スクウェア・エニックス

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株式会社スクウェア・エニックス
SQUARE ENIX CO., LTD.
Square Enix logo.svg
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 スクエニ、SQEX
本社所在地 日本の旗 日本
160-8430
東京都新宿区新宿6丁目27番30号
新宿イーストサイドスクエア
北緯35度41分47.97秒 東経139度42分30.75秒 / 北緯35.6966583度 東経139.7085417度 / 35.6966583; 139.7085417座標: 北緯35度41分47.97秒 東経139度42分30.75秒 / 北緯35.6966583度 東経139.7085417度 / 35.6966583; 139.7085417
設立 2008年10月1日1975年9月22日創業)
業種 情報・通信業
事業内容 コンシューマーゲームオンラインゲーム、携帯電話コンテンツの企画・開発・販売・配信、書籍の出版等
代表者 和田洋一(代表取締役会長)
松田洋祐(代表取締役社長)
資本金 15億円
2012年3月31日現在)
売上高 単独:635億9,800万円
(2012年3月期)
純資産 単独:512億4,300万円
(2012年3月31日現在)
総資産 単独:773億7,500万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 単独:1,879人
(2007年9月30日現在)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス:100.0%
関係する人物 福嶋康博(名誉会長・エニックス創業者)
本多圭司(元代表取締役副社長・前エニックス社長)
その他関係人物は#主要クリエイター・広報#かつて在籍したクリエイターを参照
外部リンク スクウェア・エニックス
特記事項:従業員数は(旧)株式会社スクウェア・エニックスのもの。
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株式会社スクウェア・エニックス英語SQUARE ENIX CO., LTD.)は、スクウェア・エニックス・ホールディングス傘下の日本でのゲームソフト制作・開発会社、出版社である。略称はスクエニ、あるいはSQEXである。

概要[編集]

2003年(平成15年)4月1日に、株式会社エニックス株式会社スクウェア合併により誕生した(合併直前、スクウェアに対して行われたSCEIからの支援、デジキューブの倒産については後述)。

合併については様々な理由が挙げられているが、主には次の通りである。

タイトーの買収については、スクウェア・エニックスに欠けているアーケードゲーム事業への進出を見越したものである。タイトーを買収したことによってアーケードゲームも幾つか製作している。

沿革[編集]

旧エニックス[編集]

  • 1975年9月22日 - 株式会社営団社募集サービスセンター設立。
  • 1980年2月 - 営団社募集サービスセンターの完全子会社として、株式会社営団社不動産設立。
  • 1981年8月 - 営団社不動産が、商号株式会社営団社システムに変更。
  • 1982年8月 - 営団社システムが、商号を株式会社エニックスに変更。
    • 第一回ゲーム・ホビープログラムコンテストを主催。
  • 1983年10月 - 小西六(現コニカミノルタ)との合弁により株式会社小西六エニックス設立。
  • 1987年10月 - 小西六の社名がコニカに変更した事に伴い、小西六エニックスが商号をコニカエニックス株式会社に変更。
  • 1988年3月 - エニックスの完全子会社としてエニックスプロダクツ株式会社を設立。
  • 1989年1月 - エニックスがコニカエニックスを完全子会社化。
  • 1989年4月 - 営団社募集サービスセンターが、子会社3社のエニックス(旧エニックス)、コニカエニックスおよびエニックスプロダクツを吸収合併し、商号を株式会社エニックスに変更(ただし、当時の営団社募集サービスセンターは休業状態であり、実質上の存続会社は旧エニックス)。
  • 1991年8月 - 社団法人日本証券業協会に株式を店頭登録店頭公開)。
  • 1999年8月 - 東京証券取引所1部上場。

旧スクウェア[編集]

  • 1986年9月 - 株式会社スクウェア(以下「旧スクウェア」)設立。
  • 1991年4月 - 株式額面金額の変更を目的として、休眠会社を買収して商号変更した株式会社スクウェア1966年7月11日設立)を存続会社として、旧スクウェアを吸収合併。
  • 1994年8月 - 日本証券業協会に株式を店頭登録(店頭公開)。
  • 1999年6月 - スクウェアの完全子会社として下記の4社を設立。7月にスクウェアの事業の一部をそれぞれに営業譲渡
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアヴィジュアルワークスを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアサウンズを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクアーツを設立。
    • スクウェアの完全子会社として株式会社スクウェアネクスト(後に、株式会社ゲームデザイナーズ・スタジオ、株式会社SQEXを経て、株式会社タイトーと合併)を設立。
  • 2000年8月 - 東京証券取引所1部上場。
  • 2001年1月 - スクウェアがスクウェアヴィジュアルワークスおよびスクアーツを合併。
  • 2002年4月 - スクウェアがスクウェアサウンズを合併。

合併後[編集]

社名の由来[編集]

エニックスの由来は、世界初のスーパーコンピュータと言われている「ENIAC」(エニアック)と不死鳥PHOENIX」(フェニックス)を足したものである。

スクウェアは、ゴルフのアドレスやグリップ(構え)で使われる「スクウェア」が由来。スクウェアには「正方形」「広場」「頑固な」「きちんとした」などの意味があり、ゴルフでは飛球線に対して90度に正対している状態を指す。問題に対して逃げ腰ではなく、直視していく企業体を目指す意味で名付けられた。ゲームソフトのクリエーター達が集まる広場「スクウェア」を意味しているのと、旧スクウェアの会社生誕の地である四国(四角形から)への謝意も込められている。

先端機器が整備された製作環境の中で、クリエーター達が豊かな感性と創造力を発揮し、世界に通用するエンタテインメントを提供する国際的企業となる思いが込められている。

合併後の名称が「エニックス・スクウェア」で無く「スクウェア・エニックス」となったのは、「SQUARE ENIXだとEが重なり、社がひとつにまとまった感じがある」「株式交換比率(1:0.85)[4]により、エニックスがスクウェアを吸収合併したという印象を薄らげるためにスクウェアを前に持ってくるという配慮」「エニックス・スクウェアだと、スが連続し発音しづらい」があると思われている[要出典]。「エニックス・スクウェア」だと略称がエニウェア("anywhere"(どこか)と同じになる)となる点も挙げられる。

ゲーム部門[編集]

開発・発売タイトル[編集]

合併以前の旧エニックス・旧スクウェアそれぞれが開発・発売したソフト、および廉価版「アルティメットヒッツ」「レジェンダリーヒッツ」についてはそれぞれの項目を参照。

開発部門[編集]

内製のゲームソフト開発の人員は旧スクウェアタイトルに大半が集中され、旧エニックスタイトルは従来通り企画、委託開発の管理が中心であるが、旧エニックス社員も旧スクウェアソフトのチームに開発スタッフとして名を連ねている事もあり、ドラゴンクエストXのように内製の旧エニックスタイトルが生まれているほか、ファイナルファンタジーシリーズをはじめ旧スクウェアのシリーズタイトルにおいても一部開発を外部デベロッパーに委託する作品が見受けられるようになっている。

下記のような事業部制は無くなって、プロジェクトごとにチームが結成されるようになり、2013年12月からはビジネス・ディビジョンという区分けになっている[5]

かつてあった事業部制[編集]

  • 第1開発事業部
    • 部長:北瀬佳範
    • 代表作:ファイナルファンタジーシリーズ(VII、VIII、X、X-2、XIII、XV、零式、ディシディア、シアトリズム)、キングダム ハーツ シリーズ
    • 野村哲也鳥山求所属
  • 第2開発事業部
  • 第3開発事業部
    • 部長:田中弘道(発足当時)
    • 代表作:ファイナルファンタジーシリーズ(XI、XIV)、クロノシリーズ、ゼノギアス、デュープリズム
  • 第4開発事業部
    • 部長:松野泰己(発足当時)
    • 代表作:ファイナルファンタジーXII、ファイナルファンタジータクティクスシリーズ、ベイグラントストーリー
    • 旧クエスト
  • 第5開発事業部
    • 部長:平田裕介(発足当時)
    • 代表作:オールスター・プロレスリングシリーズ、日米間プロ野球、武蔵伝シリーズ
    • 大阪事業所所属
  • 第6開発事業部
    • 部長:土田俊郎(発足当時)
    • 代表作:フロントミッションシリーズ
    • 旧ジークラフト
  • 第7開発事業部
    • 元部長:時田貴司
    • 代表作:半熟英雄シリーズ、パラサイト・イヴシリーズ、バウンサー、ナナシノゲエム
  • 第8開発事業部
  • 第9開発事業部
    • 部長:三宅有
    • 代表作:ドラゴンクエストシリーズ
    • 旧エニックスドラクエ課
    • 関連:堀井雄二
  • 第10開発事業部
  • モバイル事業部
    • 部長:洞正浩
    • 携帯電話向けコンテンツの開発

主要クリエイター・広報[編集]

2012年現在社員として所属するもののみ。50音順。


かつて在籍したクリエイター・広報[編集]

主な委託先開発会社[編集]

  • アクセスゲームズ:ロードオブアルカナ、ドラッグオンドラグーン3
  • アルテピアッツァ:DRAGON QUESTシリーズ(PS版IV・VII、PS2版V、DS版IV・V・VI、3DS版VII)
  • epics:「ナナシ ノ ゲエム」シリーズ
  • キャビア:ドラッグオンドラグーンシリーズ、ドラゴンクエスト 少年ヤンガスと不思議のダンジョン、ニーアゲシュタルト/レプリカント等
  • ジュピター:キングダムハーツCoM、すばらしきこのせかい等
  • シリコンスタジオ:ブレイブリーデフォルト
  • シンクガレージ:ロードオブヴァーミリオンシリーズ、シグマハーモニクス等
  • シンク・アンド・フィール:FFXIIレヴァナント・ウイング、ブラッドオブバハムート
  • トーセ:ドラゴンクエストモンスターズシリーズ(3DS版を除く)、スライムもりもりシリーズ、FINAL FANTASYシリーズ(GBA版IV・V・VI、PSP版I・II)等
  • トライエース:スターオーシャンシリーズ、ヴァルキリープロファイルシリーズ等
  • バイキング:ガンスリンガー ストラトス
  • ハ・ン・ド:キングダムハーツシリーズ(コーデッド、358/2days)、チョコボシリーズ等
  • マトリックス:FINAL FANTASYシリーズ(XI各追加ディスク、DS版III・IV、FFIVアフターイヤーズ、光の4戦士、FFレジェンズ等)
  • メディア・ビジョン:ヘビーメタルサンダー、ケイオスリングス、エストポリス等
  • ラクジン:DS版サガシリーズ
  • レベルファイブ:DRAGON QUESTシリーズ(VIII、IX)
  • ロケットスタジオ:ドラゴンクエストモンスターズバトルロード、超速変形ジャイロゼッター

オンラインゲーム部門[編集]

旧エニックスでは主にPC向け、旧スクウェアでは家庭用ゲームハードとPC向けのオンラインサービスPlayOnline(以下POL)を展開。合併後も継続して様々なオンラインゲームの開発、運営を行っている。

ファイナルファンタジーXI』(以下FFXI)が日本、欧米で順調に会員数を獲得していきオンラインゲーム事業は収益の中核となっていった。アジア地域では『クロスゲート』を展開中(日本国内の運営は2007年9月30日 23:59をもって終了)。しかし収益のほとんどが『FFXI』によるものであったため、同作品以外のコンテンツのサービス縮小や撤退が相次いだ。この流れはPC向けオンラインゲームで顕著だったが、2006年に入ってからはPOL関連コンテンツからも撤退や他社へ運営が移管される作品が現れた。

2007年に発表された『コンチェルトゲート』のようにスクウェア・エニックスがゲームを制作し、運営を他社が担当するといった動きも見せている。中国では現地企業との協業で利益を伸ばしている[6]

サービス中のタイトル[編集]

サービス終了タイトル[編集]

出版部門[編集]

主に旧エニックスで展開されていた、1988年より開始したドラゴンクエストシリーズの公式ガイドブックやノベライズ作品・ファンブック・ゲームブックの出版が始まりで「ドラゴンクエストIII 新たなる伝説」に掲載された栗本和博4コマ漫画が好評だった事からドラクエシリーズの「4コママンガ劇場」を1990年に発刊。翌年には漫画雑誌月刊少年ガンガン』を創刊した。2007年現在は「アルティマニア」等、デジキューブ(2003年11月倒産)が行っていた旧スクウェア系の公式ガイドブックなどの出版物の発行も受け継いでいる。デジキューブ倒産に伴い絶版となっていた一部の書籍音楽CDも、スクウェア・エニックス名義で再版されている。なお、デジキューブ倒産後から自社レーベル発足までの期間のCDは、他社から発売されているものがある。また、デジキューブを設立した1996年以前(スーパーファミコン版まで)の書籍・CD類は、NTT出版から発売されている(CDについては、多くが2004年にリニューアルされて再発売されている。また、一部スクウェア・エニックスから再発売した作品も存在する)。

ガンガン系各誌は児童誌、少年誌少女誌の雰囲気が混在する独特の誌面により、「(スクウェア・)エニックス系漫画」というジャンルを確立している。

かつては、「魔法陣グルグル」「南国少年パプワくん」「まもって守護月天!」などの人気作で一世を風靡した連載作家陣のうちの主力作家の一部が、いわゆる「エニックスお家騒動」(担当社員によるマッグガーデン設立およびスタジオDNAによる一賽舎設立への参加)により『月刊ガンガンWING』を中心に多数の所属作家を失うというトラブルもあったが、直後に連載開始された「鋼の錬金術師」が大ヒットし、誌面の弱体化は解消している。

2004年にはスクウェア・エニックス小説大賞(現スクウェア・エニックスライトノベル大賞)を設立し、ライトノベルの発行も行っている。

連載漫画がメディアミックスの過程でゲーム化する際、基本的にはスクウェア・エニックス自身が制作・販売を行うが、一部例外も存在する。

漫画雑誌[編集]

過去に発行していた漫画雑誌

小説[編集]

マーチャンダイジング部門[編集]

アルトニア(東新宿

主に旧スクウェアが外注で展開していたフィギュアやアクセサリー商品を、自社販売に改めた事業部。

販売ルート[編集]

商品[編集]

任天堂との関係[編集]

ファミリーコンピュータスーパーファミコン全盛時代、ドラゴンクエストシリーズというビッグタイトルを持つエニックスは、任天堂サードパーティーとして非常に重要な位置にあった。ファイナルファンタジーシリーズで追いかける形にあったスクウェアは、任天堂との絶大な信頼関係を持っていた小学館ゲーム・オン!編集部)との合同企画として1994年に『ライブ・ア・ライブ』を製作したり、1996年に『スーパーマリオRPG』を共同開発するなど、任天堂との関係をどうにか強めようと模索していた。

しかし『ライブ・ア・ライブ』はさほどヒットせず、『スーパーマリオRPG』はヒットしたものの、スクウェア側のスタッフが独立してしまうなどと必ずしもスクウェアの思うようにはならなかった。この時期と前後して、『ファイナルファンタジーVII』の製作スタッフである坂口博信が「プレイステーション」の映像力に魅了されており、FFシリーズのプレイステーションへの移籍への道を探っていた。

スクウェア自体もまたこの流れに同調し、『トレジャーハンターG』を最後に任天堂ハードへのソフト開発(NINTENDO64用に開発していた約10タイトル含む)を中止する。鈴木尚スクウェア社長(当時)によれば、プレイステーション(PS)に独占供給を決めた際に任天堂の山内社長は「機種の選択という意味では仕方がない」と言ってくれたが、その際にスクウェアの社員が、エニックスをPS陣営に誘うどころか、NINTENDO64は駄目だと吹聴していたことが任天堂の山内社長に伝わってしまったことから、任天堂との深い確執が生まれてしまうことになった[9]。ただし、エニックス自体も、同時期にソニーからドラクエシリーズの移籍の勧誘を別個で受けており、その際の返事はプレイステーションの本体売り上げが300万を越えたら考えるというものであった。

その後、1997年になり、エニックスは『ドラゴンクエストVII』のPSでの開発、発売を発表する。エニックスはスクウェアとは違い、PS参入後も任天堂ハード用のソフトを販売し、任天堂との関係を壊さなかった。携帯ゲーム機市場は未だ任天堂の独占市場であった。プレイステーションの大ブームが一段落した後、スクウェアに襲い掛かったのが2001年の映画事業における失敗である。デジキューブで任天堂商品が扱えない事が株主総会で問題となり、「土下座してでも任天堂と和解しろ」という意見に、デジキューブ染野取締役(当時)が「土下座してなんとかなるものなら、いくらでもしますよ」と答えた事もあるほど任天堂との関係修復は急務だったが、任天堂の怒りは解けなかった。

そこでスクウェアはエニックスに接近し、2003年4月に合併するという荒業に出る。この直後、スクウェア・エニックス代表の和田洋一が、既に社長から相談役に退いていた山内溥に仁義を切りに行ったことでようやく関係修復がなされることになった。

2005年10月には、開発をスクウェア・エニックス、発売を任天堂が担当する『マリオバスケ 3on3』が発表され、スクウェア・エニックスから「これからも任天堂とがっちりコラボレートしていこうと思っている」との旨が語られた。その後も『ファイナルファンタジーIII』(リメイク作品)などのヒット作が生まれた。一時は断絶関係にあった任天堂とスクウェア(現スクウェア・エニックス)の関係は修復している。

その他[編集]

  • スクウェアはデジキューブ倒産直前、またはそれ以前からも不正な自社株売却が度々問題視されており、東京証券取引所から査察を受けた事がある。
  • マイクロソフト日本法人社長であった成毛眞が社外取締役として名を連ねている。(2010年現在)[10]
  • 2001年に、旧エニックス、旧スクウェア、ナムコとの間で業務提携が結ばれ、エニックスオーナーの福嶋康博、スクウェアオーナーの宮本雅史、ナムコオーナーの中村雅哉との間で各社の株式の4-5%程度を相互に持ち合う事となった。その結果、スクウェア・エニックスのキャラクター商品をナムコがプライズゲーム用に商品化するなどの協力関係が築かれている。スクウェアの格闘ゲームエアガイツ』のアーケード版をナムコが制作した事がある。ナムコのアーケードゲーム『太鼓の達人7』において、ドラゴンクエストの楽曲を使用するなどのコラボレーションが実現している。
  • 日本国内市場での新たな戦略として海外ゲームのローカライズ、販売が開始される。以下の理由により評価は非常に悪い。
  • コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2』ではソフト自体のローカライズの内容や流通過程に疑問符が打たれた。steamでは9900円で販売するなどの暴挙に出ている。
  • Just Cause 2』では発売日の夕方にメンバーズログインを必要とするページにて国内版と海外版の差異を公開、海外版では雪に覆われた山が日本語版では正常に表示されなくなるバグを新たに発生させてしまうなど不手際が目立ち、規制項目の遅れについては和田洋一がTwitter上で規制アナウンスの遅れに対する謝罪をするまでに発展した[11]
  • Steamにて配信されているゲームの一部は日本からの購入制限を設けたり、『トゥームレイダー(2013年)』『Thief(2014年)』では日本語化DLCを2~3000円の高額に設定して配信する暴挙に出ている。また、2014年8月20日からsteamは現地通貨での表記になり、『Just Cause』『Just Cause 2』のように前日までの米ドル価格に対し倍の値段を設定するなど非難が続いている

備考[編集]

合併前の旧・株式会社エニックスには、ドラゴンクエストシリーズを制作するためだけの専門部署として「ドラクエ課」が存在した。正式名称は「ドラゴンクエスト課」ではなく、「ドラクエ課」が正しい。かつて『ドラゴンクエストVI 幻の大地』が発売された頃にテレビの特集で放送されたことがあり、課の表札も「ドラゴンクエスト課」ではなく「ドラクエ課」となっていた。後年の「第9開発事業部」にあたる。

関連会社[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 人気漫画に他社のゲームキャラが…ドラクエの「スクエニ」を著作権侵害容疑で捜索 大阪府警, MSN産経Westウェブサイト, 2014年8月6日, 2014年8月7日閲覧.
  2. ^ ハイスコアガール:自主回収を発表 マンガ連載は継続, 毎日新聞まんたんウェブ, 2014年8月6日, 2014年8月7日閲覧.
  3. ^ スク・エニ、SNKプレイモアを提訴 「ハイスコアガール」著作権侵害の事実ないと主張, ITMediaニュース, 2014年10月8日, 2014年10月9日閲覧.
  4. ^ エニックスとスクウェア、合併比率を変更ITmedia)2003.1、2009.12.30閲覧
  5. ^ 『ライトニング リターンズ ファイナルファンタジーXIII』開発者・宣伝担当インタビュー”. ファミ通.com. エンターブレイン (2013年12月28日). 2014年4月20日閲覧。
  6. ^ スクウェア・エニックス・グループの中国戦略を本多圭司氏に聞く 「最適のコンテンツを最適なパートナーと」【ChinaJoy 2014】”. ファミ通.com (2014年8月8日). 2014年8月31日閲覧。
  7. ^ SQUARE ENIX SHOP
  8. ^ ARTNIA
  9. ^ 日経産業新聞2001年10月19日28面記事より
  10. ^ 役員一覧|会社情報|株式会社スクウェア・エニックス・ホールディングス
  11. ^ Twitter / 和田洋一: 申し訳ありませんでした。我々の未熟さからくる配慮不足 ... (2010.06.25 和田洋一)
  12. ^ スクエニChan!”. スクウェア・エニックス. 2013年6月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]