スピアン・プラプトス

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スピアン・プラプトス
スピアン・プラプトス正面からの眺め

スピアン・プラプトス(Spean Praptos, プラプトス橋[1])は、カンボジアアンコールからプノン・チソール (Phnom Chisor) に至る道にある[2]、コンポン・クデイ (Kompong Kdei) の町に渡るチクレン川に位置する[1]。その場所からコンポン・クデイの橋とも呼ばれる[3]。この橋は12世紀(12世紀末-13世紀初[2])、王ジャヤーヴァルマン7世 (在位1181-1220年[2])の治世中に建造された[4]、現在に残るいくつかのクメール王朝時代の橋の1つである。欄干の両側には、それぞれ約2mの大きさの、9つの頭をもつナーガの彫刻がある[1]

スピアン・プラプトスの名は、クメール語で「方向を告げる橋」(スピェン=プラップ=トゥッフ)の意。また、これらの橋が架かる街道は「王の道」とされる[1]

1964年に[2]、当時のフランスによる国道6号線の再建に伴い補強修復された[5]。2006年には自動車用のバイパス道路が古道の南側に造られた[6]

構造[編集]

スピアン・プラプトスの橋脚

延長87m、幅17mという大規模な持送りアーチ(コーベルアーチ、corbel arch)の石橋であり[2]、高さは約10mで[6]、21の狭いアーチ(迫り出し構造)を備える[2][7]。橋脚間の開口部の幅は約2m、橋脚の幅は約1.5m[1]

この開口部の狭い構造については、灌漑用の貯水池とされるバライに変わり、ダムとして流れを堰き止めるためという説もある[1]

同じ構造の橋は、他にもアンコール地域のスピアン・メーマイ (Spean Memai) や、アンコール・トム東バライの間にあるシェムリアップ川の手前の小道に位置するスピアン・トマ (Spean Thma)、および前王国のいくつかの場所でも認められる。[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 建設コンサルタンツ協会 『Consultant』 編集部 『土木遺産 II アジア編』 ダイヤモンド社2007年、142-151頁。ISBN 978-4-478-00309-1
  2. ^ a b c d e f Rooney, 2011, pp.393-394
  3. ^ 『アンコール遺跡の地質学』 盛合禧夫編、連合出版、2000年、112-113頁。ISBN 4-89772-155-5
  4. ^ Hindu Wisdom - Sacred Angkor3
  5. ^ 片桐正夫 (2008)、35頁
  6. ^ a b 三輪悟「すべての道はアンコールへ通ず」、『地球の歩き方 D22 アンコール・ワットとカンボジア 2008-2009年版』、ダイヤモンド社、2008年2月、 104-105頁、 ISBN 978-4-478-05497-0
  7. ^ 片桐正夫 (2008)、35頁、44頁

参考文献[編集]

  • Rooney, Dawn F. (2011). Angkor: Cambodia's wondrous khmer temples (6th ed.). Odissey. ISBN 978-962-217-802-1. 
  • 片桐正夫「「カンボジアのアンコール王国時代の王道と橋梁と宿駅に関する総合学術調査」概要(平成17・18年度分)」、『カンボジアの文化復興(23)』、上智大学アジア人材養成研究センター、2008年3月、 33-63頁。

外部リンク[編集]

座標: 北緯13度07分36秒 東経104度20分20秒 / 北緯13.12667度 東経104.33889度 / 13.12667; 104.33889