ジョージ・スネル

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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1980年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:免疫反応を調節する、細胞表面の遺伝的構造に関する研究

ジョージ・デイヴィス・スネルGeorge Davise Snell, 1903年12月19日 - 1996年6月6日)は、アメリカ合衆国遺伝学者移植免疫学者

生涯[編集]

マサチューセッツ州ブラッドフォード(Bradford)近郊のハーバーヒルに生まれる。三人兄弟の一番下で、ミネソタ州の生まれである彼の父は、地元のYMCAにて事務員として働いていた。 Brooklineの学校で学び、ニューハンプシャー州ハノーバーのダートマス大学に入学した。ここで数学と科学に興味を持ち、遺伝学に興味を持つこととなった。1926年にダートマス大学より学位を取得した。

ダートマス大学教授のJohn Gerouldの紹介で、彼はWilliam Ernest Castle(哺乳類のメンデルの法則に最初に注目したアメリカ人生物学者)とともにハーバード大学にて研究をおこなった。1930年にハーバード大学にてPh.D.を取得。彼の博士論文はマウスの遺伝的連鎖についてであった。

その後の二年間、テキサス大学オースティン校にて放射線遺伝学のパイオニアであるハーマン・J・マラーとともにポスドクとなった。マラーとともに、マウスのX線による遺伝的影響を研究した。

1935年、メイン州Bar Harborにあるジャクソン研究所のスタッフとなり、以後ここで研究を続けた。Bar Harborにて結婚し、三人の子供を持ち、余暇にはスキーやテニスを楽しんだ。

1978年には免疫学の顕著な研究により、Cancer Research InstituteのWilliam B. Coley Awardを受賞。

1980年ノーベル生理学・医学賞を受賞する。他の2名はハーバード大学メディカルスクールバルフ・ベナセラフパリ大学免疫-血液学研究所ジャン・ドーセであった。 受賞理由は「免疫学的相互作用を規制する、遺伝的に決定できる細胞表面の構造に関する発見」による。

1988年にはSearch for a Rational Ethicを出版、1996年6月6日にBar Harborにて死去。

主な業績[編集]

  • マウスのH-2抗原(MHC)の発見

受賞歴[編集]

その他[編集]

参考サイト[編集]

  • ノーベル賞受賞時の自叙伝 [2]
  • アメリカ内科学会のプロシーディング[3]

外部リンク[編集]