スタニスラワ・ワラシェビッチ

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スタニスラワ・ワラシェビッチ Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム スタニスラワ・ワラシェビッチ(後にステラ・ウォルシュ・オルソン)
愛称 Stella, Stefania
国籍 ポーランドの旗 ポーランド
種目 短距離走、円盤投
所属 Warszawianka, Warszawa (POL)
Legia Warszawa, Warszawa (POL)
生年月日 1911年4月3日
生誕地 ポーランド、Wierzchownia[1]
没年月日 1980年12月4日(満69歳没)
死没地 アメリカ合衆国オハイオ州クリーヴランド
身長 174cm
体重 60kg
自己ベスト 100ヤード:10秒5(1944年)
100m:11秒6(1937年)
200m:23秒6(1935年)
 
獲得メダル
ポーランドの旗 ポーランド
女子 陸上競技
オリンピック
1932 ロサンゼルス 100m
1936 ベルリン 100m
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スタニスラワ・ワラシェビッチ(Stanisława Walasiewicz、1911年4月3日[2]- 1980年12月4日)は、ポーランドの元陸上競技選手。

経歴[編集]

ワラシェビッチは2歳のときにポーランドからアメリカ移民してきた。何度もアメリカの市民権を得ようとしたものの認められなかった。彼女はアメリカの市民権をとる前から、陸上競技会で数多くのタイトルを獲得してきた。彼女はふだんはステラ・ウォルシュと名乗っていた。

彼女は優秀なランナーになったことで、ついにアメリカの市民権を得ることができた[3]。しかし、彼女は1932年ロサンゼルスオリンピックにはポーランドの代表としてオリンピックに参加することとした。

ワラシェビッチは予選と準決勝の両方で11秒9と当時の世界タイ記録の好走を見せ、決勝に進出。決勝でも11秒9を出し、金メダルの栄冠に輝いた。さらに彼女は同日行われた円盤投にも出場し6位という結果を残している[4]。さらに4年後の1936年ベルリンオリンピックに出場し、オリンピック連覇を目指した。しかし、当時の世界記録保持者であったヘレン・ステフェンスに敗れ銀メダルに終わる。

1947年に結婚し、ステラ・ウォルシュ・オルソンとなる。その後40歳になる1951年まで彼女は競技会で勝利を収め続けてきた。

その後[編集]

1980年にワラシェビッチは強盗に襲われ殺される。ところが検死の際、彼女は実は両性具有者であることが判明した[5][6]。見た目は女性であったが、体には睾丸も備わっていたのである。1992年まで国際陸連はワラシェビッチのような両性具有者は女性の競技に出場することが許されていなかった。ワラシェビッチが残してきた記録を抹消するか否かという議論が発生した[7][8] 。しかし国際オリンピック委員会と国際陸連はともに抹消するといった決定はせず、彼女の残した記録は現在まで残っている。

脚注[編集]

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  1. ^ 現在ではBrodnica郡(en:Brodnica County)に所属している。
  2. ^ 4月7日生まれまたは4月11日生まれとする情報もある。
  3. ^ (ポーランド語) Klaudia Snochowska-Gonzales. “Walasiewicz była kobietą (Walasiewicz Was a Woman)”. Gazeta Wyborcza 190 (14 August 2004): 8. http://szukaj.gazeta.pl/archiwum/1,0,4144041.html?wyr=Walasiewicz%2B%2B%2B 2006年5月31日閲覧。. 
  4. ^ Polish Olympic Committee (corporate author) (2005年). “Los Angales - 1932.08.02 (sic!)”. Polski Portal Olimpijski PKOl. Polish Olympic Committee. 2006年6月1日閲覧。
  5. ^ (英語) AP通信 (corporate author). “Report Says Stella Walsh; Had Male Sex Organs”. The New York Times (23 January 1981). http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9400EFDA153BF930A15752C0A967948260 2006年5月31日閲覧。. 
  6. ^ (英語) Walasiewicz, Stanislawa (2006) In Encyclopædia Britannica Retrieved 1 June 2006
  7. ^ (ポーランド語) Piotr Słonimski. “Co ma wirus do płci (On Viruses and Gender)”. Rzeczpospolita 266 (15 November 2002). http://www.rzeczpospolita.pl/gazeta/wydanie_021115/nauka/nauka_a_1.html 2006年6月1日閲覧。. 
  8. ^ (英語) Cecil Smith; various authors (1998). “History of Canadian Track and Field and Road Running”. In Charles J. Humber. Canada Heirloom Series. Mississauga: Heirloom Publishing. pp. 344–349. ISBN. http://collections.ic.gc.ca/heirloom_series/volume1/chapter10/344-349.htm 2006年6月1日閲覧。. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]