SRIインターナショナル

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カリフォルニア州メンローパーク、ラーヴェンスアベニューのSRIインターナショナルの中心施設群

SRIインターナショナル(SRI International)は、世界で最も大きな研究機関のひとつである。1946年スタンフォード大学により、スタンフォード研究所(Stanford Research Institute)の名で地域の経済発展を支援する目的で設置されたものである。後に完全に大学から独立し、アメリカ合衆国の非営利組織として独自の法人となった。1977年に SRIインターナショナルへと改称。スタンフォード大学からそう遠くないカリフォルニア州メンロパーク市に本拠地を持つ他、全米各地および米国外にも研究所や連絡事務所を持っている[1]。日本支社は1961年開設[2]。2010年現在、カーティス・カールソンが所長を勤める[3]

SRIインターナショナルの研究分野は広範囲に渡り、千件以上の特許を所有している[4]。また、独自の研究以外に委託研究も行い、個々の研究に関する報告書を販売している。

1970年、スタンフォード研究所はスタンフォード大学から分離独立。この分離はベトナム戦争で高まった反戦運動により、同研究所での米国国防高等研究計画局出資による研究が軍への協力ではないかとの批判への反応でもあった。

目次

[編集] プロジェクト

以下に研究所の広報資料から抜粋したSRIの主要な研究プロジェクトを挙げる[5]

[編集] 1940年代

1948年、SRI は石油会社シェブロンからの委託で石鹸のためのヘットヤシ油の人工代替品の研究開発を開始した。SRI は有望な代替人工物質として直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムの一種、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを見い出し、後にP&Gはこれを家庭用洗剤に使用して大成功を収めた[要出典]

[編集] 1950年代

1950年代初期、ディズニー兄弟はカリフォルニア州バーバンクに建設予定だったディズニーランドと呼ばれるアミューズメントパークに関して SRI に助言を求めた。SRI は建設地の妥当性、来園者パターン、経済的実現可能性についての情報を提供した。また、もっと大きな土地のあるアナハイムの場合についても詳細な報告書を作成した。その後もオンサイトで支援を続け、拡張の際にも助言を行った。

1952年テクニカラー社は手作業だったフィルム複写を電気光学的に自動化するための研究開発について SRI と契約を結んだ。この技術は映画産業に多大な影響をもたらし、1959年、SRI とテクニカラーはその業績を認められアカデミー科学技術賞を受賞した。

1954年サザンパシフィック鉄道は貨物運搬中の貨物へのダメージを減らすための研究を SRI に依頼した。これにより Hydra-Cushion 技術が開発され、今日でも標準的に使われている。

1950年代、SRI はバンク・オブ・アメリカと共同で MICR(磁気インク文字認識)を研究し、小切手処理の自動化システムを開発した。これも(アメリカでは)標準技術となった。

[編集] 1960年代

ダグラス・エンゲルバートは、On-Line Systemの設計開発を行った。彼は SRI 内に Augmentation Research Center (ARC) を設立し、そこで様々なマンマシンインタフェースを開発した。例えば、ビットマップ・ディスプレイグループウェアハイパーテキストマウスなどを含む先駆的なグラフィカルユーザインタフェースなどである。その後への影響という意味で、エンゲルバートは SRI 出身者の中でも最も有名である。

1964年、Bill English はエンゲルバートの設計に基づいて世界初のマウスの試作品を製作した。

1960年代、RCA研究所で液晶ディスプレイが開発されたが、同研究所は現在は Sarnoff Corporation と呼ばれ、SRI 配下にある。

1966年から1972年にかけて、SRI の人工知能センターは自身の行動を認識して動くロボットを開発した。"Shakey" と名づけられたロボットには、TVカメラ、三角測量レンジファインダー、凹凸センサーなどが装備されていた。Shakey the Robot はソフトウェアによる認識能力、世界のモデル化、行動能力が備わっていた。

SRI では磁気コアメモリを発展させた世界で唯一の完全磁気デジタル計算機も開発した[6]

[編集] ARPANET

1969年10月29日、世界初のコンピュータネットワークARPANETカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のレナード・クラインロックの研究室と SRI のダグラス・エンゲルバートの研究室の間を結んで稼動を開始した。両サイトのInterface Message Processorは世界初のインターネット・バックボーンとなった[7]

SRIとUCLAの他にカリフォルニア大学サンタバーバラ校ユタ大学が最初の4ノードを構成した。1969年12月5日、4ノード全部が相互接続された。

[編集] 1970年代

1970年代、SRI はパケット通信ラジオ(現在の無線ネットワークの先駆け)、OTHレーダー、Deafnet、マラリア治療法、真空微細電子工学、レーザー光凝固術(眼病の治療法の一種)、ソフトウェアによるフォールトトレラントなどの研究開発を行った。

1972年、SRIの研究者 Harold E. Puthoff は生命プロセスにおける量子力学に関する研究を提案した。この結果としてCIAによる透視技術の開発(スターゲイト・プロジェクト)が行われたとされているが、現在は行われておらず機密からも外されている。

[編集] 1980年代

1980年代、SRI はザイロン繊維、ステルス技術、超音波画像処理の改善など様々な研究開発を行った。

[編集] 脚注

  1. ^ Contact SRI, SRI International. access date 2010/4/13
  2. ^ SRI インターナショナル日本支社
  3. ^ SRI Management, SRI International. access date 2010/4/13
  4. ^ Intellectual Property and Licensing, SRI International. access date 2010/4/13
  5. ^ World-Changing Innovations from SRI International, SRI International. access date 2010/4/13
  6. ^ All-Magnetic Logic, SRI International. access date 2010/4/13
  7. ^ Wileen Wong Kromhout UCLA, birthplace of the Internet, celebrates 40th anniversary of network's creation, UCLA Newsroom, October 15, 2009.

[編集] 外部リンク

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