して勝利を挙げ、その後はチェイスへと活躍の場を移すことになる。2000/2001シーズンにはグレートイースタンスティープルチェイス、ヒスケンススティープルチェイスなど重賞3勝を挙げオーストラリアの最優秀障害馬に選出される。
2002年に中山グランドジャンプを目標に来日。ペガサスジャンプステークスに出走し3番人気に推されたが出遅れて後方のまま6着に敗れる。
そして本番の中山グランドジャンプ。ゴーカイと共に人気を集めていたランドが発走直前に鼻出血で競走除外、レース前から波乱となる。最終的に5番人気となったセントスティーヴンだが、レースではスタートから4,5番手の位置をキープ。最終の3コーナーから先頭に躍り出ると迫り来るゴーカイをゴール前で逆に突き放して優勝した。帰国後ヒスケンススティープルチェイスを連覇。2年連続で最優秀障害馬となる。
翌2003年も来日しペガサスジャンプステークスで4着となり、中山グランドジャンプでも2番人気となる。しかし、大竹柵で早々と先頭に立ち、粘りこみを図ったが直線で後退。3着に敗れる。
その後もオーストラリアで競走を続けたが、2006年6月のレースを最後に引退した。中山グランドジャンプ優勝後、ムーニーヴァレー競馬場でセントスティーヴンの功績を称え、セントスティーヴンスティープルチェイスという競走が行われている。
[編集] 血統表
| セントスティーヴンの血統 ロイヤルチャージャー系/アウトブリード | |||
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父
Hula Town 1986 |
Sir Tristram 1971 鹿毛 |
Sir Ivor | Sir Gaylord |
| Attica | |||
| Isolt | Round Table | ||
| All My Eye | |||
| Hula Dance 1980 |
Rivertown | Luthier | |
| River Plate | |||
| Hula Bend | Never Bend | ||
| Hula Hula | |||
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母
Gabby 1978 |
In the Purple 1966 |
Right Royal | Owen Tudor |
| Bastia | |||
| La Mirambule | Coaraze | ||
| La Futaie | |||
| Gabonette 1962 |
*Gabador | Pharis | |
| Adargatis | |||
| Clonmel | Balloch | ||
| Lagenia F-No.14-e | |||
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