ジークムント (オーストリア大公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ジークムント大公(ヴォルフガング・キリアン作、1623年)

ジークムント(Siegmund / Sigmund)またはジギスムント(Sigismund, 1427年10月26日 - 1496年3月4日)は、ハプスブルク家オーストリア公、後にオーストリア大公(前方オーストリア(Vorderösterreich)大公)。1446年から1490年までチロルを統治した。父は(前方)オーストリア公フリードリヒ4世、母はブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル侯フリードリヒ1世の娘アンナ。神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の従弟に当たる。大公位はフリードリヒ3世によって1477年に授けられた。

1446年、父の死により所領を相続した。1449年スコットランド王ジェームズ1世の娘エレノアと結婚したが、子供をもうけないまま1480年に死別した。1484年ザクセン公アルブレヒト3世の娘カタリーナと再婚したが、この結婚でも子供を得なかった。

浪費やバイエルン公アルブレヒト4世からの借金を返済しないなど、チロルの領民の反発を受けていたジークムントは、1490年までに領主権をフリードリヒ3世の息子マクシミリアン(後の皇帝)に譲渡した。

関連項目[編集]

先代:
フリードリヒ4世
前方オーストリア公/大公
1446年 - 1490年
次代:
マクシミリアン1世