セルゲイ・アレクサンドロヴィチ

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セルゲイ・アレクサンドロヴィチ大公
暗殺実行犯イワン・カリャーエフ(事件直後に撮影)

セルゲイ・アレクサンドロヴィチロシア語: Сергей Александрович / Sergei Alexandrovich, 1857年5月11日 - 1905年2月17日)はロシア大公、モスクワ総督。アレクサンドル2世の息子でアレクサンドル3世の弟。妻はアレクサンドラ皇后の姉でヴィクトリア女王の孫娘でもあるエリザヴェータ(エラ)。

1891年から兄の命でモスクワ総督に就任。反動的で知られ、甥で義弟でもあるニコライ2世に影響を与えた。1905年2月17日、馬車で外出中、エスエルテロリストで、詩人でもあったイワン・カリャーエフ(Ivan Kalyayev)が投げつけた爆弾により殺害される。彼の暗殺事件は、ロシア革命に少なからず影響を与えたといわれる。逮捕されたカリャーエフは、同年に処刑された。

ドミトリー大公の伯父で育ての親でもある。

メモ[編集]

  • 大佛次郎の短編『詩人』はこのセルゲイ大公の暗殺を題材にした作品である。

関連項目[編集]