セオドラ・ティス・エラザス (1906-1969)

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幼児期のセオドラ、1910年

セオドラ・ティス・エラザス・ケ・ザニアス:Θεοδώρα της Ελλάδας και Δανίας, 1906年5月13日 - 1969年10月16日)は、ギリシャの王族。ゲオルギオス1世の孫娘の一人で、「ギリシャ王女およびデンマーク王女」の称号を有した。ドイツのバーデン辺境伯ベルトルトと結婚した。

セオドラはゲオルギオス1世の四男アンドレオス王子とその妻アリス・オブ・バッテンバーグの次女、第2子として、ギリシャのコルフ島で生まれた。母方の祖父はイギリスに帰化したドイツ貴族である初代ミルフォード=ヘイヴン侯爵ルイス・アレグザンダー・マウントバッテンである。弟のフィリッポスは、イギリス女王エリザベス2世と結婚してエディンバラ公を名乗っている。3人の姉妹、マルガリタ(ホーエンローエ=ランゲンブルク侯夫人)、セシリア(ヘッセン大公世子夫人)、ソフィア(ヘッセン公子妃、ハノーファー王子妃)は、セオドラと同様にドイツの王侯貴族に嫁いだ。

1931年8月17日、セオドラはバーデン辺境伯ベルトルトと結婚した。ベルトルトは最後のドイツ帝国宰相でバーデン大公家家長のマクシミリアン・フォン・バーデンの長男であった。辺境伯夫妻は3人の子女をもうけた。1969年、ドイツのコンスタンツ郊外で亡くなった。

子女[編集]