センタ・バーガー
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| センタ・バーガー Senta Berger |
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| 生年月日 | 1941年5月13日(72歳) |
|---|---|
| 出生地 | ウィーン |
| 国籍 | |
| 職業 | 女優 |
| 配偶者 | ミヒャエル・ヘルホーファン |
センタ・バーガー (Senta Berger, 1941年5月13日 - ) はオーストリア出身の女優。ドイツ語読みではセンタ・ベルガーだが、日本では英語読みの“センタ・バーガー”で知られている。
目次 |
略歴 [編集]
ウィーン出身。旧ユーゴスラビアとハンガリーの血を引く。父親はミュージシャン、母親は教師[1]。5歳の時からバレエを始める。身長170cm。1961年「秘密諜報機関」で共演したリチャード・ウィドマークに見出されたことがきっかけでアメリカ映画のみならず、フランス、イタリア映画へも出演するようになる。その豊満な肢体を武器に各国の映画雑誌からオーストリアのセックス爆弾と評され、西ドイツ出身で同じく映画女優のエルケ・ソマーなどとグラビアを賑わせた。
主な出演作品 [編集]
- 旅 The Journey (1958年)
- 秘密諜報機関 The Secret Ways (1961年)
- 怪人マブゼ博士・恐るべき狂人 Das Testament des Dr. Mabuse (1962年)
- ウィーンの森の物語 The Waltz King (1963年)
- 勝利者 The Victors (1963年)
- 小さな逃亡者 See How They Run (1964年)
- ダンディー少佐 Major Dundee (1965年)
- 巨大なる戦場 Cast a Giant Shadow (1965年)
- 栄光の野郎ども The Glory Guys (1965年)
- 0011ナポレオン・ソロ / 消された顔 The Spy with My Face (1965年)
- ヴィエナ超特急 Schüsse im Dreivierteltakt (1965年)
- ナポリと女と泥棒たち Operazione San Gennaro (1966年)
- さらばベルリンの灯 The Quiller Memorandum (1966年)
- 悪のシンフォニー The Poppy Is Also a Flower (1966年)
- サイレンサー / 待伏部隊 The Ambushers (1967年)
- 悪魔のようなあなた Diaboliquement vôtre (1967年)
- ネーム・オブ・ザ・ゲーム The Name of the Game (1968年)
- イスタンブール特急 Istanbul Express (1968年)
- スパイのライセンス It Takes a Thief (1968年、1969年)
- 火曜日ならベルギーよ If It's Tuesday, This Must Be Belgium (1969年)
- 黒豹は死なず Les étrangers (1969年)
- ルート・ハルプファスの道徳 Die Moral der Ruth Halbfass (1972年)
- 緋文字 Der scharlachrote Buchstabe (1973年)
- スイス・コネクション The Swiss Conspiracy (1976年)
- 戦争のはらわた Cross of Iron (1977年)
- アム・アイ・ビューティフル? ¿Bin ich schön? (1998年)
参照 [編集]
外部リンク [編集]
- センタ・バーガー - インターネット・ムービー・データベース(英語)