スチュアート・ルイス=エヴァンズ

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スチュアート・ルイス=エヴァンズ
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1930年4月20日
没年月日 1958年10月25日(28歳)
F1での経歴
活動時期 1957年1958年
過去の所属チーム コンノート, ヴァンウォール
出走回数 14
優勝回数 0
通算獲得ポイント 16
表彰台(3位以内)回数 2
ポールポジション 2
ファステストラップ 0
初戦 1957年モナコグランプリ
最終戦 1958年モロッコグランプリ
タイトル 0
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スチュアート・ナイジェル・ルイス=エヴァンズ (Stuart Nigel Lewis-Evans, 1930年4月20日 - 1958年10月25日) は、イギリスのレーシングドライバー。1957年にF1デビューし、14戦に出走した。表彰台は2回、16ポイントを獲得し、ポールポジションも2回獲得している。

経歴[編集]

ルイス=エヴァンズは1951年にクーパー500でF3に参戦、レース経歴を始めた。彼は父親のルイス「ポップ」エヴァンズ[1]に時には励まされ、時には競った。彼は多くの勝利と表彰台を獲得し、1956年まで同クラスで活動した。

ルイス=エヴァンスは青年実業家のバーニー・エクレストンと親しくなり、自身の個人マネージャーを任せることになる。エクレストンはF1から撤退したコンノートのマシンを買い取り、1台をルイス=エヴァンスに託した[2]。最初のF1のレースは1957年モナコグランプリであった。性能の劣るコンノート・タイプBでルイス=エヴァンズは4位に入賞したが、レースはファン・マヌエル・ファンジオトニー・ブルックスマステン・グレゴリーらとマセラティ・250Fが支配する中、それに続く物であった。

この結果を見たヴァンウォールのオーナー、トニー・ヴァンダーヴェルはルイス=エヴァンズを自らのチームに招き、3台目のヴァンウォールをドライブさせた。1957年のヴァンウォールは速かったものの、少々信頼性に欠けていた。ルイス=エヴァンズのF1における初勝利はノンタイトル戦の1957年モロッコグランプリであった。また、同年最終戦のイタリアグランプリではポールポジションを獲得した。

1958年のF1世界選手権はヴァンウォールにとって前年よりはるかに良く、序盤戦でそれは判明した。スターリング・モストニー・ブルックスはそれぞれ3勝を挙げ、ルイス=エヴァンズはベルギーポルトガルで表彰台に上り、チームに貢献した。彼はまたオランダではポールポジションを獲得したが、決勝はリタイアとなった。これはこの年の唯一のリタイアということではなかったが、この年表彰台以外でポイント圏内完走したのはイギリスグランプリの4位であった。

ルイス=エヴァンズはシーズン最終戦のモロッコでクラッシュした。ほこりだらけのアイン・ディアブ・サーキットで彼のヴァンウォールはエンジンが故障し、高速でバリアに激突、車は炎上した。彼はイギリスに空路で搬送されたが、事故の6日後に重度の火傷のため病院で死去した[3]。ルイス=エヴァンズの死は1958年のヴァンウォールのタイトルに暗い影を投げかけることとなった。ヴァンダーヴェルはルイス=エヴァンズの死から完全に回復することは無く、ヴァンウォールは1958年をもってモータースポーツから撤退することとなった。

親友を失ったエクレストンはモータースポーツから離れたのち、ヨッヘン・リントのマネージャーとして復帰するが、リントも1970年に事故死した。エクレストンはブラバムのチームオーナーを経て、F1ビジネス成長の立役者となる。

戦績[編集]

F1での戦績[編集]

(凡例; 太字はポールポジション)

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 順位 ポイント
1957 コンノート・エンジニアリング コンノート タイプB アルタ 直列4気筒 ARG MON
4
12位 5
ヴァンダーヴェル・プロダクツ Ltd. ヴァンウォール ヴァンウォール 直列4気筒 500 FRA
Ret
GBR
7
GER
Ret
PES
5
ITA
Ret
1958 ヴァンダーヴェル・プロダクツ Ltd. ヴァンウォール ヴァンウォール 直列4気筒 ARG MON
Ret
NED
Ret
500 BEL
3
FRA
Ret
GBR
4
GER
DNA
POR
3
ITA
Ret
MOR
Ret
9位 11

ノンタイトル戦結果[編集]

(凡例)

チーム シャシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
1956 コンノート・エンジニアリング コンノート タイプB アルタ 直列4気筒 NZL BUE GLO SYR BAR INT NAP AIN VAN CAE SUS BRS
2
AUS
1957 コンノート・エンジニアリング コンノート タイプB アルタ 直列4気筒 BUE SYR PAU GLV
1
NAP
Ret
ヴァンダーヴェル・プロダクツ Ltd. ヴァンウォール ヴァンウォール 直列4気筒 RMS
3
CAE INT MOD MOR
2
1958 コンノート・エンジニアリング コンノート タイプB アルタ 直列4気筒 BUE GLV
5
SYR
スチュアート・ルイス=エヴァンズ クーパーT45 クライマックス 直列4気筒 AIN
5
INT
7
CAE
5

関連項目[編集]

参照[編集]

  1. ^ The Radnorian
  2. ^ "バーニー・エクレストンのF1人生". ESPN F1.(2010年11月1日)2014年2月11日閲覧。
  3. ^ Motor Sport, December 1958, pp.821 & 824.

外部リンク[編集]

先代:
ピーター・コリンズ
F1での事故死
1958年9月19日
次代:
ジェリー・アンサー