スー・グラフトン

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スー・グラフトン
(Sue Grafton)
SueGrafton.jpg
誕生 スー・テイラー・グラフトン
Sue Taylor Grafton
1940年4月24日(73歳)
アメリカ合衆国の旗 ケンタッキー州ルイビル
職業 推理作家
言語 英語
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
最終学歴 ルイビル大学英語版
活動期間 1968年 -
主な受賞歴

シェイマス賞長編賞
1986年 泥棒のB

ファルコン賞
1991年 逃亡者のF
親族 父:C・W・グラフトン英語版
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スー・グラフトンSue Grafton1940年4月24日 - )は、アメリカ合衆国推理作家

来歴[編集]

ケンタッキー州ルイビルで、弁護士で推理作家のC・W・グラフトンの娘として生まれた。1961年ルイビル大学英文学専攻で卒業後、カリフォルニア州サンタモニカサンタバーバラの病院で受付や秘書として働いた。

小説を書き始めたのは18歳の時で、処女作が完成したのはその4年後だった。その後6作を書き上げ、処女作を含め7作のうち2作は出版された[1]が日の目を見ることはなく、脚本家へ転向し[2]、その後約15年間テレビ映画の脚本を執筆した。1979年"Walking Through the Fire" の脚本でクリストファー賞を受賞。夫スティーヴン・ハンフリーとの共同でアガサ・クリスティの『カリブ海の秘密』と『忘られぬ死』や、"Killer in the Family""Love on the Run" のテレビ用の脚本を手がけた[3][4]。脚本家として活動するうちにもう一度小説を書きたいと思うようになった[4]。夫との離婚協議が6年も続いた後、(前)夫をいかに殺すか、いかに傷つけるかと想像を巡らせていた。その想像が次第に鮮明になっていったことが、それらを小説に書く決め手になった[5]

タイトルに色の名が含まれているジョン・D・マクドナルドや、ハリー・ケメルマン英語版の推理小説が好きだった。また、エドワード・ゴーリーの『ギャシュリークラムのちびっ子たち』というアルファベット順に子どもたちが死んでゆく絵本を読んで、アルファベットに因んだ作品を読むアイディアが浮かんだ。すぐに机に向かい、言葉に関する犯罪を知る限りリストアップした[4]。後に「アルファベット・ノベル」として知られるようになるこのシリーズの主人公キンジー・ミルホーン英語版は、カリフォルニア州の架空の都市サンタ・テレサに住んでいる[6]。同都市は、ロス・マクドナルドが自身の小説でサンタバーバラをモデルに創作した都市で、グラフトンはマクドナルドへの尊敬を込めてサンタ・テレサを舞台に選んだ[7]

1982年にシリーズ第1作『アリバイのA』を刊行。1990年、第7作『探偵のG』の出版後に脚本家をやめ、専業作家になった[5]。シリーズの時間軸は現実より遅く、例えばシリーズ第17作『獲物のQ』は2002年に刊行されたが作中では1987年の設定である。

作品はブルガリア語インドネシア語を含む26カ国語に翻訳され28カ国で出版されている[8]。作品の映像化を拒否しているが、自分の死後に子どもたちが映像化の権利を売るのではないかと心配している[9]

グラフトンはアメリカ探偵作家クラブMWA賞の選考を行う団体)の会長を務めている。私生活では2度の離婚歴があり、現在の夫スティーヴン・ハンフリーとは結婚して20年以上になる。子どもが3人おり(前夫の子)、孫もいる。夫は大学で教鞭を取っている。

受賞・ノミネート歴[編集]

作品[編集]

初期作品[編集]

  • Keziah Dane (1967(
  • ロリ・マドンナ戦争 The Lolly-Madonna War (1969)

キンジー・ミルホーンシリーズ[編集]

# 邦題 原題 刊行年
アメリカ合衆国の旗
刊行年月
日本の旗
訳者 出版社
日本の旗
1 アリバイのA "A" Is for Alibi 1982年 1987年3月 嵯峨静江 ハヤカワ・ミステリ文庫
2 泥棒のB "B" Is for Burglar 1985年 1987年6月
3 死体のC "C" Is for Corpse 1986年 1987年10月
4 欺しのD "D" Is for Deadbeat 1987年 1988年9月
5 証拠のE "E" Is for Evidence 1988年 1989年8月
6 逃亡者のF "F" Is for Fugitive 1989年 1990年6月
7 探偵のG "G" Is for Gumshoe 1990年 1991年6月
8 殺人のH "H" Is for Homicide 1991年 1992年6月 ハヤカワ・ノヴェルズ
(約3年後にハヤカワ・ミステリ文庫)
9 無実のI "I" Is for Innocent 1992年 1993年6月
10 裁きのJ "J" Is for Judgment 1993年 1994年6月
11 殺害者のK "K" Is for Killer 1994年 1995年6月
12 無法のL "L" Is for Lawless 1995年 1996年6月
13 悪意のM "M" Is for Malice 1997年 1997年7月
14 縛り首のN "N" Is for Noose 1998年 1998年12月
15 アウトローのO "O" Is for Outlaw 1999年 2000年8月
16 危険のP "P" Is for Peril 2001年 2001年8月
17 獲物のQ "Q" Is for Quarry 2002年 2003年9月
18 ロマンスのR "R" Is for Ricochet 2004年 2005年7月
19 "S" Is for Silence 2005年
20 "T" Is for Trespass 2007年
21 "U" Is for Undertow 2009年
22 "V" Is for Vengeance 2011年

短編集[編集]

  • Kinsey and Me(1991年)私家版短編集

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Questions and Answers”. Sue Grafton Website. 2007年2月8日閲覧。
  2. ^ “'Lolly-Madonna' changed lives”. アンカレッジ・デイリーニューズ: p. 14. (1973年7月8日). http://news.google.com/newspapers?id=1MwhAAAAIBAJ&sjid=bp4FAAAAIBAJ&pg=1920,1280100&dq=sue-grafton+lolly-madonna&hl=en 2010年5月4日閲覧。 
  3. ^ The Kinsey Report”. Sue Grafton Website. 2007年2月8日閲覧。
  4. ^ a b c A Conversation with Sue Grafton”. Sue Grafton Website (1996年). 2007年2月8日閲覧。
  5. ^ a b White, Claire E. “A Conversation with Sue Grafton”. Writers Write. 2007年2月8日閲覧。
  6. ^ Brantingham, Barney (2008年7月1日). “W Is for Writers Conference; Sue Grafton Is Kinsey Millhone”. Santa Barbara Independent. http://www.independent.com/news/2008/jul/01/w-writers-conference/ Augsut 2, 2011閲覧。 
  7. ^ Bestselling Mystery Writer Sue Grafton To Speak at Annual Literary Voices Event”. The Metropolitan Library System of Oklahoma County (2007年). 2007年2月8日閲覧。
  8. ^ Sue Grafton”. Sue Grafton Website. 2007年2月8日閲覧。
  9. ^ Richards, Linda L. (1997年). “"G" Is for Grafton: Sue Grafton's Murderous Moments”. January Magazine. 2007年2月8日閲覧。

外部リンク[編集]