セルゲイ・ナルイシキン
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Сергей Евгеньевич Нарышкин
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セルゲイ・ナルイシキン
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| 生年月日 | 1954年10月27日(58歳) |
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| 出身校 | レニングラード機械大学 |
| 前職 | KGBエージェント(?)、科学・技術委員会専門官、レニングラード州政府対外経済・国際関係委員会議長、ロシア連邦政府官房副長官、官房長官、副首相 |
| 現職 | ロシア連邦議会下院議長 |
| 称号 | 名誉勲章 |
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| 任期 | 2011年12月21日 - 現職 |
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| 任期 | 2008年5月12日 - 2011年12月20日 |
セルゲイ・エフゲニエヴィチ・ナルイシキン(ロシア語: Сергей Евгеньевич Нарышкин、ラテン文字転写の例:Sergey Yevgenyevich Naryshkin、1954年10月27日 - )は、ロシア連邦の政治家、実業家。2011年12月からロシア連邦議会下院国家会議議長。 第2次ミハイル・フラトコフ内閣で官房長官と副首相を務めた後、2008年5月からはドミートリー・メドヴェージェフ大統領の下でロシア連邦大統領府長官を務めていた。
目次 |
経歴 [編集]
レニングラード(現サンクトペテルブルク)出身。1978年、無線機械技師専攻でレニングラード機械大学を卒業。1982年、レニングラード工業大学の副学長補佐となる。国家科学・技術委員会の専門官として、駐ベルギーソ連大使館経済参事官の元で働く。ある情報によれば、ベルギー派遣前に、ウラジーミル・プーチンと共にKGB赤旗大学で学び、KGBに所属したとされる。
1992年~1995年、サンクトペテルブルク市役所の経済・財政委員会の課長となり、プーチンとともに働いた。1995年~1997年、同市のプロムストロイバンク対外投資課長。
1997年~1998年、レニングラード州政府投資部長。1998年~2004年、レニングラード州政府対外経済・国際関係委員会議長。
2004年2月~3月、ロシア連邦大統領経済局副局長。同年3月~9月、ロシア連邦政府官房副長官。2007年9月13日から、ロシア連邦政府官房長官を務めた。
2007年2月15日、副首相に昇格。主にCIS域内の対外経済を担当。ドミートリー・メドヴェージェフ第一副首相およびセルゲイ・イワノフ第一副首相に次ぐ「ポスト・プーチン」の有力候補だったが、メドヴェージェフが後継者に指名された。
2008年メドヴェージェフ大統領就任に伴い、大統領府長官に任命された。
2011年12月21日に開かれたロシア連邦議会下院で、賛成238票・反対88票を得て下院議長に選出された[1]。
日本との関係では、大統領府長官時代に来日している他、2012年(平成24年)6月、横路孝弘衆議院議長の招きで来日しており、野田佳彦首相、玄葉光一郎外相と会談している[2][3]。
パーソナル [編集]
妻帯、2児を有する。名誉勲章を受章。2004年7月からロスネフチ役員。
レニングラード機械大学の外、経済学専攻でペテルブルク国際マネージメント大学を卒業。英語とフランス語を話す。
脚注 [編集]
- ^ “Naryshkin named Russia's parliamentary speaker”. RIAノーボスチ. (2011年12月21日) 2011年12月26日閲覧。
- ^ (日本語) “ナルィシュキン・ロシア国家院(下院)議長による野田総理大臣表敬”. 外務省ホームページ (2012年6月11日). 2012年6月19日閲覧。
- ^ (日本語) “玄葉外務大臣とナルィシュキン・ロシア国家院(下院)議長との会談”. 外務省ホームページ (2012年6月11日). 2012年6月19日閲覧。
外部リンク [編集]
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