ジョージ・アダムスキー
ジョージ・アダムスキー(英: George Adamski、1891年4月17日 - 1965年4月23日)は、コンタクティー(「宇宙人と会見した」と自称する者の総称)の元祖として知られるポーランド系アメリカ人。彼が撮影した空飛ぶ円盤は、いわゆる「空飛ぶ円盤」の典型的なイメージとなった(後の未確認飛行物体UFOにおいても「アダムスキー型」と呼ばれる形状の報告がある)。宇宙人と空飛ぶ円盤との遭遇体験を書いた本はベストセラーになった。彼の写真を模型を使ったトリック撮影であるとした説が広められているが、8ミリ映像はコダック社の光学物理学者ウイリアム・シャーウッドによって、8メートルほどの物体を実際に撮影した映像であると鑑定されている(出典:George Adamski:The Untold Story(Lou Zinsstag,Timothy Good , Ceti Publications, 1983[1]) 同様に、体験記はかつて彼自身が書いたSF小説(年譜を参照)を元にした創作だったとする説が広められている(と学会の著書などを参照)が、実際にその小説とは異なった新たなストーリーになっている(後述の年譜及び参考文献を参照)
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[編集] 空飛ぶ円盤との遭遇体験
1950年代初期に、アダムスキーは空飛ぶ円盤に遭遇したと主張しはじめた。中でも有名なのは、1952年11月20日の出来事である。その日、アダムスキーが友人やジョージ・H・ウィリアムスン(後に『宇宙語、宇宙人』を書くことになるコンタクティー)夫妻と共にモハーヴェ砂漠にいると、巨大な円筒形状の飛行体が出現した。それが自分を探していると感じたアダムスキーは車で人気のない場所へ移動した。そしてその飛行体から発進した銀色の円盤が着陸したという。その後アダムスキーは皆と別れ一人で歩くと、一人の人間に遭遇した。身振りとテレパシーとで彼が宇宙人だと理解した。その宇宙人は金星人で、核実験への懸念をアダムスキーに伝えた。このとき仲間のジョージ・H・ウィリアムスンは金星人の足型を石膏でとった。(なぜに偶然にしても、足形をとる石膏の一式を所持していたのかなど、疑問が多数ある)
翌月の1952年12月13日には、アダムスキーは円盤の写真を撮影することに成功した。このとき撮影された空飛ぶ円盤は、「アダムスキー型」と呼ばれ、これ以降世界各地で目撃され写真が撮影された。アダムスキーが撮影した写真は、反射望遠鏡のレンズで直接撮影(カメラを取り付けて)されたものであるので、カメラの望遠レンズで撮影されたものとは異なり、中央部にピントが合い、周辺はボケている。なお、当時の英国版と日本版の書籍に掲載された写真は、米国版のオリジナル写真に(円盤の輪郭などの)修正(補正)を加えたとみられる形跡があり、同じ写真であるのに異なったものに見えるという問題を生んでいるが、現在発行されている書籍の写真はオリジナルと見られる。1965年にメリーランド州でアダムスキーによって撮影された宇宙船の8ミリ映像はコダック社の光学物理学者ウイリアム・シャーウッドによって、8メートルほどの物体を実際に撮影した映像であると鑑定されている(出典:George Adamski:The Untold Story(Lou Zinsstag,Timothy Good , Ceti Publications, 1983[2])
また彼が宇宙人と会見した際に、他の目撃者たちは遠く離れていたために、双眼鏡で見ていた一人を除いて他の者たちは宇宙人を確認しておらず、円盤も光としてしか見えていなかった。その上に、全員が上空の円盤すら目撃していない。ベイカーという青年が後日アダムスキーのところで撮影したとされている円盤写真については、ベイカー自身は「勝手に名前を使われてしまった。円盤なんか撮影していない」と証言している。これに対して、アダムスキーは「君が撮影したことにしたら、君だってお金を稼げるじゃないか」とベイカーを誘っている。しかし、ベイカーはそれを拒否している。これについてアダムスキーおよび当時現場にいた秘書のルーシー・マクギニスは、このような会話は全く無かったと否定している。またベイカーはアダムスキーが砂漠で宇宙人とコンタクトする前に、その計画を語る声を録音したテープをアダムスキーの家で偶然に聞いたと後になって語っているが、アダムスキーはベイカーがアダムスキーの元へ初めてやってきたのはコンタクトの後(翌年)のことであると述べている。このベイカー発言に対して、現場にいたルーシー・マクギニスは、イギリスのUFO研究家のティモシー・グッドの取材を受けて、「写真は間違いなくベイカーが撮影しました。彼は私の面前ではそのような嘘は決して言えないでしょう」とベイカー発言を強く否定している。
その後もアダムスキーは、他の宇宙人に会ったと主張している。会った宇宙人は、ほとんどが金星人だが火星人や土星人もいたという。また、巨大な円筒形状の宇宙船(母船)に乗り月を一周したときには、月の裏側で谷や都市、草原を走る動物を見たとの主張をした。また金星を訪問したときには自分のかつての妻の転生した少女にあったと主張した。
しかし、アメリカ航空宇宙局(NASA)のアポロ計画、それにソ連やヨーロッパなどの月探査では月の裏側には都市を発見できなかった。金星の文明の存在も否定されている。また「太陽の表面は熱くない」「宇宙空間で流星が飛び回っているのを見た」「宇宙から地球は白く光って見えた」などNASA等の発表や現代科学の観測結果とは異なり、もはや科学を否定する一部の人しか信じていないのが現状である。
[編集] 年譜
- 1891年にポーランド立憲王国で生まれた。ポーランド名はイェジ・アダムスキ。ポーランド語の「イェジ」は、英語の「ジョージ」に相当する。
- 1893年にアダムスキー一家はアメリカ合衆国のニューヨークに移住した。幼少の頃、単身でチベットに留学し、ダライ・ラマから教えを受けたと自称しているが、それに関する一切の証拠が残っていない。
- 1913年~1916年までアメリカ合衆国陸軍
- ~1919年まで州軍に勤務した。
- 第一次世界大戦後しばらくは何をしていたか不明。(ハンバーガーショップのウェイターをやっていたことは判明している)
- 1920年代末から1940年の間にカリフォルニア州に移った。
- 1930年代に「ロイヤル・オーダー・オブ・チベット」(日本語訳だと、「チベットの高貴なる騎士団」)という団体を設立した。哲学と宇宙の法則の講義をしていたが、組織は長く続かなかった。実際は、禁酒法時代のアメリカにて合法的に飲酒するために設置したとアダムスキー本人が友人のレイ・スタンフォードに冗談めかして語っている。(宗教的な儀式においての飲酒は、違法とされなかった)
- 1949年に、宇宙旅行を扱ったSF小説『宇宙のパイオニア』 (Pioneers of Space: A Trip to the Moon, Mars and Venus) を書き、ロサンゼルスの Leonard-Freefield 社から出版した。この「小説」の内容は一部が似ているだけで、全体的には異なったストーリーとなっている=原書:Pioneers of Space(George Adamski , Leonard-Freefield Co., 1949[3])および邦訳書を参照:『地球人よ、ひとつになって宇宙へ目を向けなさい』(アダムスキー著 / 益子祐司 訳徳間書店 (ISBN 4-1986-3233-2) / 2011年8月)
- 1953年に発表した『空飛ぶ円盤実見記』 (Flying Saucers Have Landed) は、1952年に空飛ぶ円盤に遭遇し、また写真を撮影したと主張した宇宙人との遭遇体験であり、ベストセラーになった。その後も『空飛ぶ円盤同乗記』 (Inside The Space Ships) と 『空飛ぶ円盤の真相』 (Flying Saucer Farewell) を発表し、世界中を講演して回った。
- 1959年にGAP(「知らせる運動」という意味の世界的なグループ活動)を創始した。GAPは世界中の人々がUFOの真相について知る機会を与えられるべきであるという見地に基づいて創始された。日本でも、アダムスキーを信奉する久保田八郎によって「日本GAP」が設立され、機関誌の発行や視察旅行をはじめとする活動がおこなわれていた。久保田八郎は前述の『宇宙のパイオニア』と『空飛ぶ円盤実見記』の類似性を認め、「アダムスキーが予知能力を持っているので不思議なことではない」という旨の発言をしている。
アダムスキーは、世界中の空飛ぶ円盤支持者から非常に支持されていたが、一方では冷笑の対象にもなっていた。TIME誌は彼のことを「カリフォルニアの変人 (a crackpot from California) 」とまで言っている。
[編集] 参考文献
- 『地球人よ、ひとつになって宇宙へ目を向けなさい』(アダムスキー著 / 益子祐司 訳徳間書店 (ISBN 4-1986-3233-2) / 2011年8月)
- 『地球人へのメッセージ-アダムスキー講演録・宗教と円盤』(アダムスキー・伊藤耕造 著 / ストーク (ISBN 4-7952-2692-X) / 1999年5月)
- 『空飛ぶ円盤同乗記』(アダムスキー 著 / 大沼忠弘 訳 / 角川春樹事務所(ボーダーランド文庫) (ISBN 4-89456-420-3) / 1998年6月)
- 『UFO事件の半世紀-ロズウェル事件からMIBまで』(キース・トンプスン 著 / 小林等 訳 / 草思社 (ISBN 4-7942-0805-7) / 1998年4月)
- 『UFOと宇宙哲学の行方-未来へ向けてのジョージ・アダムスキー論』(久保田八郎 著 / 中央アート出版社 (ISBN 4-88639-751-4) / 1995年12月)
- 『新アダムスキー全集』(ジョージ・アダムスキー 著 / 久保田八郎訳、中央アート出版社)
- 『新アダムスキー全集』1(『第二惑星からの地球訪問者』)、1990年4月。ISBN 4-88639-584-8
- 『新アダムスキー全集』2(『超能力開発法-テレパシー能力の秘密とその実践』)、1990年5月。ISBN 4-88639-585-6
- 『新アダムスキー全集』3(『21世紀 / 生命の科学-進化した惑星人から地球人に伝えられた12のレクチャー』)、1990年6月。ISBN 4-88639-586-4
- 『新アダムスキー全集』4(『UFO問答100』)、1990年8月。ISBN 4-88639-587-2
- 『新アダムスキー全集』5(『金星・土星探訪記』)、1990年10月。ISBN 4-88639-588-0
- 『新アダムスキー全集』6(『UFOの謎』)、1990年11月。ISBN 4-88639-589-9
- 『新アダムスキー全集』7(『21世紀の宇宙哲学』)、1990年12月。ISBN 4-88639-590-2
- 『新アダムスキー全集』8(『UFO・人間・宇宙』)、1991年1月。ISBN 4-88639-591-0
- 『新アダムスキー全集』9(『UFOの真相』)、1991年4月。ISBN 4-88639-610-0
- 『新アダムスキー全集』10(『超人ジョージ・アダムスキー』)、1991年8月。ISBN 4-88639-611-9
- 『新アダムスキー全集』11(アダムスキー述 / アリス・ポマロイ著『肉体を超えて大宇宙と一体化する方法』)、1997年8月。ISBN 4-88639-811-1
- 『新アダムスキー全集』12(『宇宙の法則』)、2004年12月。ISBN 4-8136-0256-8
- 『新アダムスキー全集』別巻(ダニエル・ロス著『UFO-宇宙からの完全な証拠-金星・火星・月に関する真相』)、1991年7月。ISBN 4-88639-612-7
- 唐沢俊一 & ソルボンヌK子 『すごいけど変な人×13』 (ISBN 4-7631-9385-6)
- と学会(山本弘・志水一夫・皆神龍太郎)『トンデモ超常現象99の真相』 (ISBN 4-89691-251-9) (ISBN 4-7966-1800-7)
- 志水一夫 『トンデモ超常学入門—志水一夫の科学もドキ!』(「天文学はアダムスキーを支持している?」を収録) (ISBN 4-88718-441-7)