ストロベリー・フィールズ (記念碑)

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座標: 北緯40度46分31.48秒 西経73度58分28.59秒 / 北緯40.7754111度 西経73.9746083度 / 40.7754111; -73.9746083

メモリアルモザイクの「イマジン」という説明書き

ストロベリー・フィールズ英語: Strawberry Fields)は、ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの記念に捧げられた、ニューヨーク市セントラルパークにある2.5エーカー (10,000 m²)の美化区画である。記念碑は、ビートルズの楽曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」から名付けられた。

制作と位置[編集]

記念碑にV形に整えられた花とストロベリー
モザイクに置かれたギター

このセントラルパークの記念碑は、セントラルパーク管理委員会英語版の景観建築家長、ブルース・ケリーによってデザインされた。ストロベリー・フィールズは、ニューヨーク市長のエド・コッチとレノンの未亡人でプロジェクトに署名したオノ・ヨーコによってレノンが45歳になっていたであろう1985年10月9日に捧げられた。

記念碑の入口は、レノンが後生生活しており、殺害されたダコタ・ハウスから西72丁目英語版を直接横切った場所にある。記念碑は、公園の2つの方向に傾く三角形の土地にあり、レノンの有名な楽曲の題「イマジン」の一語が、はめ込まれた石で描かれるモザイクの焦点となっている。これは、ナポリ市から寄贈された[1]。モザイクの他のエリアとの境界に沿って、他の個人を記念して寄与され、セントラルパーク管理委員会によって管理されるベンチがある。南東への小道に沿った結晶片岩の飾り板には、記念碑の建造を支援した国家のリストが記載されている。未だにダコタ・ハウスに住むオノ・ヨーコは、造園及び維持費として、100万$以上を寄付した。

レノンの死の30周忌

慣習[編集]

記念碑はときどき、花、ガラスに入れたろうそく、レノンのファンによって残された携帯品などで覆われる。レノンの誕生日(10月9日)や死亡した日(12月8日)には、大抵が寒い夜であるにもかかわらず、夜遅くまでとどまり、歌を歌いながら敬意を抱いて集まっている。

ジェリー・ガルシアジョージ・ハリソンを含むミュージシャンが参加した、記念集会が、記念碑で行われた。ビートルズの他のメンバーの誕生日などにもときどき、特に夏には、集会がこの地で開かれる。アメリカ同時多発テロ以降、キャンドルライトの座り込みが、多くの人が殺害されたことを記憶に留めるため、イマジン・サークルで行われた。レノンの死の30周忌には、徹夜で座り込みが続けられた。

最もよく知られる訪問者の1人として、ときどきVサインやサークルの中に、いろいろな花や記念物を飾るビートルズのファン、ゲイリー・ダス・サントス英語版がいる[2]

出典[編集]

  1. ^ Strawberry Fields”. Central Park. 2012年7月20日閲覧。
  2. ^ Chiaramonte, Perry (2008年4月14日). “Strawberry Jam”. New York Post. http://www.nypost.com/p/news/regional/strawberry_jam_6m4y6kTofUVI1KRbzQQOPJ 2009年9月16日閲覧。 

外部リンク[編集]