スティクス

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スティクス
Styx
基本情報
出身地 アメリカ合衆国
ジャンル ロック
プログレッシブ・ロック
活動期間 1963 - 1984年
1990 - 1991年
1995 -
レーベル ウッデンニッケル
A&Mレコード
公式サイト www.styxworld.com
メンバー
James "J.Y." Young
Tommy Shaw
Todd Sucherman
Lawrence Gowan
Ricky Phillips
Chuck Panozzo
旧メンバー
Dennis DeYoung
John Panozzo
John Curulewski
Glen Burtnik
  

スティクス (Styx) は、アメリカロックバンド

目次

[編集] 概要

1970年代から活動しているバンド。日本ではアメリカン・プログレ・ハードなどのジャンルに括られることが多いが、デビュー当初のサウンドはプログレッシブ・ロックの色彩が強く、長大な楽曲も多く制作していた。時代の流れの中で音楽性は徐々に変化。よりコンパクトでポップな作風へと変わり、結果的にはそれが1980年代初頭の商業上の成功へと繋がっていった。各アルバムは独自性に優れ、シンセサイザーなどの電子機器をいち早くロックに取り入れたバンドとしても知られる。

[編集] 概歴

1963年シカゴでチャックとジョンのパノッツォ(パノッソというカナ表記も存在する[1])兄弟が中心となってバンド活動を開始する。その後デニス・デ・ヤングが加入してバンド名が「ザ・トレイドウンズ」となる。当初は1ローカル・バンドに過ぎなかったが、1968年にジョン・クルリュウスキーがギタリストとして加入し、バンド名を「トレイドウンズ4」としてプロバンドをめざし始める。1970年ジェイムス・ヤングが加入、その半年後に製作したデモテープがRCA傘下のウッデンニッケル・レコード(Wooden Nickel Records)の代表を務めるビル・トラウト(Bill Traut)に認められ、契約してバンド名をスティクスに変更した。

1972年9月(米国)、アルバム『スティクス』でデビュー。13分以上ある曲を収め、大衆受けはしなかったものの、評価は高かった。1973年7月に2ndアルバム『レイディ (STYX II)』をリリース。1stではオリジナル曲が少なかった彼らだが、このアルバムで方向性を決定付けた。さらに1974年2月に3rdアルバム『サーペント・イズ・ライジング』を発表。ここからかなりポップ性を意識し始め、曲も大曲から短いものへと変貌していく。ただし、この中で一人だけ意識的にロックを続けたのがクルリュウスキ。ここから彼らの音楽性による亀裂が始まる。1975年、2年前に発売された2ndアルバムに収録されていた「憧れのレイディ」が2月から序々にチャートを上昇、8月には全米6位まで浮上し(2週維持)。さらにこれによってアルバムもセールスが延びてゴールドディスクを獲得。このヒットにより同年秋大手A&Mに移籍した。これに関連して移籍第一弾のアルバム『分岐点』の制作後、全米ツアー前に音楽性の違いからクルリュスキが脱退、代って元MS FUNKのトミー・ショウ(Vo./g.)が加入した。

ポップスセンスに秀でたトミー・ショウが加入した事でスティクスの作品はより一般的な人気を獲得し、1977年発表のアルバム『グランド・イリュージョン〜大いなる幻影』が全米トップ10入り、シングルでは「カム・セイル・アウェイ」が全米8位となる。1979年リリースの『コーナーストーン』からはついに全米No.1シングルの「ベイブ」が生まれ[2]、アルバムも全米2位の大ヒットとなり、スティクスは人気バンドとしての成功を獲得するに至った。さらに1981年リリースの『パラダイス・シアター』からは「ザ・ベスト・オブ・タイムズ」が全米3位、「時は流れて」が全米9位となり、アルバムは初の全米1位を記録した[3]

1982年1月には『パラダイス・シアター』を主作品とした初来日ツアーが催行され、6日・福岡サンパレスホール/8日・名古屋市公会堂/9日・京都会館第一ホール/11日・大阪フェスティバルホール/12日・横浜文化体育館/13日・日本武道館大ホールの合計6コンサートが催された。さらに1983年には『ミスター・ロボット』がリリースされ、日本語の歌詞が含まれた表題曲が収録されて話題となるなど、日本でもその人気が浸透していった。

その後、デニスとトミーとの間に亀裂が生じ、各々がソロ活動に尽力することとなった。80年代後半には既にSTYXの存在は薄れていった。90年にはトミーがダム・ヤンキースに参加。テッド・ニュージェント(g.),ナイトレンジャージャック・ブレイズ(b.)がこれに参加し、2人のリードギター、3人のリードヴォーカルという一風変わった構成を持ったバンドだった。彼らも「ハイイナフ」(全米3位)でヒットを出している。

デニスはこれに対抗してか同年にトミーを除いた別メンバー(トミーの代わりに元ハマー(ヤン・ハマーのバンド)のグレン・バートニック(Glen Burtnik, g,vo)で再結成し、同年暮れにはアルバム『エッジ・オブ・センチュリー』をリリース。シングル「ショウ・ミー・ザ・ウェイ」1990年が全米3位を獲得するなど相変わらずヒットを飛ばすが、メンバー・チェンジなどを繰り返し、不安定な状態での活動が続いている。

トミーの方はダム・ヤンキーズで2枚のアルバムを出した後、テッド・ニュージェント脱退を受けてそのままブレイズとショウ&ブレイズというバンド名で活動し、1枚のみだがアルバムも残している。   そして1996年、今度はトミーも含んだ全盛期のメンバーが揃ってのスティクス再結成が話題を呼んだ。

しかし、このメンバーでツアーに出ようとした矢先、ドラムのジョンが急逝(アルコール中毒だったらしい)という悲しいアクシデントが起きてしまった。ジョンの追悼ライヴになってしまったこのツアーでは、急遽ドラムにトッド・ズッカーマン (Todd Sucherman) を迎え、新曲も数曲披露された。

この模様はアルバム用としてもライヴ・レコーディングされ、翌97年『リターン・トゥ・パラダイス』と題してリリースもしている。内容はグレテスト・ヒッツ・ライヴとも呼べるほぼ完璧な素晴らしいものだ。

そのままのメンバーでスタジオ・レコーディングも行われ1999年にアルバム『ブレイヴ・ニュー・ワールド』としてリリースされたが、こちらは内容的にどうもトミー主導で作られたような印象があり、善くも悪くもあまり往年のスティクスを感じさせない。

この直後デニスの脱退が伝えられたが、バンド自体はキーボード&ヴォーカルにローレンス・ゴーワン (Lawrence Gowan) を迎えて存続させた。

2000年には、このデニス抜きのメンバーで2度目の来日公演も行われている。

ところが、自分の脱退理由は健康上のものであり、自分無しでのバンド続行は無効であるとするデニスは、バンドに対し訴訟を起こしていたらしい。その結果がどうなったのかは分からない。

しかしまた2003年には、このメンバーに元の再結成メンバーであったグレン・バートニックをベース・ギター&ヴォーカルにスイッチさせて迎え入れ、スティクスとしてのアルバム『サイクロラマ』を正式リリースしている。

このアルバム、ジャケット・デザインには『ピーシズ・オブ・エイト』以来となるストーム・トーガソン(元ヒプノシス)を起用したり、元ビーチボーイズのブライアン・ウィルソンをゲスト・バック・ヴォーカルに迎えるなど相当に気合いが入っている。 曲も結構良く、一応ところどころに昔のスティクスらしい効果音なども入って入るが、取って付けたようでまったく曲調には合っていない。 どちらかというとアメリカン・ロックの泥臭さが染み出るような仕上がりになっていて、往年のスティクスとはまったくの別バンドと考えた方がよいだろう。 デニスそっくりに唄うローレンス・ゴーワンの「フィールズ・オブ・ザ・ブレイヴ」が一番スティクスっぽいと言われた。

尚、2004年時点では、ベースが元ベイビーズ→バッド・イングリッシュのリッキー・フィリップス (Ricky Phillips) に替わっている。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] オリジナル・アルバム

  • 1972 スティクス (Styx)
  • 1973 レディ (Styx II) (全米20位)
  • 1974 サーペント・イズ・ライジング (The Serpent Is Rising) (全米192位)
  • 1974 ミラクルズ (Man Of Miracles) (全米154位)
  • 1975 分岐点 (Equinox) (全米58位)
  • 1976 クリスタル・ボール (Crystal Ball) (全米66位)
  • 1977 グランド・イリュージョン〜大いなる幻影 (The Grand Illusion) (全米6位)
  • 1978 ピーシズ・オブ・エイト〜古代への追想 (Piece Of Eight) (全米6位)
  • 1979 コーナーストーン (Cornerstone) (全米2位)
  • 1981 パラダイス・シアター (Paradise Theater) (全米1位)
  • 1983 ミスター・ロボット (Kilroy Was Here) (全米3位)
  • 1990 エッジ・オブ・ザ・センチュリー (Edge Of The Century) (全米63位)
  • 1999 ブレイブ・ニュー・ワールド (Brave New World) (全米175位)
  • 2003 サイクロラマ (Cyclorama) (全米127位)
  • 2005 ビッグ・バン・セオリー (Big Bang Theory)

[編集] ライブ・アルバム

  • 1984 スティクス・ライヴ (Caught In The Act) (全米31位)
  • 1997 リターン・トゥ・パラダイス (Return To Paradise) (全米139位)
  • 2000 アーチ・アライズ〜ライヴ・アット・リヴァーポート (Arch Allies:Live At Riverport)
  • 2001 スティクスワールド・ライヴ2001 (Styxworld Live 2001)
  • 2002 アット・ザ・リヴァー・エッジ (At The River's Edge - Live In St. Louis)
  • 2003 21st Century Live

[編集] シングル

1972年

  • Best Thing (全米82位)

1974年

  • Lady (全米6位)

1975年

  • You Need Love (全米88位)

1976年

  • Lorelei (全米27位)
  • Mademoiselle (全米36位)

1977年

  • Crystal Ball
  • Come Sail Away (全米8位)

1978年

  • Fooling Yourself (The Angry Young Man) (全米29位)
  • Blue Color Man (Lonely Nights)(全米21位)

1979年

  • Sing For The Day (全米41位)
  • Renegade (全米16位)
  • Babe (全米1位)

1980年

  • Why Me (全米26位)
  • Borrowed Time (全米64位)

1981年

  • The Best Of Time (全米3位)
  • Too Much Time On My Hands (全米9位)
  • Nothing Ever Goes As Planned (全米54位)

1983年

  • Mr. Roboto (全米3位)
  • Don't Let It End (全米6位)
  • High Time (全米48位)

1984年

  • Music Time (全米40位)

1990年

  • Love Is A Ritual (全米80位)
  • Show Me The Way (全米3位)

1991年

  • Love At First Sight (全米25位)

1997年

  • Paradise

1999年

  • Everything Is Cool

2003年

  • Waiting For Our Time

2005年

  • I Am The Walrus

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

[編集] 参考文献

  • 1982年来日ツアー公演パンフレット。

[編集] 脚注

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  1. ^ 1982年の来日ツアーの公演パンフレットより
  2. ^ 1979年12月8日/12月15日付けの2週連続。詳細はこちら
  3. ^ 1981年4月4日/同11日/5月9日付けの3回。詳細はこちら