セレス (ギリシャ)

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セレス
ギリシャの旗
Σέρρες
聖ニコラオス教会
聖ニコラオス教会
位置
セレスの位置の位置図
セレスの位置
座標 : 北緯41度05分 東経23度33分 / 北緯41.083度 東経23.550度 / 41.083; 23.550
行政
ギリシャの旗 ギリシャ
 地方 中央マケドニア
  セレス県
セレス
ギリシャの旗
Σέρρες
地理
面積  
  域 253 km2
標高 50 m
人口
人口 (2001年現在)
  域 56,145人
    人口密度   222人/km2
その他
等時帯 EET (UTC+2)
夏時間 EEST (UTC+3)
公式ウェブサイト : http://www.serres.gr

セレスギリシャ語:Σέρρεςカサレヴサ:Σέῤῥαι)は、ギリシャマケドニア地方の町である。海抜70mの肥沃な平原上にあり、24km南西にはストリモナス川が、69km南西にはマケドニア地方の主都であるテッサロニキが位置する。また町の北側と東側はロドピ山脈が連なる。セレスは中央マケドニア地方のセレス県の県都でもある。2001年での人口は56,145人。

歴史[編集]

セレスの町の歴史は、紀元前5世紀にギリシア人の歴史家ヘロドトスシリスΣίρις/Siris)として言及したときに遡る。その少し後の歴史家テオポンポスen:Theopompus)はシッラΣίρρα/Sirra)として触れていたが、ローマ帝国の歴史家リウィウスシラエ(Sirae)という複数形の形(ラテン語において"-ae"という形は複数形である。)で述べている。その後もシラエという名称は残り続け、5世紀にセラエΣέρραι)となった。セレスの町がブルガリア領となった時には、マケドニア語セルビア語で、シャルСяр)あるいは、セルСер)として知られ、1945年までシャルСѣръ)という名称で呼ばれた。

府主教時代の教会

セラエは、東ローマ(ビザンツ)帝国の統治下で、帝国北辺の防衛などの目的で要塞が建設された。10世紀にブルガリア人に町は包囲され、また1196年にはセレスの戦いen:Battle of Serres)で第二次ブルガリア帝国イヴァン・アセン1世en:Ivan Asen I of Bulgaria)が東ローマ帝国を破った。また、その9年後の1205年にはブルガリア皇帝カロヤンラテン帝国軍を撃退し(en:Battle of Serres (1205))、セラエの町はブルガリア帝国に併合された。1256年に町はニカイア帝国によって奪回されたが、1345年にセルビア王ステファン・ウロシュ4世ドゥシャンに攻略され、セルビア王国の主都となった。ウロシュ4世はこの東ローマ帝国第3の町であるセラエの陥落に満足し、自ら「セルビア人とローマ人の皇帝」を名乗るに至った。

彼の死後のセルビア王国は混乱状態となり、1356年からは皇后ヘレナがシャル(セラエ)周辺地域を支配した。しかし、1365年にムルナムシェヴィッチ家のヨヴァン・ウグリェシャen:Jovan Uglješa)がヘレナを追放すると、シャルに小国家を建国した。1371年マリツァの戦いでセラエの町は再び東ローマ帝国の統治領となったが、1381年にオスマン帝国に征服された。

20世紀初めにセレスは反オスマン帝国主義者の中心地となり、1903年にイリンデン蜂起en:Ilinden–Preobrazhenie Uprising)が発生した。その後の1913年の第一次バルカン戦争ブルガリア軍がセレスを攻略したが、第二次バルカン戦争ではギリシャ軍が町を占領した。焦土と化したセレスの町は再建されたが、第一次世界大戦および第二次世界大戦において再びブルガリアが町を攻略し、セレスの町は荒廃した。戦後は、ギリシャ政府主導の計画によって経済は発展するに至った。

経済[編集]

セレスの町は付近における農業の中心地であり、タバコや穀物、畜産の重要な貿易中心地となっている。また、20世紀末に行われた政府の支援により、製造業も発展し、織物などの生産もさかんである。

料理[編集]

セレス市街

セレスでは、ギロピタスブラキといったギリシャ料理が、市内のレストランや酒場で楽しめる。また、アカネスというキャンディーもセレスの名産品であり、20世紀初めに駄菓子屋を経営していたアリスティディス・ルンボスという人物によって考案されたものである。

人口推移[編集]

人口(人) 増減
1981 46,317 -
1991 49,830 +3,513 (+7.58%)
2001 56,145 +6,315 (+12.67%)

著名な出身者[編集]

スポーツ[編集]

  • パンセレコスFC

姉妹都市[編集]

参考[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]