セリエA (エクアドル)

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セリエA (エクアドル)
加盟国 エクアドルの旗 エクアドル
大陸連盟 CONMEBOL
開始年 1957
参加クラブ 12
リーグレベル 第1部
下位リーグ セリエB
国際大会 コパ・リベルタドーレス
コパ・スダメリカーナ
最新優勝クラブ エメレク (2013)
最多優勝クラブ バルセロナSC (14回)
テレビ局 テレアマソナス
エクアビーサ
TCテレビシオン & ガマTV
エクアドルTV
オロマル・テレビシオン
グルポ・TVカブレ
ウニビサ
ディレクTV
クラロTV
公式サイト 公式HP
2014

プリメーラ・カテゴリア・セリエA(Primera Categoría Serie A)は、エクアドルにおける最上位のプロサッカーリーグである。単にセリエAプリメーラAとも呼ばれる。ビール製造会社のピルセネル(Pílsener)が公式スポンサーとなっており、コパ・ピルセネル(Copa Pílsener)として知られる。

12クラブで争われ、セリエB(2部)との間で昇降格が行われる。シーズンは2月から12月にかけて行われ、基本的に複数のステージを組み合わせて行われる。当初のセリエAはリーグ戦ではなく、2つの地域リーグ覇者による全国王者選手権に源がある。当時はグアヤキルキトでプロリーグが行われており、セリエAの最初の9回は両地域リーグ王者がタイトルを争った。1967年にこの形式が廃止され、本来の意味のリーグ戦となった。創設された1957年以来、1年に1クラブが戴冠するが、2005年のみはアペルトゥーラとクラウスーラそれぞれの最上位クラブが優勝扱いされている。2011年には、IFFHSによって南米第6位・世界第14位のサッカーリーグに位置づけられた[1]

歴史[編集]

エクアドルにおけるすべてのサッカーリーグは1950年までアマチュアであったが、同年にアシスアシオン・デ・フトゥボル・デル・グアージャス(AFG)がプロリーグに移行した。グアヤキルに所在するAFG加盟のクラブ間で1951年にカンペオナート・プロフェシオナル・デ・フトゥボル・デ・グアヤキルが初開催され、リオ・グアージャスが初代王者となった。1954年、ピチンチャ県にあるサッカー連盟(現在のアソシアシオン・デ・フトゥボル・ノ・アマチュア・デ・ピチンチャ、AFNA)もプロリーグ化した。キトアンバートに所在するAFNA加盟のクラブ間で同年にカンペオナート・プロフェシオナル・インテランディーノが初開催され、LDUキトが初代王者となった。これらふたつの大会がエクアドルにおける最高峰の大会と位置づけられたが、それぞれの優勝クラブは自らこそが国内王者であると主張することはなかった。

この状況は1957年に変化し、両リーグ優勝クラブが全国タイトルを決める大会が組織された。同年のカンペオナート・エクアトリアーノ・デ・フトゥボルにはCSエメレク(グアヤキル優勝)、バルセロナSC(グアヤキル準優勝)、デポルティーボ・キト(インテランディーノ優勝)、SDアウカス(インテランディーノ準優勝)が参加し、CSエメレクが初代国内王者となった。1958年と1959年はカンペオナート・エクアトリアーノ・デ・フトゥボルが行われていない。1960年には参加クラブ数が4クラブから8クラブに増やされ、1957年同様の形式でトーナメント戦が行われた。この方式はいくつかの変更を経ながら、1967年シーズン後の地域大会廃止まで続いた。1968年にはプリメーラ・カテゴリア(1部)とセグンダ・カテゴリア(2部)という名称の全国リーグが初開催された。1971年にはプリメーラ・カテゴリアがセリエA(1部)とセリエB(2部)の2部に分割され、セグンダ・カテゴリアは3部という位置づけになった。1983年から1988年の間はセリエBがセグンダ・カテゴリアと統合されていたが、セリエAはそれまで通り継続していた。1989年にセリエBが復活し、それ以来2部として継続している。2005年はアペルトゥーラとクラウスーラ(前期リーグと後期リーグ)のそれぞれで優勝クラブが決定されたが、2006年には以前の方式に戻された。

大会形式[編集]

セリエAの大会形式は絶えず変化してきた。2ステージ制であった期間が最も長く、リギージャ(予選リーグ)と呼ばれるミニリーグを争って優勝クラブが決定された。2010年以降の現行方式では、リーグ戦が3ステージに分けられている。ファーストステージとセカンドステージでは[ホーム・アンド・アウェー方式で全クラブと2戦ずつ戦い、それぞれのステージの最上位クラブ同士がサードステージで年間王者をかけて戦う。サードステージでは3位決定戦も行われ、優勝決定戦出場クラブ以外で通算勝ち点の上位2クラブが争う。ファーストステージとセカンドステージで同じクラブが最上位となった場合、そのクラブが自動的に年間王者となる。このケースでは、通算勝ち点2位と3位のクラブが年間2位の座をかけて争う。ファーストステージとセカンドステージの通算勝ち点で下位になったクラブは降格となる。通算勝ち点で上位のクラブはコパ・リベルタドーレスコパ・スダメリカーナの出場権を得る。

現所属クラブ[編集]

2014年シーズン

クラブ
都市
2013
通算順位
バルセロナSC グアヤキル 5位
デポルティボ・クエンカ クエンカ 9位
デポルティーボ・キト キト 3位
エル・ナシオナル キト 7位
エメレク グアヤキル 1位
インデペンディエンテ・デル・バジェ サンゴルキ 2位
LDUロハ ロハ 10位
LDUキト キト 6位
マンタ マンタ 8位
ムシュク・ルナ アンバート セリエB 2位
オルメド リオバンバ セリエB 1位
ウニベルシダ・カトリカ キト 4位

2013年シーズン前期の成績と後期の成績を合算した総合成績で、11位のデポルティボ・ケベドと12位のマカラセリエB(2部)に降格した。セリエB優勝のオルメドと2位のムシュク・ルナが代わりに昇格した。

歴代大会結果[編集]

バルセロナSCが最多の14度優勝している。彼らに続くのが4度優勝のデポルティーボ・キトであり、デポルティーボ・クエンカオルメドエベレストは1度ずつ優勝している。複数回の優勝経験があるクラブはすべて、少なくとも1度は連覇を達成している。3連覇以上の経験があるのはエル・ナシオナルのみであり、1976年から1978年、1982年から1984年の期間に3連覇を達成している。

クラブ別優勝回数[編集]

クラブ 優勝 2位 優勝シーズン
バルセロナSC 14 11 1960, 1963, 1966, 1970, 1971, 1980, 1981, 1985, 1987, 1989, 1991, 1995, 1997, 2012
CDエル・ナシオナル 13 7 1967, 1973, 1976, 1977, 1978, 1982, 1983, 1984, 1986, 1992, 1996, 2005クラウスーラ, 2006
CSエメレク 11 12 1957, 1961, 1965, 1972, 1979, 1988, 1993, 1994, 2001, 2002, 2013
LDUキト 10 3 1969, 1974, 1975, 1990, 1998, 1999, 2003, 2005アペルトゥーラ, 2007, 2010
デポルティーボ・キト 5 3 1964, 1968, 2008, 2009, 2011
デポルティーボ・クエンカ 1 5 2004
CDオルメド 1 1 2000
CDエベレスト 1 0 1962

所在都市別優勝回数[編集]

都市 回数 クラブ
キト 29 CDエル・ナシオナル (14), LDUキト (10), デポルティーボ・キト (5)
グアヤキル 25 バルセロナSC (13), CSエメレク (11), CDエベレスト (1)
クエンカ 1 デポルティーボ・クエンカ (1)
リオバンバ 1 CDオルメド (1)

歴代得点数ランキング[編集]

エクアドルリーグで25シーズンプレーしたエルマン・ベニテスが歴代最多の191得点を挙げている。ベニテスはエル・ナシオナル在籍時に154得点を挙げており、これは1クラブにおける歴代最多得点記録である。現役選手ではエベリオ・オルドニェスが最多得点者である[3]

順位 選手 クラブ 在籍年 得点 通算得点
1 エクアドルの旗 エルマン・ベニテス エル・ナシオナル 1980-90 154 191
バルセロナSC 1991-92 19
LDUキト 1993 1
CAグリーン・クロス 1994 12
LDUポルトビエホ 1995 5
2 エクアドルの旗 ホルヘ・ロン エル・ナシオナル 1972-79 94 181
ウニベルシダ・カトリカ 1980-84 73
CSDマカラ 1986 6
SDアウカス 1987 8
3 エクアドルの旗 エベリオ・オルドニェス CDテクニコ・ウニベルシタリオ 1996 13 159
エル・ナシオナル 1997-2004, 2006-07 137
CSエメレク 2005 0
デポルティーボ・キト 2008; 2009 9
4 アルゼンチンの旗 アンヘル・リシアルディ CSエメレク 1970-71 8 154
デポルティーボ・クエンカ 1972, 1974-77 132
バルセロナSC 1978 14
5 エクアドルの旗 ファビアン・パス・イ・ミーニョ エル・ナシオナル 1972-88 153 153

昇格・降格記録[編集]

シーズン チーム数 降格 昇格
1998
12
パナマSC, テクニコ・ウニベルシタリオ マカラ, アウダス・オクトゥブリーノ
1999
12
デルフィンSC, デポルティーボ・クエンカ, アウダス・オクトゥブリーノ テクニコ・ウニベルシタリオ
2000
10
リガ・デ・キト, テクニコ・ウニベルシタリオ デルフィンSC, リガ・デ・ポルトビエホ
2001
10
デルフィンSC, リガ・デ・ポルトビエホ リガ・デ・キト, デポルティボ・クエンカ
2002
10
オルメド, マカラ テクニコ・ウニベルシタリオ, マンタFC
2003
10
テクニコ・ウニベルシタリオ, マンタFC オルメド, マカラ
2004
10
マカラ, エスポリ デポルティーボ・ケベド, リガ・デ・ロハ
2005
10
デポルティーボ・ケベド, リガ・デ・ロハ エスポリ, マカラ
2006
10
エスポリ, アウカス デポルティーボ・アソゲス, インバブラSC
2007
10
インバブラSC ウニベルシダ・カトリカ, エスポリ, テクニコ・ウニベルシタリオ
2008
12
ウニベルシダ・カトリカ, デポルティーボ・アソゲス マンタFC, リガ・デ・ポルトビエホ
2009
12
リガ・デ・ポルトビエホ, テクニコ・ウニベルシタリオ インデペンディエンテ・ホセ・テラン, ウニベルシダ・カトリカ
2010
12
ウニベルシダ・カトリカ, マカラ LDUロハ, インバブラSC
2011
12
インバブラSC, エスポリ テクニコ・ウニベルシタリオ, マカラ
2012
12
テクニコ・ウニベルシタリオ, オルメド ウニベルシダ・カトリカ, デポルティボ・ケベド
2013
12
デポルティボ・ケベド, マカラ オルメド, ムシュク・ルナ

脚注[編集]

  1. ^ The strongest National League in the World 2010”. IFFHS. 2011年1月11日閲覧。
  2. ^ ECU - List of Topscorers”. website. RSSSF (2010年1月29日). 2010年11月27日閲覧。
  3. ^ Espinoza Añazco, Fernando (2010年1月29日). “ECU - List of All-Time Topscorers 1957-2009”. RSSSF. 2010年11月6日閲覧。

外部リンク[編集]